舞え、刃よ
すると突然ウルさんとの距離をとったイザーヌさんが、不意にそんな事をおっしゃいました。
加えて、何かの魔法陣を展開した彼女に、嫌な予感が止まりません。
「な、何を……?」
「…………起動せよ。"飛剣演舞"」
ウルさんの声に被せて、イザーヌさんが魔法を発動しました。
すると彼女の懐から一人でにナイフが現れ、それはまるで彼女に付き従うかのように宙に浮いています。
「な、なんだよ、それ……?」
「…………すみませんが、もう手加減はできない」
「う、うわッ!?」
驚いているウルさんに、イザーヌしんが手を振るいます。彼女の手と腕の動きと合わせて、相手を斬り裂こうとナイフが舞います。
『しゃ、"光弾"ッ! "操作ッ!"』
「"冥府の呪縛"、"操作"」
「…………"守護演舞"」
援護に放たれた光の弾と漆黒のロープも、宙を舞うナイフによって防がれてしまいます。
「…………残念ながら。この状態の私にその程度の魔法は通用しない」
「なっ、ちょ、待っ……ッ!」
そのままウルさんへの攻勢を強めていくイザーヌさん。オトハさん達も諦めずに魔法を放ちますが、全て舞うナイフによって防がれてしまっています。
「…………ナイフに気を取られ過ぎ」
「がふ……ッ!?」
打ち合っていたウルさんは、イザーヌさんによる回し蹴りを思いっきり脇腹に食らいました。
衝撃のままに少し飛んだ彼女は、蹴られた脇腹を押さえながら床で悶えています。
「…………あと、二名」
『お、お母さん……ッ!』
「……叩くこと六度。その者を閉じ込めなさい。"六角呪縛ノ檻"」
隙ありとばかりに、フランシスさんが光の檻を展開します。鳥籠のようなその檻はイザーヌさんを閉じ込め、外へ出すまいと光を放っています。
「……降参なさい。貴女の負けよ。私の"六角呪縛ノ檻"からは逃げられないわ」
「…………ならば破ってみせる」
フランシスさんの言葉にも強気な返しをするイザーヌさん。
「…………我が舞いは剣の舞い。動き、流れ、淀みを断ち切る。壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖、拾、百……」
やがて始まった詠唱によって、彼女の周囲のナイフが光り出し、その数を増やしていきます。
あ、あんな数のナイフ、一体何処から……?
『な、何、あれ……ッ!?』
「……ああもう」
『お、お母さんッ!?』
「"守護壁"、"三連星"」
「…………全てを切り裂け、"終焉演舞"」
すると突然、フランシスさんがオトハさんを抱きしめました。それと同時に自分達、私、そして少し離れたところで倒れているウルさんの前に、"守護壁"を三重に展開します。
直後。イザーヌさんは光の檻の中でまるで踊るかのような動きを始めたかと思うと、光り輝くナイフ達が一斉に周囲へと拡散しました。
当然、外に出すまいとフランシスさんの展開した"六角呪縛ノ檻"がそれを阻みますが、幾重にもナイフが突き刺さった結果……。
「な……ッ!?」
私の驚きの声と共に、ガラスが割れたかのような音が響き、光の檻は粉々に弾け飛びました。
そして、その内側から光を帯びたナイフが飛び出してきます。
「うわぁぁぁああああああああああ
ッ!?」
飛び散るナイフは一切の容赦なく宙を進み、全てを貫かんとする勢いで広がって行きました。
当然私達の元にも飛来し、フランシスさんが展開してくれた"守護壁"がそれを食い止めてくれていましたが、やがてそれも破壊され。
疲労感でロクに魔法も展開できないまま、ただただ飛来するナイフに当たらないようにと、床に転がったまま頭を覆っていました。
それからどれくらい経ったでしょうか。しばらく経ったかもしれませんし、一瞬だったかもしれません。
ナイフの嵐が過ぎ去って、周囲に静けさが訪れた頃。イザーヌさんが静かに口を開きました。
「…………決着は着いた」
顔を上げてみると、周りは酷い有り様になっていました。ロビーの調度品は破壊され、倒れていた魔狼達にも容赦なくナイフが突き刺さっています。
「し、死ぬかと思った……」
少し離れたところでは、うずくまっていたウルさんが、ヒョイと顔を上げています。
あの様子なら、蹴られた脇腹以外に負傷はなさそうです。
しかし。
『お母さんッ! お母さんッ!!!』
「うる、さいわね……」
オトハさんを庇ってその身体にナイフを受けた、フランシスさんです。複数のナイフが刺さっている箇所から出血しており、白衣を徐々に赤く染めていきます。
「…………お見事。あの奥義の中、庇った相手を傷一つつけずに守り切るとは」
そんな言葉を投げるイザーヌさんに構わず、フランシスさんは魔法陣を展開します。
「……は、"冥府の呪縛"……」
「…………無駄です。その魔法は私には……」
しかし、イザーヌさんはそこで言葉を切りました。何故なら、展開された魔法陣から伸びる漆黒のロープが彼女ではなく、何故か私に向かってきていたからです。
「な……ッ!?」
『お母さんッ!?』
驚いた私ですが、体力を持っていかれている今、抵抗する気力は残っていません。
オトハさんの魔導手話の中、私の身体に漆黒のロープが巻きつきました。
「…………今更命乞い? この子を渡すから見逃して欲しいと言う……」
「……"返還"ッ!」
しかし、その漆黒のロープは私の体力を奪う事はしませんでした。それどころか、奪われていた体力が戻ってきている感じがします。
「……アンタの体力、返したわよ。後は、頼ん、だ、わ……」
『お母さんッ! しっかりして、お母さんッ!』
そう言って、フランシスさんは気を失いました。オトハさんが見ていますが、弱々しくも呼吸されているのが身体の動きでわかります。
気力も体力もし戻った私は、ゆっくりと立ち上がりました。そして、イザーヌさんに声をかけます。
「……イザーヌさん」
「…………何でしょう?」
立ち上がれずにいるウルさん。倒れているアイリスさんにフランシスさん。必死になって母親の止血をしようとしているオトハさん。
それらを見た私の心には、ある決心がありました。
「……すみませんが、貴女に着いていく事はできません。私を守ってくれた貴女ですが、こんな、こんな……皆さんを、傷つけるなんて……」
「…………殺しはしていない。それに、私にも都合がある。貴方を連れて行かなければならないという都合が」
「……なら、私だってそうです」
真っ直ぐと、イザーヌさんを見据えます。
「私は大切な人達を傷つけた貴女には着いていけません。これが、私の都合です」
「…………そう……"飛剣演舞"」
そう言うと、イザーヌさんは再度、自身の周りにナイフを舞わせました。宙に浮かぶナイフの全てが、その切先を私に向けています。
「…………ならば力づくでも連れていくのみ」
「やらせ、ませんッ!」
向かってきたイザーヌさんに対して、私は自分の手のひらを向けました。




