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働いた嫌な勘


「イルマ、イルマッ! しっかりしてくださいましッ!」


「だ、大丈夫でございます、お嬢様……」


 フラフラの身体のまま、何とかイルマの元へたどり着いたわたくしは、彼女を抱き起します。


「こ、この出血量なら危ない血管はおそらく外れているでございますので……スカートの切れ端で、止血さえ出来れば……」


「わかりましたわッ!」


 わたくしはイルマのメイド服のスカートの一部を破ると、士官学校で習った応急手当てを必死に思い出しながら傷口を縛ります。


 見えないところでわたくしを守ってくださっていた彼女。両親が他界しても、ずっと側にいてくれた貴女を、死なせはいたしません!


「大丈夫かメイドのねーちゃん!? く、クソ……ッ! 肝心な時に、力になれねーなんざ……ッ!」


「あ、頭はクラクラするが……わ、ワイも手伝うで!」


「エドワル様、シマオ様……」


 やがて、倒れていた野蛮人と変態ドワーフもこちらに来てくださいました。


 三人がかりでイルマの止血にかかります。


「ッ!? オーメン殿、危ないでありますッ!」


「あっぶなッ!? ありがとうございます、ノルシュタインさんッ! チッ! まだいやがるのかッ!」


 しかし、その間にも状況は良くはなっておりませんでした。旅館の中にいた魔狼達が次々と外へ出てきており、ノルシュタインさんとオーメンさんを取り囲んでいます。


「……他の連中はどうした?」


「それが、旅館内にも人国軍と、やたら魔法の腕が良いエルフがいて……」


 ヴァーロック達がお話しております内容的に、おそらくはアイリスさんとフランシスさんなのではないかと思いました。


 オーメンさんが旅館内から援護に来てくれたことを考えると、アイリスさんも中にいるのではないか、と思ったのです。


「……また部下を亡くしたか……しかし、まずはコイツらを片付けてからだッ!」


「……ノルシュタインさん。これ、結構ヤベーんじゃねーの?」


「そうでありますッ! 絶体絶命、でありますッ! しかしッ! 私はッ! 決して諦めないのでありますッ!」


「……そーだよな。アンタはそういう人だ……だから俺はアンタに着いて行くって決めたんだッ!」


 囲まれていて窮地に立たされていると言うのに、あのお二人はまだ諦めていないご様子。


 あれが、プロの軍人、なのでしょうか……?


「……油断はするな。相手は人国軍のノルシュタインだ。先ほどの"刹那眼クシャナアイ"とやらも、そろそろチャージが終わっていてもおかしくない」


 しかし、多勢で囲んでおり圧倒的に優勢な筈の魔狼達には、油断はありません。


 ヴァーロックの一言で、全員の目が一気に険しいものとなります。侮り等、ましてや慢心等、一切感じられない強い視線。


 これは、不味いの、では……?


 驕る事なくあのお二方を倒してしまえば、次はわたくし達の番ですわ。


 相手が何の目的なのかは解りませんが、この状況下で、わたくし達を見逃す等あり得ないでしょう。


 しかもこちらには、イルマという負傷者がおります。担いで逃げようにも、そうすると速度が落ちてしまいますし、最悪は全員まとめて魔狼達に……。


「……おや、危ないですな。キイロ君」


「は、はい、ベルゲンさんッ!」


「何……ッ!?」


 すると、聞き覚えのある声と共に、わたくし達の横を一人の男性が走り抜けて行きました。


 腰に携えた剣を用いて抜刀の構えを取っているあの方は……。


「キイロッ!」


 野蛮人が叫んでいるように、彼の因縁の相手である、キイロ=ジュリアスさんでした。


「お、黄華激閃流、"豪雨激閃"ッ!」


 やがてノルシュタインさんらを取り囲んでいる魔狼達に肉薄すると、一撃必殺の抜刀術を連射します。


 そうして魔狼達を複数斬り伏せることにより、包囲網の一部に穴を開けました。


「隙あり、でありますッ! "刹那眼クシャナアイ"ッ!」


「助かったぜキイロォ! "炎弾ファイアーカノン"ッ!」


 当然、その隙を逃す筈もなく、ノルシュタインさんとオーメンさんも動き出します。


 直後、オーメンさんが魔法を放つよりも速く、ノルシュタインさんが消えましたわ。


「チィッ! "体質強化アップグレード"、"全感覚ファイズセンス"ッ!」


 しかし彼らとほぼ同時に魔法を唱えたヴァーロックの身体が光ったかと思うと、次の瞬間、消えた筈のノルシュタインさんの剣を受け止めておりました。


「……感覚すらも強化し、追いついてくるとは……流石はヴァーロック殿でありますッ!」


「……なるほど。貴様のその力……速度、だな……ッ!」


 不敵に笑い合い、再び剣戟を始めるお二人。わたくしからしたら何が何やら、全くわかりませんわ。


「キイロッ! そっちは頼むッ!」


「り、りょーかいだよオーメン……」


 近くでは、オーメンさんとキイロさん。そしてキイロさんに少し遅れて駆けつけた、人国の軍服を着て真っ白い仮面をつけた方々と魔狼達で、白兵戦が行われておりました。


「……ご無事ですかな?」


「あっ……は、はいですわッ!」


 やがてわたくし達の元に、ベルゲンさんと仮面の兵士さんがやって来ました。


「ベルゲンさん、頼む! メイドのねーちゃんがッ!」


「メイドさんが血ぃ流しとるんやッ! 何とかならへんのかッ!?」


「ううう……」


「これはいけませんね。おい、止血剤を」


「ハッ!」


 そして彼の計らいもあり、仮面をつけた兵士さんがイルマの手当てをしてくださいました。


 完治、とは行きませんが。わたくし達のような素人に毛が生えた程度の応急処置よりは何倍もマシでしょう。


「これで血は止まりました。しかしあくまで応急処置です。早く医者に診せた方が良いでしょう」


「あ、ありがとうございますわッ!」


 処置をしてくださった兵士さんと、そしてベルゲンさんに向けて、わたくしは頭を下げます。


「すまねぇ! 助かった!」


「ホンマ感謝やで!」


「何。軍人として当然の事ですとも。では、貴方が皆さんを安全な所へ。私はちょっと……」


 わたくし達のお礼を軽く受け取ったベルゲンさんは、ジッと、ノルシュタインさんの方を見やりました。


「……同期の加勢に行ってきます。魔国の魔狼部隊の部隊長、ヴァーロックとは……はっはっは。これはこれは……」


「べ、ベルゲン、さん……?」


 その時のベルゲンさんの表情があまりに怖くて、わたくしは声を震わせてしまいました。


 口調こそいつもと同じ柔らかいものでしたが、その顔は歓喜と言うのか、それとも狂喜と言うのか……とにかく、喜んでおられることだけがはっきり解りました。


 こんな状況であると言うのに。


「……では」


 そんなわたくしの声かけには応じないまま、ベルゲンさんは駆け出してしまいました。


 途中で迫り来る魔狼達をなぎ倒しながら目指すは、ノルシュタインさんとの剣戟を繰り広げている敵の大将、ヴァーロック。


「ベルゲン殿ッ!」


「……加勢しますよ。"剣閃付与ソードエンチャント"」


「チィッ!!!」


 するとベルゲンさんは、淡い光が宿った素手で相手の剣の一撃を受け止めてしまいました、そ、そ、そんな馬鹿なッ!?


「……わざわざ剣を使わず、素手に刃を宿らせる魔法まで編み出しているとは……噂通りの変わり者っぷりだな、"魔法殺し(スレイヤー)"」


「おや。私をご存知で? 魔狼の割には、物覚えが良い方のようだ」


「……貴様がここに来たと言う事は……私の、部下は……」


「やってきた魔狼は全て葬らせていただきましたよ。私の、この手でね」


 憎々しげに顔を歪めたヴァーロックに対して、ベルゲンさんは飄々と言ってのけました。


「と言うか、私に対する雑兵は足止めだったのでしょう? あの程度の兵士では私に敵わないと知っていて、貴方は差し向けた筈だ。部下に死ねと命令する気持ちは、いががでしたか?」


「……相変わらず、口が達者な人間だ」


「私を忘れてもらっては困るのでありますッ!」


「ク……ッ!」


 その間にノルシュタインさんが割り込みにかかります。


 ベルゲンさんの加勢で、一対一だったものが二対一へと変貌。一気にお二人が押し始めました。


 更にはキイロさんや彼の部下と思われる仮面をつけた兵士らによって、オーメンさんも味方を得ています。囲まれていた先ほどのような窮地の様子は、一切感じられません。


 行ける。


 状況は、流れはこちらへと傾いております。わたくし達も少し距離を取れましたので、もう簡単には巻き込まれません。


 このまま行けば……。


「ッ!?」


 しかしその時。一匹のコウモリが飛んできたかと思うと、わたくしの勘が、強烈に嫌なものを感じました。


「皆さまッ! 何か、何か来ますわッ!!!」


「ぱ、パツキン……?」


「お、お姉さま? ど、どないしたんや……」


 わたくしの声が皆さまに届いたのか否かのその時。空から急に、まるで濁流のようなコウモリの群れがやってきました。

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