忘れたい貴女
「"黒炎弾(B.F.カノン)"ッ!」
私は咄嗟に手のひらを真っ直ぐ突き出し、黒炎を放ちました。すぐさま手のひらから魔法陣が展開され、黒い炎の塊がバフォメット目掛けて飛んでいきます。
「……"蒼炎壁"」
しかしそれが彼に届く事はありませんでした。呪文と共に展開された青い炎の壁が、私の撃ち出した黒炎を遮ります。
「な…………ッ!?」
「……アタシは蒼炎使い。地獄の業火とまではいかないけど、ただの炎よりも何倍も熱い、青い炎の使い手……呪文は、青い炎と青い宝石をかけてるの、お上手でしょう? さあて……アンタはアタシに火を点けられるのか、し、らッ!? "蒼炎弾"ッ!」
続け様に飛んでくるのは、青い炎の塊。私も同じく、防御魔法を唱えます。
「"黒炎壁(B.F.ウォール)"ッ!」
黒い炎が地面から立ち上り、飛んでくる青い炎を受け止めます。
(来るッ!)
視界が遮られてはいますが、バフォメットは止まって等いないでしょう。私はそう確信すると、手に黒炎を集めていきます。
「"黒炎剣(B.F.ソード)"ッ!」
黒炎で構成した剣を片手に、"黒炎壁"の向こう側を警戒します。やがて消えていった"黒炎壁"の先には、
「な……ッ!?」
誰もいませんでした。ど、何処へ…………?
「……す、き、あ、り」
「ッ!?」
頭上から声がしたと思った次の瞬間、私は反射的に"黒炎剣"を頭の上に掲げて防御の体勢を取りました。直後、その"黒炎剣"に衝撃が走ります。
「あんらぁ、よく防いだじゃ、な、い、の」
そこには青い炎の剣で斬りかかってきていたバフォメットの姿が。着地した彼との剣戟へと移行します。
「ク……ッ! こ、このォ……ッ!」
「……意外と粘るわねぇ」
速く、鋭く、そして重く振われる青い炎の剣閃。今まで相対した誰よりも、強いです。
「待っていてくださいでありますマサト殿ッ! すぐに加勢を……」
「貴様の相手はこの私だ、ノルシュタイン=サーペントッ!」
「……どーしたハゲよぉ? オレはまだまだ行けるぜ?」
「……忌々しい魔族が……ッ」
ノルシュタインさんとベルゲンさんは、それぞれヴァーロックとノーシェンによって足止めを受けています。
「クッソッ! 退けよテメーらァッ!」
「こ、こんな時こそ、あ、あれが使えたら……ッ!」
「嫌だよね、メイ?」
「嫌だよね、レイ?」
「「バフォメット様の命令は絶対だもん」」
それはオーメンさんとキイロさんも同じであるらしく、レイメイと呼ばれた双子の魔族によって、その場に釘付けにされていました。
「……で、も。これで終わりよ、マサト君?」
「ク……ア……ッ!」
私自身も余所見をしている余裕もなく、あっさりと"黒炎剣"を弾き飛ばされてしまいました。手を離れた"黒炎剣"が、宙に消えていきます。
「"黒炎弾(B.F.カノン)"ッ!」
「……残念ねぇ」
反対の手で"黒炎弾"を放ちましたが、それは青い炎の剣であっさりと断ち切られてしまいました。そ、そんな……こ、黒炎が通じない、なんて……。
「貴方。まだ真の意味で黒炎を使いこなしてないわねぇ……せっかくの地獄の業火が泣いてるわよぉ?」
「こ、黒炎を使いこなせて、ない……?」
一体、どういう事なのでしょうか。魔王の血筋のみが扱えるこの黒炎に、まだ見ぬ先が……?
「……ま。どうでも良いのよ、そんな事は……」
「ガ……ッ!」
あっさりと私はバフォメットによって首を片手で締め上げられ、宙に持ち上げられます。
「カッハ……ッ!」
「悪いけど、ちょーっと大人しくしててもらうわよぉ?」
『マサトッ!』
「マサトッ!」
バフォメットがニヤリと笑った瞬間。私の名前を呼ぶ魔導手話と声が聞こえてきました。これは、まさか……。
「オト、ハ、さん……ウル、さん……」
「な、何だよこの有様はッ!? 一体、何がどうなって……」
『マサトッ!!!』
外の惨状に戸惑っているウルさんの声に被せて、オトハさんの魔導手話が響きます。
「あんらぁ。二人とも無事だったのねぇ……ま。どうでも良いんだ、け、ど」
「ば、バフォさん……その、姿、は……? ど、どうして、マサト、を……?」
『ま、マサトを離してッ! 離してくださいッ!』
「……一から説明するの面倒だから、一番わかりやすいものを見せてあ、げ、る」
困惑している二人に見せつけるかの様に、バフォメットは私を掴み上げたまま、その場で掲げてみせました。
「アタシの名前はバフォメットッ! 魔国の魔皇四帝が一人、蒼炎使いのバフォメットよォッ! 魔王の力を持ち逃げしてくれた悪~いこの子に……今からお仕置きしてあ、げ、る」
やがて、周囲に巻き起こっていた青い炎が、バフォメットの周りへと集まってきました。ニタァっと笑ったバフォメットが、なんの躊躇いもなく、呪文を唱えます。
「……おやすみなさい、マサト君。"蒼炎環"ゥッ!」
『マサトッ!』
「マサト~ッ!」
「き、兄弟ッ!」
「兄さんッ!」
「マサトッ!」
皆さんの声が耳に届いた間髪を入れずに、地面から立ち上った青い炎が私の身体を焼きました。
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
目に写る光景は青一色。膨大な熱量で身体を焼かれ、最早熱いではなく痛いとしか感じません。その痛みすら、やがて耐え切れなくなった脳がシャットアウトされたのか、何も感じなくなっていきました。
永遠とも一瞬とも思えるような火炎地獄。ふと、何事もなかったかの様に 炎が消えて、目の前には笑い顔のバフォメットが映りました。
「ァ…………」
そしてそのまま、地面に落とされます。ロク受け身も取れないまま、私は地面に倒れ伏しました。
身体中が動かせません。指先一つすら、思い通りにできません。幸い痛みがシャットアウトされている為か、激痛が走る事も、意識が飛ぶ事もありませんでした。
「『マサトォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』」
「殺しちゃいないわよ。全く、女の子かそんな大声出さないの、はしたない……」
オトハさんとウルさんの絶叫に近い叫びの中、バフォメットがため息をついているのが聞こえました。
『"光弾"、"操作"ッ!』
「マサトを返せ、こんのォォォッ!!!」
「……"蒼炎弾"、"二連星"」
「『きゃぁぁぁあああああああああああッ!!!』」
「大人しくしててよ、も~。シマオちゃんの友達だから、死なないように手加減してあげてるって言うのに……」
オトハさんとウルさんのお二人は、無事、何でしょうか。全然、顔も上げられなくて、状況が……。
「さて、と」
すると、急に視界が高くなり、目の前にバフォメットの顔が現れました。横抱き、されているのでしょうか。
「んじゃ、後はよろしくねヴァーロックちゃん。アタシはこの子連れて帰るから……」
「……待ちなさい、バフォメット」
すると突然。酷く懐かしい女性の声が聞こえてきました。
私が無理矢理目を動かしてみると、そこには両の耳の上に角が生えている黒スーツを着た黒髪短髪の胸の大きな女性が立っています。
この、方、は……。
「……あらあら。刑期は終わったのか、し、ら?」
「……独断専行もここまでよ、バフォメット」
私がこの世界に来て最初に関わりを持った魔族。幻影魔法を駆使し、私に教育という名の折檻を加え、この世界の常識を無理矢理叩き込んできた、忘れたい貴女。
「ジル、さん……」
「……久しぶりね、マサト」
厳しい視線で私を捉えている、ジルさんでした。




