悪鬼羅刹の思い
「……これは一体どういうことですの?」
『わたしもよく解らないけど……』
「おう兄弟! こっちのおかずいるか? うめーぞ?」
「ありがとうございます兄貴! お礼に、次の授業の予習について……」
あれからしばらくして、私と兄貴とオトハさんとマギーさんの四人で、お昼休みに食堂でご飯を食べていました。私は兄貴におかずをもらったお礼に、次の授業で先生に当てられそうなところをピックアップした資料を渡します。
「おう、これこれ! これあると授業中寝てても答えられるから、助かるんだよなー。寝てるからって当ててきやがる、グッドマンのセンコーの渋い顔がウケるウケる」
「あれは面白いですよねー。でもテスト前にはしっかりやっとかないと、後々面倒ですよ、兄貴?」
「わぁーってるよ。ま、そん時にやるさ。いつもすまねえなぁ」
「いえいえ。兄貴にはいつもお世話になってますから」
「おっ。なんだよ兄弟、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
「同室になり仲良くなったのは解るのですが……」
やがて、私たちが談笑していたらマギーさんが割り込んできました。
「あんなことがあって、あれからそんなに経ってないのに、こんなに仲良くなれるもんなのですか、男子というのは? 巻き込まれたマサトは、この野蛮人にもっと怒っていいのですわよ!?」
「まあまあマギーさん」
怒って兄貴を指差しているマギーさんを、私はなだめにかかります。
「あれは事故みたいなものでしたし、仕方ありませんでしたよ、それに、兄貴にも謝ってもらいましたので、私的にはもう言うことはありません」
「それが一体全体何をどーやったら兄弟と呼び合う程の仲に発展するので!? こいつは人のことをパツキンだのデカチチだの言ってくる野蛮人でしてよ!? マサトも付き合う方は選んだ方が良いと思いますわ!」
「まあまあ。その辺りは兄貴も反省していますし」
「そーそー。悪かったよ、マギー」
「気安く呼ばないでくださいまし、この野蛮人!」
「んだよ。じゃあやっぱパツキンの方がいいってか? よくわかんねーなー女心ってのは……」
「誰がパツキンですか、誰がっ!」
『お、落ち着いて。マギーさんが金髪なのは間違いないんだし……』
遂に見かねたオトハさんが止めに入りました。困りましたね。私としてはマギーさんにも兄貴と仲良くしていただきたいのですが、やはり最初の出会いがあまり良くなかったのが尾を引いていますね。
「兄貴。すぐには仲良くなれなさそうなので、ここはゆっくりいきましょう」
「あいよ。まあ、そのうち何とかなんだろ」
「それにしても、ですわ!」
少しは落ち着いたのか、マギーさんが改めて兄貴に話しかけました。
「野蛮人。貴方は誰よりも強くならなければならない、そう言ってわたくしに喧嘩を売ってきましたよね? その理由、そろそろ話していただけませんこと?」
「……あぁー、その話か……」
マギーさんの言葉に、兄貴が頭を掻いています。何でしょう、あまり話したくないことなんでしょうか。
「兄貴。あんまり話したくないことなら無理には……」
「いんや兄弟。せっかくだし話してやるさ。この前巻き込んだ詫びも込みでな」
そう言うと、兄貴は順番に話し始めました。
「ま。簡単に言えばオメーと似たようなもんだよ、パツキン」
「……わたくしと似たようなもの、とは?」
「ウチの家は代々剣の一族だった。道場があって門下生がいっぱいいて、それこそ軍隊に指導を頼まれるくらいの名門だったんだぜ? だが、時代は剣ではなく魔法へと取って代わられた」
武器の歴史、という奴でしょうか。確かに人国で魔法が運用され始めたのは、ごく近代になってからではありますが。
「魔法があるから剣なんざいらねえってな。使ったとしても魔法のサブ。戦争中ってこともあって門下生どもは次々と徴兵でいなくなり、軍の剣術指南役も解任されて、道場も寂れていった。俺ぁ疎開のために道場仕切ってたジジイの元で育てられたんだが、気の知れた奴らがどんどんいなくなるのは、寂しいもんだったよ。
だってのに、ジジイは諦めなかった。兵隊にもなれねーようないい歳して魔法の勉強を始め、魔法にも対抗できる剣を目指した。それこそ、英雄と呼ばれたヴィクトリアが扱う剣を目指してな」
「……お父様の影響、でしたか」
「ああ。ま、勝手に意識してたのはこっちだがな。だがジジイの奴は、英雄の剣と魔法を研究し、遂にウチの流派で魔法に対抗できる剣術の理論を編み出した。素直にスゲーと思ったよ。その術を書にまとめ、これでもってもう一度、軍に売り込みに行くことになった。ジジイは年甲斐もなく興奮してたよ。幼かった俺まで連れて、見限られた分見返してやろうってな。それでジジイと一緒に軍に向かう途中……潜入していた魔国の部隊との軍事衝突に巻き込まれた」
そこまで話した時に、兄貴は一度、コップに入っていた水を飲んで一息つきました。
「ホントに運が悪かったよ。竜車の乗り換え場所で変装してた魔族が見つかって、そこから人国の軍も出動してきて大混戦。そこら中に魔法が飛び交って、酷いもんだった。そんな中でジジイは、飛んでくる魔法から俺をかばって……死んだ」
「……素晴らしい、お祖父様でしたのね」
『……残念、です』
「……そー言ってくれてありがとよ。んで、結局そんなことになったから、軍への売り込みも有耶無耶になっちまった。後で知ったんっだが、ジジイが軍に売り込みする際に、魔法をも斬り払う剣術って感じで話してたみたいだぜ。それなのに魔法で死んじまったんだから……」
世話ねえわなと、兄貴は自嘲気味に笑っています。私は「そんなことありませんよ」と思わず声に出してしまいました。
「ありがとよ兄弟。とまあ、こんな感じなんだが、その時に軍の奴らに言われた言葉が忘れられねえんだわ。『魔法も斬るっつってたのに魔法で死んだのかよ。そんなんじゃ剣術もたかが知れてるな』ってな。ガキだった俺はそいつが……我慢ならなかった」
空になったコップを離した兄貴は、拳を握りしめていました。
「必死になってジジイが編み出した剣は、そんなもんじゃねえって。俺を守ってくれたジジイを馬鹿にしやがってって……ムカついた。だから俺は見返してやらなきゃいけねーのさ。軍の中でジジイが目指した剣を極めて、テメーらが馬鹿にしたジジイの剣は誰よりもつえーって……それだけの話だ。大した話でもねーだろ?」
「……そんなことありませんわ」
カラカラと笑っている兄貴に、マギーさんが口をはさみました。
「立派だった貴方のお祖父様の名誉を回復させるため。その為に強くなろうとする気持ちは……素晴らしいものじゃありませんの」
「……そんなことねーさ。後は、落とし前をつけなきゃならねえ野郎もいるんだが……」
まあ、それはまただな、と兄貴は言っていました。何でしょうか、落とし前をつけなきゃいけない相手というのは。私がそれを口にしようとした時、兄貴に遮られました。
「……つーか、オメーだって似たようなもんなんだろ、パツキン?」




