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耐える、頑張る、堪える


 私、マサトが意識を取り戻した時には、目の前に知らない光景が広がっていました。


 板の壁が並べられた、木造の部屋。その中に手術台みたいな物が置かれ、私はその上に寝転がっています。身体中がその台に縛り付けられていて、全く身動きが取れる気がしません。


 黒炎を使ってみようとも考えましたが、体内のオドが反応を示しません。魔法を封じる、"封魔障壁キャンセルドーム"等が使われているのでしょうか。


「あら。起きたのか、し、ら」


 少しすると、私の視界にバフォさん……いえ、魔皇四帝の一人、バフォメットが入ってきました。


「こ、ここは……?」


「アンタには関係ない場所よ。第一、教えてもどうにもならないでしょうし……」


 彼からの言葉を聞きつつ、私は動かせる範囲で、周囲をキョロキョロと見渡してみます。


「「バフォメット様。準備が完了しました」」


「あらッ! お疲れ様、レイメイ」


 やがて、ハモって聞こえる声がしました。私の視界には映らないのですが、あの双子の悪魔も室内にいるのでしょうか。


「んじゃ、早速始めちゃいましょうか。マサト君にも、手伝ってもらうわよぉ~」


「な、何、を……?」


「決まってるじゃない。貴方の持つ黒炎のオドを抜き取る、禁呪の儀式よぉ」


 言われた言葉を、順番に頭の中で整理していく私。整理され、状況を把握した時に、私の顔から血の気が引く感覚がありました。


「お、お、オドを抜き取る、って……」


「そ、う、よ~。貴方の持つ黒炎のオドが欲しいの。だ、か、ら。アタシにちょ~だい」


「そ、そ、そんな事したら、私、は……」


「死ぬわねぇ」


 あっさりと。本当にあっさりと、バフォメットは言いました。今からやる儀式は、私が死ぬものであると。


「ま。そんな事アタシには関係ないんだ、け、ど。アンタが大人しく禁呪を使ってくれるってんなら、すぐ終わるわよ?」


 すぐに終わる。それは禁呪の儀式もそうですが、私の命も同じです。


「わ、私は、禁呪、なん、て……」


「あんらぁ、残念ねぇ。んじゃ……"心侵入マインドハック"」


 すると、バフォメットが私に手を伸ばしてきて頭を掴み、魔法陣を展開しました。


「ッァッ!?」


 頭の中に植物の根が生えてくるような不快感を覚え、思わす首を振ります。


「何、するんですかッ!!!」


「……あら。もう駄目だったの」


 私が抵抗感を示すと、魔法陣に黒炎が走り、それごとバフォメットの手を少し焼きました。


 彼はそれを繁々と見つめながら、一つ、ため息をつきます。


「……黒炎の持つ洗脳や幻影に対する耐性は厄介ねぇ……やっぱまずは、良い感じに意識をぶっ壊すとこからか、し、ら」


「何、を……?」


「術者の意識がある状態じゃないと上手くいかないのよ、この禁呪。なら、拒絶の意志も持たせないくらいに朦朧とさせて、その中で無理矢理やらせてあ、げ、る。始めなさい、レイメイ」


「「承知いたしました。"偽景色フェイクビュー"」」


「や、やめ、ぁぁぁああああああああああああああああああッ!!!」


 やがて双子の悪魔が視界に入ってきたかと思うと、二人は右左からそれぞれの手を私の顔にあて、頭の中に幻を叩き込んできました。訳の分からない情景や音が頭の中を駆け巡り、脳みそが軋んだような感覚を覚えます。


「……ッハァッ! ハァ、ハァ……」


「効いてないね、メイ」


「もう一回だね、レイ」


「アンタ達もっと気合い入れてやりなさい。頭をぶっ壊すくらいで丁度良いわ」


「「はい、バフォメット様」」


「や、やめ……ッ!」


 私の嘆願も虚しく、再度、顔に彼女らの手が当てられました。


「「"偽景色フェイクビュー"、"三連星トリオス"」」


「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 再び、意味不明な幻影が頭の中で幾重にも展開され、今度は激しい痛みが伴いました。それを少しでも紛らわそうと、私は叫びます。


「アッハハハハハハハハッ! いい感じじゃないのレイメイッ! その調子よ」


 バフォメットは笑っています。私が苦しむ様を見て、順調そうしゃないかと、笑っています。


「「"偽景色フェイクビュー"、"三連星トリオス"」」


「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 何度も、何度も。私は幻を頭に叩き込まれます。最早、目に映る光景が現実なのか幻なのか、それすらも解らなくなってきました。


 光も、闇も、上も下も右も左も前も後ろも何一つ把握できず、まるで自分が360度しっちゃかめっちゃかに回転させられているような。それなのに、一つも同じものがなく、全く別の光景が幾度となく視界に飛び込んできて、一体何が起きているのかすら理解できません。


「ぁ…………あぁぁ……」


「さあッ! レイメイ、やってしまいなさいッ! もう少しで、黒炎はアタシのモノよッ!」


「「"偽景色フェイクビュー"、"三連星トリオス"」」


「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………ッ」


 その内に私は、考える事自体が、嫌になってきました。もう、良いのではないか。考えることを止め、全てを捨て、ただ呆然となれたら、どんなに楽であろうか。


 しかし、そんな私の思いの中で不意に、あの威勢の良い方の言葉が思い起こされました。


『諦めなければ、思わぬ道が見つかるものです! ネバーギブアップ、であります!』


「ノル、シュタイン、さん……ッ」


 あの方の言葉は、いつも私を奮い立たせてくれました。そんなに大した言葉ではありません。万人の目が覚めるような、大言ではありません。


 それでも私は、あの言葉があったから、ここまで来れたのではないか。そう思った私は、グッと、歯を食いしばりました。


「ッ!」


 折れない、負けない、諦めない。今ここで、私に出来る事は、ただそれだけ。ただそれだけであるなら……そうあるだけ……まだ、私は、終われない……ッ!


「~~~~~~~~~~~~ッ!!!」


「……あら。急に抵抗し始めたわね。レイメイ、もっと強くかけなさい」


「「はい、バフォメット様」」


「さあて。一体何処まで耐えられるのか、し、ら? アタシが見ててあげるから、しっかり頑張ってねぇ、マ、サ、ト、君ッ」


 薄っすらと目を開けてみると、嫌らしい笑みを浮かべたバフォメットが、私を覗き込んでいます。私はそれに返事をしないまま、再び目と歯をギューっと閉じました。


 耐える、頑張る、堪える。私はこの身に受ける幻影魔法の重ねがけに対して、ただただ痩せ我慢をしていました。


 諦めたく、なかったから。だから、自分の限界が来る、その時までは……私自身は、私で、あり、た、い…………。

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