ご協力、感謝する
「い、イザーヌさん……な、何ですか……?」
無表情で無口なまま、イザーヌさんが私の方に近づいてきます。
「ち、ちょっとイザーヌッ! 何しようとしてんのよッ! さっさとこれ外してってッ!」
アイリスさんが焦りを含んだ声色で、そう叫んでいます。縛られた同僚やオトハさん達。
ましてや怯えて動けない一般の方々には目も暮れずに、私の方へと寄ってきていました。
今のイザーヌさんの様子は、誰が見てもおかしいものでしょう。
「…………失礼」
「ッ!?」
イザーヌさんがそう言った瞬間、彼女は一気に加速して私の元までやってくると、
「ガ……ッ!?」
私の鳩尾に容赦なく一撃を入れてきました。一瞬、息が出来なくなって視界が白く点滅し、そのままその場に倒れ込んでしまいます。
辛うじて意識が飛んでないのは、黒炎のお陰なのでしょうか。
『ま、マサトッ!』
「マサトに何するんだよッ!?」
私はそのままイザーヌさんに肩に抱えられました。オトハさんとウルさんの魔導手話と声が聞こえます。
「……………………」
イザーヌさんは何も言わないまま、そのまま動き出します。
「待ちなさいッ!!!」
しかし、彼女のその肩を掴む影がありました。私が頑張って顔を上げてみると、そこにはアイリスさんがいらっしゃいます。
「…………もうあの縄を抜けてきたの」
「ウルちゃんが外してくれたからね。それよりイザーヌ、マサト君を連れて何処に行く気?」
「……………………」
縛られていた筈ではと思っていたら、ウルさんでしたか。お母さんと抱き合っていた筈ですが、相変わらず抜け目がない方です。
アイリスさんのその質問に、イザーヌさんは何も言いません。
「……だんまり、と。なら、マサト君は置いてってもらうわよ。私、この子達全員を無事に帰すのが任務なの」
「…………この子達全員ではなく、このマサトと言う子が、では?」
イザーヌさんのその言葉に、内心でドキッとする私。確かにアイリスさんは、私の護衛をノルシュタインさんに頼まれて行っております。
しかしそれは、ノルシュタインさん達しか知らない筈。私自身も以前オーメンさんに、他の人には言わないようにと強く言われましたし、誰にもお話しておりません。
にも関わらず、このイザーヌさんはまるで内実を知っているかのような言葉を告げます。
貴女の護衛対象は私なんでしょう、と。
「……貴女には関係のない事よ。でしょう、イザーヌ?」
「…………いえ。私にも任務がある」
「へぇ……戦いのドサクサに紛れて、一般市民を拉致するのが任務ねぇ……随分と酷い任務だこと……ベルゲン大佐のご指示かしら?」
「……………………」
見ていてハラハラするくらいの一触即発の雰囲気。でもアイリスさんの言葉が、私の頭の中に引っかかっていました。
ベルゲン大佐のご指示か、と彼女は聞きました。つまりこのイザーヌさんは彼の部下であり、命令があって私を捕まえようとしている、と言う事です。
つまりは、あの優しいベルゲンさんが、私を捕まえようとしている、と……な、何故でしょうか?
「…………任務の邪魔はさせない。それが例え、同僚であろうと」
「ッ!?」
そんな私の疑問を他所に、イザーヌさんが私を床に落とすとアイリスさんに手を出しました。
顔を上げた私が見てみると、ナイフは使わずに肉弾戦でイザーヌさんが仕掛けています。
「イザーヌッ! 貴女、どこまで知ってるのッ!?」
「…………私は何も知らない。だけど、任務は遂行する」
「事情も知らないで、それで貴女は納得してる訳ッ!?」
「…………それは上が判断すること。私はただ、任務を遂行するだけ」
「ホント……嫌になるくらい優秀ね、貴女はいつもッ!」
どうして、アイリスさんとイザーヌさんが戦っているのでしょうか。互いに拳を突き出し、防ぎ、相手に蹴りを放っています。
味方である筈なのに。
「……よし、解けたッ!」
『ありがとうウルちゃん。お母さん、お願いッ!』
「……ハァ……"呪縛"、"二連星"」
やがてウルさんが束縛を解いたのか、自由になったフランシスさんが魔法陣を二つ、展開しました。
そこから光のロープが伸びてきて、殴り合っていたお二人の身体を縛り、動きを封じます。
「……何の都合か知らないけど、面倒かけないでくれる?」
「ちょっとッ! 私まで縛ることないじゃないッ! 向かってきたのはイザーヌで……」
「…………フランシス=トレフューシス」
するとイザーヌさんは、フランシスさんの方を向き、こうおっしゃいました。
「…………ベルゲン大佐より言伝を預かっている。あの約束を履行し、イザーヌに協力せよ、と」
「……………………」
イザーヌさんは無表情のまま、そう言われました。ベルゲンさん? 約束を履行? 何の、お話なのでしょうか……?
それに対してフランシスさんは無言のまま、彼女を見ています。
「…………私はこの子の確保を指示されている。しかし今、邪魔になりそうな輩が多い。貴女ほどの魔法の腕なら、一時的に動きを封じる事くらい、可能であると考えられる。なので、約束の行使を求める……これが履行されない場合は、こちらも手を考える必要がある」
「……解った、わよ」
やがてそう頷いたフランシスさんは、展開していた"呪縛"の魔法を解除しました。
イザーヌさんを捕らえていた方だけを。
「な……ッ!?」
『お、お母さんッ!?』
「ど、どういう事なんだよッ!?」
アイリスさん、オトハさん、ウルさんがびっくりしている中、フランシスさんは表情を変えません。
もう一つで拘束しているアイリスさんをそのままに、彼女は足で六度床を叩き、更に魔法を展開します。
「……叩くこと六度。その者達を閉じ込めなさい。"六角呪縛ノ檻"」
それは以前、エルフの里でルーゲスガーさんに使われた魔法でした。下部が六角形の鳥籠みたいになっている光の檻が展開され、オトハさんとウルさん、そして近くにいたウルさんのお母さんを閉じ込めます。
「こ、これはあの時の……だ、駄目だッ! ビクとも、しない……ッ!」
『お母さんッ! どうして、どうしてこんな事をッ!?』
「……私の人国への亡命の際に出された取引。アンタ達のエルフの里からの逃亡の手助けと、私の研究データの一部……そして、請われた際に一度だけ、無条件でベルゲン大佐とやらに協力すること」
焦った声を上げるオトハさん達に、抑揚のない調子でそう答えるフランシスさん。
まさか。エルフの里で急にフランシスさんが私達を助けてくれるようになったのは……この約束が、あったから……?
「ああもうッ! ベルゲン大佐、まさかフランシスさんまで懐柔済みだったなんて……こ、こんな"呪縛"なんか、早く"封魔"で……」
「無駄よ。教科書に載ってるやつじゃなく、私が独自に改良した"呪縛"。解けるもんなら解いてみなさい」
冷たく言い放つフランシスさん。光のロープによる束縛を解こうと、アイリスさんが身じろぎしていますが、全く動けないご様子です。
オトハさん達も、魔法や"封魔"を試みているみたいですが、"六角呪縛ノ檻"も固く、全く成果が上がっていません。
「…………重畳。ご協力、感謝する」
「……あっそ」
フランシスさんが吐き捨てるようにそう答えます。
やがて立ち上がったイザーヌさんは、再び私を担ごうとこちらへ向かってきました。




