関係のない因縁
私達が振り返ると、そこには坊主頭で大柄の生徒がいました。オークよりはマシですが、これはこれでなかなか迫力があります。その後ろには、その取り巻きの方々でしょうか、十人前後の生徒がいます。
「あ、いえ、特に何も……何か、ありましたか?」
「ああん? テメー、誰に向かって口聞いてんだああ!?」
私が返事をすると、取り巻きの一人のソフトモヒカンの男子生徒が出てきて怒られました。どうしてでしょうか。
「三年を仕切ってるガントさんだぞ!? ガントさん知らねーとか、オメー新入りかぁ!? この学校でガントさんに逆らって息してる奴はいね―んだぞ!? あああ!?」
「えっと、はい……すみません……」
「すみませんで済むと思ってんのかぁぁぁ!?」
どうしましょう。逆らった訳ではありませんし、私には全く落とし所が見当たらないのですが、一体どうしたら許してくれるのでしょう。というか、どうして怒られているのでしょうか。世界は謎に満ちています。
「もういいチャッコ。少し黙れ」
「へい親分!」
すると、やんややんや言っていた取り巻きの生徒――チャッコさんがすごすごと下がっていき、さっき紹介のあったガントさんが前に出てきました。
「一年坊主か。ここは俺らの集会所だ。なんもしてねーんならさっさとどきな」
「ああ、はい。わかりました」
『あ、ありがとうございます! ほ、ほら、マギーさん達も行きましょう。邪魔になっちゃうみたいだし』
「……わかりましたわ」
とりあえず、この人たちのたまり場ということが解ったので、さっさと行きましょう。面倒なことになる前に……。
「……あーっ! 親分! あの赤髪、昨日の奴ですぜ!」
と思っていたら、チャッコさんが声を上げました。彼が指を指した先には、エドさんがいます。昨日の奴とは、一体。
「昨日おれっち達に喧嘩売ってきて、OBの先輩らがやられた奴っす! こいつ、一年だったのか!」
「……なーんか見覚えあると思ったら」
指さされたエドさんが、頭をかきながらそれに応えます。
「昨日の雑魚の一匹か。なんの用だよ?」
「な、なんの用だとぉ!? こちとらテメーのせいで、何人か病院行ってんだぞ!?」
「知るかよ。大体、喧嘩売ってきたのはそっちだろーが。勝手に被害者ヅラしてんじゃねーよ。だいたい、テメーらに絡まれたせいで、昨日の内に荷物を運べなかったっつーのに……」
「んだとぉ!? ちょっと悪鬼羅刹なんて大層な名前ついてっからってチョーシ乗ってんじゃねーぞ!?」
「勝手にそう呼んでんのはテメーらだろーが。俺は一度だって、そう名乗った覚えはねーよ」
「……なるほど。お前があの悪鬼羅刹か」
すると、ガントさんがニヤリと笑いました。あの悪鬼羅刹とは、エドさんもかなり有名な人なのですね。それでは、私達はこの辺で。といった感じにそそくさと行こうとしたのですが。
「まあ待てよお前ら」
ガントさんが手を挙げると、取り巻きの人たちが私達を逃さないとばかりに立ちふさがってきました。
「ちょっとは見て行けや。あの悪鬼羅刹がくたばるところをよ」
「……んだと、このデブ」
挑発されたエドさんが、殺気を込めた目でガントさんを睨みつけます。それを受けて、ガントさんはニヤリと笑いました。
「やれ」
「っ!」
「オトハさん!?」
「危ないですわ!」
すると、ガントさんの一言で取り巻き達が一斉に動き出し、私達を捕まえようとしました。私は間一髪のところで近くにいたマギーさんに引っ張られたので事なきを得ましたが、間に合わなかったオトハさんが彼らに捕まってしまいます。
「っ! っ!」
(……そ、そうだ。またあの時みたいに、オトハさんが魔法を使えば……!)
捕まっているオトハさんを見て魔国での出来事を思い出した私は、彼女に伝えようとしますが。
「っ!?」
「下手な真似すんじゃねーぞ? コード入りとはいえ、顔は傷つきたくないよなぁ」
チャッコさんがオトハさんの顔にナイフを当てながらそう脅しています。前のオークの時は、オークの意識が私に来ていたこともあってスキをつくことができましたが、今回はそうもいかないみたいです。
「何をするんですの! オトハを離しなさいな!」
「それは悪鬼羅刹次第だな」
マギーさんの一喝に、ガントさんはまるで自分のことではないような返事をします。何のつもりでしょうか。悪鬼羅刹――エドさん次第とは、一体。
「……なんのつもりだデブ」
「なに大したことじゃねーよ。先輩方を皆殺しにしたお前があの悪鬼羅刹ってんなら、お前をやれば俺の名声にも箔がつく。ただそんだけだよ」
「……勝手に人殺しにしてんじゃねーよ。喧嘩を売ってくるなら買ってやるぜ? だがそれに、関係ねー奴らを巻き込んだ理由は?」
エドさんが、先ほどまでとは比べ物にならないくらいの怒気を纏っているように見えます。その隣で、マギーさんも同じような表情をされていました。
「保険だよ、保険……解ってんだろ?」
「何が保険ですか! ふざけるんじゃありませんわ!」
ニィ、と笑うガントさんのその言葉を聞いたマギーさんが激高しました。
「さっきから聞いていれば悪鬼羅刹だの箔だの! わたくし達は完全に無関係じゃありませんの! 知ったこっちゃありませんわ! さっさとオトハを離しなさい!」
「そうだな、お前達には何の関係もない」
マギーさんの言葉に、ガントさんは頷きます。関係がないと解っていながら、何故。
「だが悪鬼羅刹。お前が大人しくしないなら、このエルフは酷い目に遭う」
「な、んですの、それはっ!」
「そ、そんな勝手な!」
マギーさんに続いて、私も思わず声を上げました。関係ないことは確実で、なおかつそれを向こうも認めていながら、この勝手な言い分です。声を上げずにはいられません。
「そうだ。こっちの都合だけなんだよ……なあ、悪鬼羅刹?」
「チッ……ふざけやがって」
舌打ちをしているエドさんですが、ガントさんは一歩も引かないみたいです。不本意という表情をそのままに、エドさんは持っていた木刀を地面に捨てました。
「おお、意外だな。悪鬼羅刹なんつーからには、人質なんざ効果ねーと思ったが……」
「……テメーには関係ねーだろ、デブ」
「そーかそーか。まあ、どーでもいいがな。テメーをボコって……」
そう言いつつエドさんに寄って行くガントさんでしたが、その前をマギーさんが割り込みました。エドさんが捨てた木刀を拾って構え、臨戦態勢に入っています。
「なんだお前?」
「わたくしはマグノリア=ヴィクトリアですわ。貴方に覚えられても嬉しくありませんけど」
「……なんのつもりだパツキン?」
割って入ったマギーさんに、エドさんが吐き捨てるように声を出します。
「俺につけられた因縁だ。俺がこのデブにボコられりゃ、あっちのエルフの嬢ちゃんも無事に戻ってくんだろ。ならテメーには関係ねー」
「そうですわね。わたくし的にもオトハが無事なら、貴方なんか知ったこっちゃありませんわ」
そう言いつつも、ガントさんへの警戒を怠らないマギーさんです。口ではああ言っていますが、身体は完全に戦う気満々です。背を向けたまま、エドさんに向かって言い放ちました。
「それでも。こんな無関係なこちらを人質に取るような卑劣漢に黙って従うなんて、わたくしのプライドが許しませんわ。さっさとかかってきなさい」
「……お嬢ちゃんがどうなってもいいのか? 巨乳のチャンネーよ」
それに対するガントさんの対応は至極当然のものでした。未だに人質となってしまったオトハさんは彼らの手の内にあります。下手なことをすると、彼女に被害が出てしまうかもしれません。
「あら? 貴方は先ほど、"悪鬼羅刹が大人しくしなければ、オトハは酷い目に遭う"、そうおっしゃっていましたよね? つまり、大人しくするのは悪鬼羅刹とか大層な名前がついたそこの野蛮人だけ。わたくしは文字通り、関係なくてよ?」
「そ、そんな理屈……」
私は思わず、言葉が漏れてしまいます。何か秘策でもあるのかと思ったら、相手の揚げ足を取るだけでした。約束も平気で破りそうなこの人達に、こんな理屈が通じる訳が……。
「ハハハハハハハハハハハッ!!!」
と思ったら、ガントさんは大笑いされていました。
「そーかそーか! そーだな! 悪鬼羅刹が大人しくしてりゃ問題はねーよ!」
「が、ガントさん、そんなんでいいんすか……!?」
「まあまあチャッコ。別にいーじゃねーか」
そう言って、構えているマギーさんに向かって、ニヤーっと笑っているガントさんです。何か、マギーさんではないのですが、あまり良くない予感がしています……。
「そこの巨乳のチャンネー。いいだろう。俺たちが相手してやるよ。オメーが勝ったら、あのエルフは離してやる」
「言いましたわね? 男に二言はなくてよ?」
「ああ、二言はねーなー。だがもし俺らが勝ったら……俺の女になってもらおうか」
「 」
一瞬、時が止まったかのような間がありましたが、
「な、なんですってぇっ!?」
マギーさんは顔を真っ赤にしてびっくり仰天しました。嫌な予感が的中とまでは行きませんが、ガントさんから物凄く自分勝手な要求が来てしまいます。
「綺麗な金髪にその巨乳、くびれた腰、胸に負けない尻と太もも……こんないい女、久しぶりに見たぜ……」
「せせせせセクハラ! セクハラでしてよ!」
「確かに」
「何を頷いているのですかこの野蛮人!!!」
エドさんに続いて思わず私も納得しそうになりましたが、人質に取られているオトハさんがものすごーく怖い目をしていますのでそっぽを向きました。はい、何でもありません。
「ま、そーゆー訳だ。そっちが勝った時だけ何かあって、こっちになんもねーんじゃ不公平だもんなぁ?」
「勝手にオトハを取ったのはそっちの癖に! 不公平なんてよく言ったもんですわ!」
「なんだぁ? このチャンネー声を上げて? イライラしてんならカルシウム摂れよ。それとも摂ったカルシウムは全部胸にいってんのか?」
「馬鹿にすんなですわっ!!!」
マギーさんの一喝が響き渡りました。衝撃で、耳が物理的に震えている気がしています。と言うか、ここらで口を挟んでおかないと不味いのでは? マギーさん、結構簡単に挑発に乗ってしまうタイプですし。
「ま、マギーさん、落ち着いてください。ここで怒ったら相手の思う壺で……」
「いいでしょう! その条件飲んでやりますわ! わたくしがボッコボコにすれば万事済む話! 二度とセクハラできない身体にして差し上げますわっ!!!」
手遅れでした。どうしましょう。マギーさんは完全に頭に来ています。ニヒヒと笑っているガントさんを見ても明らかなように、完全に乗せられてしまいました。
「決まりだな。チャッコ、お前はエルフを抑えてろ」
「へい!」
「さあてお前ら……」
ガントさんを含め、十人前後の不良達がじりじりとマギーさんの前に立ちふさがりました。
「やっちまいなぁ!!!」
「「「オオオーーー!!!」」」
「パツキン!」
「マギーさん!」
「舐めるんじゃありませんわ!」
ガントさんとチャッコさん以外が一斉にマギーさんに襲いかかります。マギーさんは、それを木刀でもって迎え撃ちました。
「ハア、ハア、金髪、金髪ぅ……」
「気色悪いですわこのっ!」
一人を木刀で薙ぎ払い、後ろから来た相手の攻撃を躱して距離を取ります。そこに木刀での追撃が来たので、それを自身の木刀で受け止め……。
「っ!」
受け止めた際に、マギーさんの顔が歪みました。まさか、先ほどの戦いでの手首がまだ痛むのでしょうか。彼女は歯を食いしばったまま、鍔迫り合いに耐えています。
「スキあり!」
「くっ……こ、のぉ!」
膠着状態になったスキをついて、別の一人がマギーさんを掴みにかかりますが、彼女は掴まれる直前で受け止めていた木刀を無理やり弾き返します。そして、その直後につかもうと襲いかかってくる手を、木刀の柄の頭で思いっきりぶちます。
「ってぇ!」
「スキありはこちらのセリフですわ!」
手を打たれてひるんだ相手に、マギーさんは容赦なく木刀を頭に叩き込みました。倒れていく相手に見向きもしないまま、彼女は次の相手へと意識を集中させています。
「マサトっ!」
「! は、はい!」
視線をこちらに向けないまま、マギーさんに呼ばれました。
「グッドマン先生を呼んできなさい! そうすればこいつらなんか……ッ!」
「っ! わ、わかりました!」
マギーさんに言われてハッとした私は、踵を返して走り出しました。そうだ、何をボーッとマギーさんの戦いを見ていたんだ。私も先生を呼んでくるくらいのことはできるはずです。早く職員室に行って先生方を連れてくれば……。
「させっかよ、追え」
「「あいよぉ!」」
後ろでガントさんの声がして振り返ると、二人ほどこちらに向けて追いかけてきていました。
「こ、の……わたくしが大人しく行かせるとでも……」
「行かせるんだよ。センコー呼ぶたぁ汚えマネしやがる。できる限り邪魔させてもらうぜぇ。だいたい、チャンネーの相手はまだまだいるしなぁ」
「くっ!」
マギーさんが食い止めようとしましたが、他の不良らに攻撃されて手が一杯みたいです。彼女の横をすり抜けて、二人がこちらに向かって走ってきました。
「んにゃろう……」
エドさんも動こうとしますが、
「おおっと! 動くなよ悪鬼羅刹! エルフの女の子を大事に思うんならなぁ!」
「っ! っ!」
「……クソがぁ!」
チャッコさんの脅しで、動くに動けないみたいです。刃物を突きつけられたオトハさんも、怯えているのが見て取れました。待っていてください。もう少ししたら、助けを呼んできますから。




