魔王の再来
「な、なんだぁ!?」
クズ野郎が声を上げたのも無理はありません。突如として空から、何かが降ってきたのですから。
轟音を上げて着地したそれは、砂埃でよく見えませんでしたが、
「ひっ! ま、魔族ぅ!?」
チャッコが声を上げたように、そのシルエットが魔族のそれでした。人の形はしているものの、頭には魔族特有の角が生えているのが影でも解ります。
「…………」
落ちてきた魔族っぽい誰かは、ぐるりと周りを見渡すと、こちらに向かって突進してきました。
「ひっ! ぐわぁぁぁああああああああああああっ!」
「きゃあっ!」
すると、誰かはわたくしの首筋を掴んでいたクズ野郎の顔面を一足飛びで近づいて鷲掴みにすると、そのまま飛び上がりましたわ。
クズ野郎がその衝撃でわたくしを離してくれましたので、わたくしは地面に尻もちをついてしまいます。
「ケホッ、ケホッ……」
「…………」
咳き込んだわたくしが顔を上げると、無言の誰かに顔面を掴まれたクズ野郎が急降下してきて、地面に叩きつけられたところでした。クズ野郎の悲鳴が耳にこだまします。
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああっ!!!」
そしてようやく、誰かの顔をよく見ることができましたわ。
耳の上から角が生え、顔や身体中の白い肌には黒い入れ墨のような痣が走っており、黒い強膜に赤い瞳を携えている誰か。髪の毛は真っ白ですが、その周りを黒い炎がまるで意志を持って付き従っているかのように漂っていますわ。
まごうことなき魔族。ひと目でそう解る方でした。しかし、わたくしは変な違和感を持ちましたわ。
(……誰かに、似ているような……?)
初対面であるはずの誰かを、魔族なんか初めて見たはずのわたくしは、見たことあるような気がします。わたくしの勘がそう言っています。
顔中に黒い痣があり、それがまるで生きているかのように蠢いているので顔つきなんてロクに解らないのですが、何故でしょうか。
「っ!?」
「だ、誰なんだ、お前……?」
オトハもびっくりした顔をしており、野蛮人も急な魔族に動揺しています。当たり前でしょう。わたくしとて、今のこの状況が理解できていないのですから。
でもそれにしてはオトハの驚き方も、何か違うような……?
「こ、こんのぉ……」
すると、顔面を掴まれたままのクズ野郎が魔法を展開しました。あの衝撃を受けてまだ意識があるとは、丈夫なんですこと。誰かの顔面に手を押し当て、魔法の名前を叫びます。
「くたばりやがれぇぇぇっ!!! "炎弾"っ!」
その瞬間、クズ野郎の手のひらで魔法陣が形成され、現れた炎がすぐに爆発します。
「っ!?」
誰かが掴んでいたクズ野郎を離し仰け反るような体勢で、後ろへと倒れていきます。不味いですわ。
どなたか存じませんが、あんなゼロ距離で炎を受けたりしたらタダじゃ済まないことは明らかですわ。
「っつつ……へッ! ザマー見ろってんだ!」
クズ野郎が起き上がりながら、誰かに向かって中指を立てています。顔が少し引きつっているので、先ほどのダメージはまだ残っているのでしょう。
「お、親分、不味いっすよ……親分の全力の"炎弾"なんざしたら、へ、下手したら死んじゃう……」
「なぁに言ってやがるチャッコ! どうせ後一年で卒業したら、戦場に出るんだぞ? 魔族だか何だか知らねーが、俺に逆らった奴は……」
そこまでクズ野郎が喋った時、誰かが立ち上がりました。右の手で"炎弾"を受けた顔をおさえており、目眩いがしているのか、少しフラついています。
「……あれ喰らってまだ立ち上がるたぁ、しぶとい奴だぜ。だが見ろチャッコ! あれが俺に逆らった奴の無様な姿だ!」
フラつきつつたまに倒れそうになり、地面に手を置いて倒れ込むのを阻止している誰かを見て、クズ野郎が声を上げました。
「そしてそんな奴に俺が手加減してやる義理はどこにもねぇ……」
そのまま手のひらを誰かに向けたクズ野郎は、魔法陣を展開しました。しかも、それが一つではありません。二つ、ですわ。
「この前軍人にもお墨付きをもらった俺の多重展開……とくと味わいなぁ! "炎弾"、"二連星"!!!」
「くっ……!」
このままじゃ助けてくれた見知らぬ誰かが黒焦げになってしまいますわ。魔族みたいですが、そんなこと関係ありません。
わたくしは無理やりでも身体を動かして庇いに行こうとした時、
「っ!」
誰かがバッと手のひらをこちらに向けてきましたわ。開かれたその手からは、「来るな」というニュアンスが感じられます。わたくしは思わず足を止めてしまいました。
「しま……っ!」
わたくしは足を止めた自身を呪いました。一度足を止めてしまえば、もう間に合いません。
クズ野郎から放たれた二つの炎の塊が誰かへと飛んでいき、直撃したと思った直後に爆発しました。砂煙が上がっていてよく見えませんが、あの直撃を受けたら、もう……。
「…………」
砂煙が収まった時、そこにはうつ伏せに倒れている誰かの姿がありました。誰かの身体の至る所が焦げており、少し煙も上がっています。
それを見たクズ野郎は勝利を確信したのか、高らかに笑います。
「……ハ、ハハハ……ハーッハッハッハ!!!」
「そ、そんな……」
「っ! っ!」
「こ、こら! 暴れるんじゃねぇよ!」
呆然とするわたくしと、必死の形相で拘束を振り払おうとしているオトハ。オトハの抵抗も力の差で無理やり抑え込まれていて、振りほどくことができないでいます。
「結局は俺の勝ちだ! 俺は魔族すら凌駕できた! 俺は最強! 俺は最強なんだ! 最強の俺は何をしたっていいんだ! ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「…………っ!」
調子の乗って高笑いしているクズ野郎の目の前で倒れている誰かの指が、ピクッと動いたのをわたくしは見逃しませんでしたわ。
生きている。あの二連弾の直撃を受けて、まだ生きている。それなら、
「ま……まだ終わりじゃありませんことよ!」
「うおっ!?」
わたくしは身体を強引に動かして、クズ野郎へと斬りかかりました。
不意を打ったと思ったのですが、クズ野郎は咄嗟に落ちていた仲間の木刀を拾ってわたくしの一撃を受け止めます。
「なぁんだよチャンネー。放っておいて寂しかったってか? 心配すんな、すぐに相手してやっから……よっ!」
「くっ!? ……ガハッっ!?」
思った以上に力が入っておらず、あっさりと弾き返されてしまいましたわ。そのまま木刀をわたくしの鳩尾に叩き込まれてしまいます。
一瞬、息が詰まり、遅れてきた鈍い痛みと咳き込みによって、わたくしはとうとう地面に膝から崩れ落ちてしまいました。
「げほっ! げほっ! ぐうううっ!?」
「感謝しろよ、チャンネー? 俺が後で楽しみたいから、顔は傷つけてねーんだからなぁ?」
蹲りそうになったわたくしの髪の毛を掴み、強引に顔を上げられます。目の前にクズ野郎のしたり顔がデカデカとあって、吐き気を催しますわ。
そうして反らした視線の先に、倒れている誰かが映りました。
「……ふ、ふふふふっ」
「……何が可笑しい?」
勝ち誇ったその間抜けな顔に思わず笑ってしまうわたくしに、クズ野郎は怪訝な表情を向けています。ああ、貴方には見えていないのですね。
「ああ、愚かですわ。馬鹿丸出しの輩を笑ってしまうのも、当然のこと……わたくしなんかにかまけていると……」
そこまで言った時、ムクリと、倒れていた誰かが立ち上がりました。
「……倒したと思っていた方が蘇りますわよ!」
「なっ……!」
ようやく気づいたのでしょう。クズ野郎はわたくしから視線を外すと、目を見開いて驚愕した顔を晒していました。
そう、わたくしの無理な特攻は、誰かが立ち上がるまでのただの時間稼ぎ。間抜けなクズ野郎は、まんまと引っかかったのですわ。
「チッ、まぁだ生きてやがったのか……ひっ!?」
「あ……っ!」
「っ!?」
「な……ッ!」
「うひぃっ!?」
クズ野郎の言葉の後、わたくし、オトハ、野蛮人、チャッコとその場にいた全員が詰まらせたような声を出しました。何故なら、
「……………………」
立ち上がった誰かの赤黒い目から、この場の全てを凍りつかせるような、冷たい殺気が放たれていたからですわ。
まるでむき出しになった心臓に直接氷の刃先を突きつけられたかのような、縮み上がりそうになる感覚に、思わず身震いしてしまいます。
「な、な、なんだぁその目はぁ! 俺に文句でもあるってぇのか、あああっ!!?」
「きゃあっ!」
内心の恐怖を残したままに虚勢を張っているクズ野郎が、わたくしを無理やり横へ放ったために、思わず声が出てしまいます。
倒れ込んだわたくしが起き上がりながらクズ野郎の方を見やると、彼は再び二つの魔法陣を展開していました。
「もう一回喰らって今度こそくたばりやがれぇぇぇっ! "炎弾"、"二連星"っ!!!」
そうして再度、二つの炎の塊が誰かに向かって飛んでいきました。
誰かは飛んでくる炎を冷たい視線で捕らえていましたが、やがて右の手のひらを真っ直ぐ前に向けて、ポツリと呟きました。
「"黒炎壁(B.F.ウォール)"」
すると誰かの右手の前の空間に魔法陣が形成され、そして二つの炎の塊が誰かの魔法陣に届く寸前、地面から黒い炎の壁が立ち上がりました。
冷たい殺気に対して、ここまで熱気が感じられる程、異常なまでに熱い黒い炎の魔法。
それはクズ野郎が放った二つの炎の塊を飲み込みながら立ち上り、かと思うとすぐに地面へと引っ込んでいきます。
後には炎の熱で陽炎のように揺らいで見える無傷の誰かが、手のひらを前に突き出した姿勢のまま平然と立っていました。
「そ、そんな馬鹿な……お、俺の"二連星"が……」
それを見たクズ野郎は、あり得ない、あり得ない、と震える声で呟いていました。おそらく最初の様子を見る限り、当てることさえできればあの誰かにも効くのでしょう。
しかし、先ほどの魔法を見る限り、最初のような不意打ちでもしない限りは誰かに魔法を当てることは難しいと思いますわ。
「……………………」
誰かは動かなくなったクズ野郎の様子を見て、再び一足飛びで距離を詰めました。クズ野郎はロクに反応することもできず、胸ぐらを掴み上げられてしまいます。
「くっ! こんのぉ……ッ!」
先ほどと同様に至近距離から魔法を放とうとしたクズ野郎でしたが、
「……………………」
向けられた右の手首を反対の手で掴んだ誰かが、その手首を捻りました。ゴキュっと鳴った手首と同時にクズ野郎が声を上げます。
「グギャッ! ……あああああっ!」
「……………………」
片方が終わったらもう片方も、と言わんばかりに、誰かはクズ野郎のもう片方の手首もひねり上げ、再度クズ野郎は悲鳴を上げました。
魔法陣を形成するための両の手のひらが上げられなくなったクズ野郎は、もう抵抗することもできないでしょう。
「ひいいいいいいいいいいいいぃぃぃっ!!! た、助けてくれぇ!」




