暗闇で出会ったのは
ここは、何処なのでしょうか?
上も下も解らない、真っ暗な場所。立っているのか浮いているのか、それすらも解らないまま、私はここにいます。
禁呪を無理矢理使わされ、私の体内にあった黒炎のオドが水晶に移り始めたところまでは覚えています。あれからどうなったのでしょうか。皆さんは、助けに来てくれたのでしょうか。それともあのまま、誰にも知られないままに、事が済んでしまったのでしょうか。
生体オドは生物全ての体内にある、命の動力源。これが尽きれば身体の生命活動は停止していき、死に至ります。ジルゼミでもやりましたし、士官学校でも習いました。
今のこの状況。真っ暗な中に私の意識だけがあるような、この感じ。もしかしてこれが、死、というやつなのでしょうか。
「……いや、これは死などではない。禁呪を行使したものの末路。未来永劫、狂うことさえも許されず、擦り切れて完全になくなるまで、意識だけが囚われる魂の牢獄だ」
「ッ!?」
不意に、誰かの声が聞こえてきました。思わず、私は周囲を見回します。すると少し離れたところに、朧げながらに誰かがいる事に気がつきました。
あれは、どなたでしょうか? その姿はモヤがかかっているかのように虚ろげなもので、全く顔が解りません。
しかし、先ほどの声を、私は以前、何処かで聞いたことがあるような……?
「……覚えてないか? やれやれ、ようやく誰かに出会えたかと思えば、よりにもよって私が召喚した人間とはな……」
「ッ!?」
その言い回しに、私は戦慄が走りました。私が召喚した人間。そんな言葉を並べられる方と言えば、一人しかいません。
「魔王……ルシファー……」
「そうだ。私が魔国の王、全ての魔族を従えていた魔王、ルシファーだ」
私の予想を、彼は……ルシファーは肯定しました。それを聞いて、背中に冷たいものが走ります。
異世界召喚という大禁呪を扱い、その代償に抗いながら、私の身体を乗っ取って三年もの間生きながらえていた魔族の長。そんな方が、どうしてここに……?
「どうしてもこうしても、ここは禁呪を使った者が最後に堕ちてくる魂の牢獄だ。貴様もここに来たという事は、何か禁呪を使ったのだろう?」
禁呪は……そう言えば、幻影魔法を重ねがけされて意識が朦朧としていた際に、バフォメットに操られながらに唱えさせられたものが、ありましたが。
「あれはッ! 私の意志じゃなく、無理矢理……ッ!」
「それでも行使したことには変わりない。禁呪は、そんなこと鑑みてなどくれんよ。それに貴様、禁呪を使ったという事は魔族になったのか……それは好都合だ」
すると、ルシファーが笑ったように感じました。モヤがかかっていて彼の表情は解りませんが、その声色が笑みを含んだものになったのは確かです。
「同じ種族になったというのなら、話は早い……このままもう一度貴様を奪い取り、私は世界に舞い戻ってやろう」
「な……ッ!?」
彼の言葉は、再び私を奪い取ろうとするものでした。モヤがかかった姿のまま、こちらへとにじり寄ってきます。
「さあ……もう一度、我がものとなれ……ッ!」
「ッ!?」
そのまま彼は、私に向かって一気に距離を詰めてきました。駄目、だ。私はまた、自分じゃない誰かの都合で、振り回されて……。
「……と、出来たら良かったんだがなぁ」
「へ?」
しかし。何かが私の身体を通り過ぎていった後、突如としてそんな間の抜けた声がしました。振り返ると、ルシファーと思わしきモヤがかった存在が、頭をかいているようにも見えます。
「やはり、ここに来た時点でロクに力も残ってはいないか。と言うか、私の黒炎自体、ほとんど貴様に持っていかれた訳だからな。少しの残り火だけで何とかできる訳もなし、ほとんど素寒貧というヤツだ。ハッハッハッハ」
「え、え……えええッ!?」
突如として豪快に笑い出した彼に、動揺が隠せません。えっ、えっ、私、また彼に乗り移られてどうこう、という事にはならないので?
「ん? 何を怪訝そうな顔をしておる。先ほどまでのは魔王ジョークというヤツだ。部下には結構ウケてたんだぞ? 魔王様のご冗談は冗談に聞こえないから勘弁してくれ、とな」
「ええええ……」
それって遠回しに面白くないと言われているやつでは? 私は首を傾げてしまいました。
「まあ、せっかく来てくれたのだ。話でもしようぞ、人間よ。どうせここでは、それ以外にできる事もないのだし……えーっと。そう言えば名前を聞いていなかったな」
「……マサト、です」
「そうかそうか、マサトと言うのだな。知っていると思うが、私はルシファー。一時期、魔王なんかをやっていたしがない悪魔族の一人だよ。よろしく」
そのまま、訳も分からないままに、私はルシファーとお話する事になりました。
「……改めて聞きますけど、ここは魂の牢獄、というところなんですか?」
「そうだ。禁呪を使った者が死ぬことすら許されずに堕ちる場所だ」
「と言うことは、私はまだ、死んでいなのですか?」
「そうなるな」
ルシファーの言葉に、私は希望を見出します。オドを抜き取られはしましたが、まだ、私は死んではいないらしい。であれば、戻ることも可能なのではないか、と。
「ただし。肉体はどうかは知らんぞ? 今の私と貴様……マサトは魂だけがここにある状態だ。どんな臨死体験をしてここに来たかは知らんが、肉体が終わっていたら戻ることはできん」
「そ、そんな……私はバフォメットに、オドを、抜き取る禁呪をやらされて……」
「おお、オカマのアイツか。オドを抜き取られたということは……なるほど。使わされたのは"内魔抽出"か。アイツ、ずっと私の黒炎が欲しいと言っていたからなぁ……しかしそうなると、復活は厳しいかもしれんな」
私の話を聞いたルシファーが、ううむ、と喉を鳴らしています。
「私が残した黒炎オドを根こそぎ取られたのであれば、今マサトの身体のオドはゼロ。オドが無くなった身体はやがて活動を停止するであろうし、外からオドを供給されても、一時しのぎにしかならないだろう。多人数のオドを入れては拒絶反応も起こるであろうし、それこそたった一人が自分自身のオドの全てを、それも短時間で一気に入れてもらう等しなければな」
「じ、じゃあ、私は……」
「現実世界でどうされているかは知らんが、あまり期待はしない方が良いだろうて……」
それを聞いた私は、気分が一気に絶望へと落ちていくのを感じました。結局、私は、何もできないまま、誰かの都合で死んでしまって……。
「……まあ、そう落ち込むな。死など、結局いつかは来るものだ。突然死なんて、世の中にはいくらでも溢れているぞ? 運が悪かっただけだ」
「……そもそも貴方の所為じゃないですかッ!!!」
慰めているのか適当言っているだけなのか解らないルシファーに向かって、私は声を上げます。
「貴方が私をこの世界になんか呼ばなければッ! 私は、こんなことにならなくても良かった筈なんですッ! それなのに……」
「……そうだな。別に最初からお前をピンポイントで狙った訳ではないが、呼んだのは間違いなく私だ。お前には、私を糾弾する権利がある」
そうして、ルシファーは静かに続けました。
「言いたい事があるなら、いくらでも聞くぞ? 何せ、私もお前も、意識が完全に擦り切れるまではずっとここにいなければならないし、そもそも時間の概念があるかすら怪しいのがこの空間だ。さあ、ぶつけてみろ、お前の心を」
「ッ!?」
ある種の挑発的な言葉に、内側からこみ上げてくるものを抑えられず、私は勢いのままに彼に言葉をぶつけました。それは悔しさであり、後悔であり、怒りであり、悲しみであり……そして、嘆きでした。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。どうして自分ばかりこんな思いをしなければならないのか。理不尽に対する不満はいくらでもあります。
せっかく自分に良くしてくれる皆さんに出会えたのに。せっかくこの世界なら、自分のやりたいように生きられると思ったのに。最早、罵倒なのか思い出話なのかも解らないまま、私はただただ言葉をルシファーに向かって投げつけていました。




