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一番最後に


「べ、ベルゲンさん……ッ! い、一体どうして……ま、マサト君を使えばもっとできることだって……」


「……別に良いではありませんか」


 マサトのいた部屋を後にしたベルゲンは、後ろをついてきて声を上げているキイロ相手に、前を向いたまま答えていました。


「彼の立ち位置は少々特殊ではありましたが……現状、そこまで重要なものでもなくなりました。魔王ルシファーは死に、魔国ではバフォメットが野心を出して内戦状態……魔国は最早、戦前のような万全を期することはないでしょう」


 それは彼のお陰ですよ、とベルゲンは続ける。


「とは言え。イザーヌが話したように、未だに魔国の新政権派も旧政権派も、手に入るのであればマサト君を欲するでしょう。警護はアイリス君達に任せましたが、今まで通り、仮面親衛隊からも何人かつけておきましょう。内戦状態の彼らにそんな余裕があるのかは疑問ですが、まあ念のためです」


「…………では、ベルゲン様。今後に関しましては?」


 イザーヌが質問を挟んだ。マサトをそのまま日常へと返し、魔国の内戦には静観を決めるように思える。こうなった場合、自分達はどうするというのか。


「決まっております。私達は兵士の育成と武器等の整備、新型魔法の研究等武力を蓄えておきましょう……戦いは、魔国の内戦が終わった後です」


 そう話すベルゲンは、何処か楽しそうであった。


「……いやぁ、嬉しいですなぁ。マサト君のお陰で、魔国は勝手に潰しあってくれる事になりました。ならば私達はそれを見つつ、介入のチャンスを伺いましょう。どうせ内戦が進めば、彼らの国はボロボロだ。その時こそ、我々の出番です。勝手に疲弊した魔族を、横合いから思いっきり殴りつけてやりましょう。きっと楽しいですよ」


 ふと、ベルゲンは歩みを止めた。どうしたのかと、キイロ達も進む足を止める。


「……魔族は殺します。全員、一人の例外もなく……」


 底冷えしそうなくらい、冷たい呟き。それは幸いな事に、周囲にいたキイロ達の耳に届くことはなかった。ふう、と一息ついたベルゲンは、再び歩き出す。その脳裏には、自分の過去が思い返されていた。


 彼は国境線沿いの街で生まれた。当時はまだ戦争もなく、魔族との交流も普通にあり、魔族との交易で莫大な利益を上げている名家に生まれた彼もまた、日常的に魔族と接することが多かった。


 姿形は違えど、同じ意志を持つ生き物。生まれた時からそんな彼らが周りにいた為、ベルゲンもそれが当たり前なのだと思っていた。


 そんな彼の生活に変化が生まれたのは、学校に行き始めてからのこと。人間と魔族が入り乱れる学校において、ちょっとの事で大騒ぎする思春期の児童らには、種族の違いを飲み込む度量などなかった。きっかけは、ほんの些細なこと。種族が違うが故に偏りができた、給食等への不満からだった。


 しかしその時から、学校内で人間と魔族での対立が起きていた。既に優秀な成績で学校内でも頭角を表していたベルゲンは、最初こそ止めようとした。幼い頃から魔族と一緒に生きてきた彼だからこそ、止められると思っていた。事実、彼が間に入るようになってからは、対立も徐々に収まっていった。


 だが、この時に一つの事件が起きる。彼の両親らとの取引が上手くいかなかった魔族の一部が、報復の為に一家ごと魔国へ拉致したのだ。


 そして魔族らは、ベルゲンの目の前で両親を痛ぶり、犯し、そして自身も見せしめとして父と母の前で痛めつけられた。苦しむ彼だったが、両親が起点を利かせて彼を逃した。何とか息子だけでも、生きて欲しいと。


 何とか逃げたベルゲンだったが、助けを求めて駆け込んだ先の魔族の家で、なんと彼は拒絶されてしまう。両親らを痛ぶっている魔族達はその辺り一帯で幅を利かせており、目をつけられたくないと思ったその家は、彼を無視したのだ。そしてそれは、その他の魔族も同様だった。


 ベルゲンはその時に、絶望した。同じ生き物だと、人間だからと区別する事はしないものだと、そう思っていたのに……彼らの身勝手な保身に、彼は深く失望した。その後は、たまたま魔国を訪れていた人間の一人が彼を見つけ、何とか助けを呼んでくれた。しかし時既に遅く、彼の両親は亡き者となっていた。


 彼は再び絶望に落ちた。あの時、助けてくれていれば。両親は死ななかったかもしれないのに。いや、そもそも身勝手な理由でこちらを恨み、自分達を酷い目に遭わせたことが……許せない。彼の絶望は、やがて怒りへと変わっていった。


 人国に一人で戻った彼は、すぐに士官学校を志したが、それは国を守る為ではなかった。元々優秀であった彼はすぐにメキメキと伸びていったが、彼はその実力のほとんどを隠していた。目立つとロクなことにならない、とあの事件で学んでいたからである。


 そのまま普通の生徒として学校を卒業し、人国軍へ入った彼は、同じく同期で目立っていたノルシュタインらを尻目に、早速戦意の高い過激派に目をつけた。派閥に入った彼は、少しずつ上に取り入っていった。焦らず、ゆっくりと、彼は派閥を自分のものへと塗り替えていった。


 そうして時が経ったある時、人国と魔国での貿易関係のやり取りから、両国の関係の緊張が高まっていることを彼は知った。その頃には軍内での地位も得て、派閥の全てを掌握していた彼は、ようやくチャンスが来た、と内心で喜んで動き始めた。彼の暗躍の甲斐もあり、難癖にも近いようなやり取りの末、人国と魔国はやがて戦争になった。


 彼は笑いながら戦いに赴いた。ようやくだ、ようやくあの憎っくき魔族を葬れる。その時を心待ちにして爪を研いでいた彼は、自身の力を遺憾なく発揮して戦果を上げていった。しかし、戦局は人国の不利であった。彼一人でどれだけ頑張ろうと、限界があったのだ。


 しかしその時、突如として人国に英雄が舞い降りる。マグノリアの父、アルバート=ヴィクトリアであった。最早捨てざるを得ないと言われていたとある砦の退却戦において彼は無双し、何と防衛に成功してしまったのだ。


 これによって人国は勢い付き、魔国は人国の英雄に恐れを抱いた。国民からも称賛されたアルバートは、軍内でもどんどん支持者が増えていき、一つの派閥となりかけていたくらいだ。


 当然、そんな彼を面白く思わない者もおり、ベルゲンもその一人だった。何せ、アルバートは魔国との和解を掲げており、長らく続いた戦争で疲弊していた為か、国民からの反戦ムードが彼を後押ししていたからだ。


 英雄が邪魔だ。そう思ったベルゲンは、一人の王子に目をつける。アルバートを疎ましく思い、そして他の王子よりも劣っている癖に、王になることを人一倍強く望んでいた、無能な王子。そんな彼の内心を見透かした彼は、すぐに取り入って作戦を練った。それが、英雄落としの策である。


 絶大な支持を得ながらも、軍内での地位はまだそれなりであったアルバートは、和平交渉をしようにも上の後押しがなければならなかった。しかし上層部、それこそ当時の人国王ですら、成り上がりの彼を快く思っている者が少なく、なかなか見つからずにいた。そんな時に名乗りを上げたのが、ベルゲンに唆された王子であった。


 王族の後押しを得たアルバートは、そのまま和平会談の約束を取り付けるところまで成功し、ようやく戦争を終わらせられる、と会談に望んだ。


 しかし、それは罠であった。


 ベルゲンと、魔国の使者の一部と裏で密かに手を組み、人国の英雄と魔王ルシファーを同時に落とすという計画であったのだ。結果として、アルバートはその会談場所にて殺され、ルシファーも瀕死の重傷を負うこととなった。


 そして、アルバートは裏切り者として貶められ、王子はそんな彼の野望を阻止したヒーローとして祭り上げられた。英雄を落とし、傀儡にしやすい王子を次期人国王として自身の信頼も高め、なおかつ敵のトップである魔王すら瀕死に追い込む。ここまでが、ベルゲンが仕組んだ一連の事件である。


 当然、彼は力を貸した一人として称賛され、出世を早めた。このまま戦争継続としたかったが、ここで一つの誤算が起きた。


 魔王が瀕死となった魔族から、停戦の申し出が来たのだ。そして人国王も、それに賛同してしまった。彼はこの時の事情を詳しくは知らないが、おそらくノルシュタインの仕業であると考えている。


 こうして停戦が認められ、戦争は一時的に終わることになってしまった。ベルゲンからしたら面白くないことこの上なかったが、それでも一度決められた内容を無理矢理覆すこともできず、手を引くことになった。


 その腹いせと今後の為にと人国王を下ろし、自分を信頼している無能な王子を人国王に仕立て上げた。これで、また時期が来たら戦争再開させよう、と。


 そうして少しの時間を得た彼は、たまには休むか、と思っていたところで、あの威勢の良い同期、ノルシュタインが不穏な動きをする。スパイ容疑のかかった何の関係もないハーフの学生を、各部署を奔走して執行猶予付きにまで持っていったのだ。


 これは何かある。そう思った彼は、再び動き出したのだ。そうしてベルゲンは、マサトの存在を知ることになった。


「……ああ、そう言えば……マサト君も、魔族でしたなぁ……」


 思い返していた記憶から戻ってきた彼は、まだ廊下を歩いている。目的の自分の部屋は、もうすぐだ。


「はっはっは。これは困った、困りましたな……あんなに良い子だったのに、魔族になってしまっては……」


 たどり着いた自分の部屋のドアノブを握り、回しながら手前へと開く。そのまま中に自分を身体を入れ、キイロとイザーヌ以外の他の親衛隊員らは、解散させた。


「一人の例外もなく、と自分で言ってしまいましたからね……もしや先ほど断られたのも、私の内心を垣間見られてしまったからでしょうか。だとしたら、私もまだまだですなぁ」


 残ったキイロとイザーヌに指示を出して、必要な資料を取りに行かせる。やがて部屋の前には、ベルゲンしかいなくなった。


「……では、マサト君は……一番最後に、殺しましょうか……はっはっはっは」


 彼は一人、笑いながら扉を閉めた。その脳裏にある、自分を慕ってくれているであろう彼の姿を、脳内で引き裂きながら。

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