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彼と彼の正体


 私、マサトは驚きの声を上げていました。何故なら、自己紹介された内容が、にわかには信じられないものだったから。


「ま、魔皇四帝が一人……バフォメットッ!?」


 再度、私は告げられた内容を復唱します。魔皇四帝。ジルゼミの内容を思い出せば、それは魔国の魔王の下についている、四大幹部。言わば、魔国における四天王のようなもの。


 そんな人物が、今、私の目の前にいらっしゃいます。しかも。私の事情の全てを、知っている様子で。


「何でや…………何でなんやバフォさんッ!!!」


 青い炎の檻に閉じ込められているシマオが、声を上げていました。


「おとんに近寄ったんも、ワイに良くしてくれたんも、全部嘘やったんかッ!? こないな事する為だけに、ワイらを騙して……」


「やぁねぇ、シマオちゃん。そんな訳ない、じゃ、な、い。短絡的に全部嘘なんて決めつけてたら、柔軟な頭は持てないわよぉ~?」


 悲痛な叫びのシマオに対して、バフォさん……いえ、バフォメットは飄々と答えています。


「アタシがあなたのお父さんを元気付けてあげたのは、ホントに善意からよぉ。見てて危なっかしいくらい、凹んでたものね……で、も。シマオちゃん。あなたはこの子の……マサトくんの友達だったじゃないッ! も~、女神様は悪魔にも微笑んでくれるのかって、興奮しちゃったわッ! だ、か、ら~……」


 そう言って、バフォメットは私を見やりました。


「それはそれ、これはこれよ~。シマオちゃんにマサトくんとの繋がりを無くして欲しくなかったから、士官学校を勧めた訳だし……その辺は下心あったか、し、ら」


「そ、そないな、事……わ、ワイが兄さんと、知り合った、から……?」


「嘘……だろ……?」


 落ち込んでいるシマオの隣で、兄貴が目を丸くしています。


「その姿……兄弟……なの、か……?」


「兄貴……」


「マサト様が……魔族……ま、魔王で、ございます……?」


 ああ、そうですか。さっきバフォメットが私の名前を呼びましたから、もう全部、バレてしまったのですね。兄貴にも、イルマさんにも。


「び、びっくりだよマサト君……そ、その黒炎があるって事は、き、君が魔王だったなんて……ど、通りでオーメン達がひた隠しにする訳だ……」


「……クッソッ! マサト君、どうしてその姿で出て来たんだッ!? アイリスはどうしたんだよッ!!!」


 びっくりしているキイロさんと、私に怒鳴り声を上げているオーメンさん。そのイザーヌさんに吹っ飛ばされて出てきたんです、と言って信じてもらえるのでしょうか。


「……その姿……魔族化の呪いとは聞いていましたが……まさか魔王だったとは……」


 続けて、私に声と目を向けてくる方がおられます。


「……ベルゲンさん」


「……本当にマサト君、なのですか?」


「…………は、い……」


「……そう、ですか……」


「ベルゲン殿ッ! 彼は……」


「ノルシュタインさん。貴方、知っていたんですね?」


 口を挟もうとしたノルシュタインさんに先んじて、ベルゲンさんが続けます。


「彼が魔王だった……いや、それとも魔王の後継者なのかは知りませんが……彼に黒炎の力が宿っており、魔族に狙われている事……そして、わざわざそれをひた隠しにしていたのであれば……少なくとも、私達が敵視していた魔王ルシファーは亡くなったか、あるいは雲隠れしたか……その事も合わせて、知っていたのですね?」


「…………。……その通りでありますッ!」


 沈黙を見せた後。ノルシュタインさんはいつもの調子を少し落として、肯定しました。


「なるほどなるほど、それはそれは……貴方が私を頼ってくるなんて、よっぽどの事と思っておりましたが……これはこれは」


「ベルゲン殿ッ! 今は……」


「解っておりますよ、ノルシュタインさん」


 ボロボロになりながらも、彼らは再度足を踏み直し、目の前の魔狼と吸血鬼を見据えていた。


「貴方への糾弾は後回しです。まずは、目の前の魔族への対応と、マサト君の身柄確保。これが最優先でしょうな……」


「……また来るっぽいぜ、ヴァーの旦那」


「そうだなノーシェン。だが、バフォメット様が来てくれたお陰で、"消える人間パニッシュ"と"魔法殺し(スレイヤー)"を討ち取れるかもしれん。優勢とは言え、気を引き締めていくぞ」


「へーへー。相変わらず生真面目だこって」


 魔狼ヴァーロックと、吸血鬼ノーシェン。前魔王直属の部隊であった、魔国のエリートです。そんな方々まで、何故ここに……? 一体、何がどうなっているのか。


 そして。


「…………」


 兄貴の隣で俯いている、金髪でスタイル抜群の彼女……マギーさんにも。


「……マサトッ!!!」


 やがて、彼女が叫びました。


「やはり貴方だったんですねッ! あの方と同じそのお姿ッ! わたくしの勘は、間違ってなどおりませんでしたわッ!!!」


「マギー、さん……」


 真剣な顔で、青い炎の檻さえ無ければ今にも詰め寄って来そうな勢いで、彼女は口を開いています。彼女の勘も、既に働いていたのですか。


「どうして、どうしてですのッ!? そんな大事な事を、何故わたくしに言ってくださらなかったのですッ!? わたくしは、貴方を……ッ!」


「…………ごめん、なさい……」


 対して、私の口から出せるのは、謝罪だけでした。


「……私に良くしてくれる皆さんを、巻き込みたくなかったんです……知れば危険が伴う、私の秘密……出来ればずっと、知らないままで……」


「わたくしはお話して欲しかったですわッ!!!」


 マギーさんの言葉に、耳が痛いです。


「貴方がわたくしを大切な友達だとおっしゃってくださった様にッ! わたくしも貴方を大切な友人だと思って接しておりましたわッ! すぐには話せなかったかもしれないッ! 危険に巻き込むかもしれないッ! それでもッ! それでもわたくしは、貴方の力になりたいと、ずっと、思って……ッ!」


「……なーんか各所で盛り上がってるとこ悪いんだ、け、ど」


 気怠そうに口を開いたのは、バフォメットでした。


「最悪、雲隠れされるかとも思ってたけど……出てきてくれたのなら好都合よ。ヴァーロックちゃん、ノルシュタイン達を押さえてて。レイメイ、そっちの軍人の始末は任せたわよ」


「「了解いたしましたバフォメット様」」


 レイメイと呼ばれた、二人の悪魔族。二人で持っていた大きなハサミを分割し、水色の髪の毛の方が右手に、ピンク色の髪の毛の方が左手に、それを持ちます。


「そして、ア、タ、シ、が~……」


 指示を出し終わったバフォメットが、私の方を向いて舌舐めずりをします。ゾクっと、背筋に悪寒が走りました。


「……直接確保してあげるわッ! マ、サ、ト、く~んッ!!!」


「ッ!?」


 そして言うや否や。バフォメットは私に向けて突進してきました。

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