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タイミングが悪いかも


「……タイミングが悪かったですね」


「ぷぷぷ。そ、そうですね……」


 ユラヒの街の入り口で、手に資料を持ったベルゲンとキイロは立ち話をしていた。


 彼らが見ている街の光景には、火の手や煙が上がり、人々が続々と逃げ出している姿がある。


 夜だと言うのに、そこかしこで炎が上がっている所為で、やけに周囲は明るかった。


「それにしても……妙ですなぁ」


「そ、そうですね……」


 ベルゲンはふむと考え込む。魔族の襲撃自体は、さほど驚く事でもない。


 問題は、何故襲撃してきたのか。そして目的は何か、と言う事だ。


 このユラヒの街は、観光名所であるという点では魅力的ではあるが、戦略的に見て重要な場所ではない。


 しかも、そこそこ魔国からも距離がある場所だ。わざわざここに魔族が攻め入ってきて、そして制圧するメリットが思い浮かばない。


 そうなると魔族の目的は、人国にダメージを与えると言う観点とは、別のところにあることになる。


 今、ここを襲うメリットとして思い浮かびそうなのは……。


「……やはり、マサト君ですかね」


「そ、そうだと思いますよ……げ、ゲールノートさんの資料は、お、お渡ししたとおりですし」


 ベルゲンは再度、手に持っているキイロからの資料を見た。そこに書かれているのは、マサトの診察結果である。


「……魔族化の禁呪と黒炎のオド、ですか。魔王の血筋でしか操れないと言われている、地獄の業火の力……そんなものを、あのマサト君がねぇ……」


「く、詳しい話はまだ、げ、ゲールノートさんから聞けてはいないんですが……」


「……いえ。こうなればもう、本人から聞いた方が早いでしょう」


「"炎弾ファイアーカノン"ッ!」


 そんな立ち話をしていた彼らの元に、叫び声と共に炎を塊が飛んでくる。


「キイロ君」


「だ、"断魔・流刃一閃"ッ!」


 しかしその炎は、キイロの抜刀術によって一刀両断された。分たれた炎が彼らの横を通り過ぎ、背後で爆発する。


 そんな背後には見向きもしないまま、二人は前を見やる。そこには、魔国の軍人と思われる魔狼達が複数名、こちらに向けて魔法陣を展開していた。


「……こちらの存在も、バレているようですな。はて、一体何処から私の存在がバレたのか……?」


「べ、ベルゲンさんは現場主義だから、い、いつも前線に出てるじゃないですか。け、結構魔国でも有名みたいですよ?」


「おや、そうなんですか。いくつになっても前線で戦いたい、私の悪い癖が幸いしてしまいましたかな?」


「お、お偉いさんになったんですから、も、もう少し自分を大切にしてくださいよ。せ、せめて仮面親衛隊をもう少し連れてきていれば……」


「いやぁ、すみませんなぁ。今回は様子見だけの予定でしたので、少しで良いと思ってまして……あとはやはり、自分の目で確かめないと、どうも腰の座りが悪いんですよ……」


「かかれェッ!」


「「「"体質強化アップグレード"ッ!」」」


 とぼけた会話をしている二人に向かって、身体能力を底上げした魔狼達が一斉に襲いかかってくる。


「……相手が魔族であるなら、手加減は不要。キイロ君。さっさと抜けて、マサト君の所を目指しますよ」


「り、了解しましたッ! し、集合ッ!」


 キイロがそう声をかけると、何処に隠れていたのか、真っ白い仮面をつけた人国軍の兵士達が数名、集まってきた。


「き、切り抜けるよこの状況をッ! べ、ベルゲンさんに続けッ!」


「「「ハッ」」」


 そうして、襲いかかってくる魔狼達に、一向は向かって行った。


「……"分割領域スプリット"」


「お、黄華激閃流、"豪雨激閃"ッ!」


 圧倒的だった。ただしそれは、ベルゲン達の仮面親衛隊の方にだが。訓練された魔狼の兵士達が、彼らに蹂躙されていく。


(彼らの目的は私ではない……)


 戦いながらも、ベルゲンは思考を止めない。


(……おそらくは、いくつかに部隊を分けている。街を破壊して目を引く陽動係。私のような輩の足止め係。そして本命は……マサト君の筈だ)


「ハァァァッ!!!」


 目の前に魔狼が立ち塞がる。"体質強化"で底上げされた身体能力のままに、ベルゲンに向けて殴りかかってくる。


「……無駄ですよ」


「な……ッ!?」


 しかしベルゲンの周囲を覆っている"分割領域"に触れた途端、魔狼の"体質強化"が弱り、弱り、そして最後にはかき消された。


 そのまま普通の威力に戻ったパンチを、彼は軽々と受け止める。


「私に魔法は通用しない。遠隔攻撃だろうが身体能力強化だろうが……等しく綺麗に割り流してあげよう」


「ガハッ!?」


 お返しとばかりにベルゲンのアッパーカットが、魔狼のアゴを下から上へとカチ上げる。


 脳が揺れた影響で視界が定まらなくなり、魔狼は地面に倒れ伏した。


「……フンッ!」


 倒れた魔狼の頭を容赦なく踏み砕くベルゲン。そこには、一片の迷いもなかった。


(……後はノルシュタインさんだ。彼ならこの状況下で、そしてゲールノートの件を知って、どう動くだろうか……?)


 踏みつけた魔狼には目もくれないままに、ベルゲンは更に思考を巡らせる。考えるのは、あの威勢の良い同期についてだ。


 この混乱、そしておそらくゲールノートの強制捜査の件も、既に彼の耳には入っている事だろう。


 それを踏まえた上で、一体彼がどう行動を起こすのだろうか。


(……ここで雲隠れされる訳には、いきませんね……)


 最悪なのは、ここでマサトの存在を隠されてしまう事だ。この混乱に乗じて行方不明扱いされてしまう可能性もゼロではない。


 自分と同じで確実にマサトを追ってここまで来ている筈だが、対外的には旅行先で偶然出会った、という体を取っている。


 詳しい話を聞こうとしたが、魔族の襲撃があり行方不明なのであります! と、いつもの威勢のままにいけしゃあしゃあと言ってのけるだろう。


 彼に本気で隠匿されてしまえば、本当に見つける事ができなくなる可能性すらある。


(魔族とノルシュタインさんと、そして私……誰が一番最初にマサト君にたどり着けるのか……競走ですね)


 ここでの三勢力の目的は、一人の少年だ。彼を誰が一番先に確保するのかで、今後の流れが大いに変わってくる。


 ベルゲンは走りながら、遠話石を取り出した。


「キイロ君。連絡をするので、援護を」


「り、了解です!」


「……イザーヌ。私です。聞こえておりますかな?」


『…………はい、ベルゲン様』


 少しして、遠話石から無機質な女性の声が聞こえてきた。


 通話を繋げたのは、今回こちらに連れてきた唯一の部下。マサトの監視を任せていたイザーヌという女性隊員だ。


「では簡潔に。マサト君はどうしておりますかな?」


『…………現在は宿泊している旅館に友人らと共におります。私もすぐ近くに。しかし今、旅館に魔狼の一部隊が押し寄せて、占拠を始めております。現状、私を含めオーメン、アイリスらと共に応戦しましたが、まだ敵の本隊は無傷。それに、魔狼ヴァーロックの存在も確認しました。現在、ヴァーロックについてはノルシュタイン大佐が応戦中です。オーメンがその援護に向かい、現在こちらにいるのは私とアイリスのみです』


「……やはりそちらが本命でしたか」


 報告は、かなり具合が悪そうなものであった。魔族の本命は、やはりマサトであったのだ。


 しかも、ヴァーロックという名前。魔王直属の魔狼部隊の部隊長で、先の戦争でも、何度もこちらの邪魔をしてきた強者だ。


「私は現在、街の入り口におります。私が到着するまで、持たせてください」


『…………承知いたしました』


「……また可能であれば、マサト君の確保も」


 彼はそのまま、命令を付け足す。


「余裕があればで構いません。ただし、オーメン君達が何処かへ連れ出そうとしていたら、必ず邪魔してください。私も急ぎますので、確保については貴女自身の判断で。あともしエルフのあの方とお会いしたら……」


『…………承知いたしました』


 そうして、ベルゲンは通話を切った。通話中も魔狼達に襲われてはいたみたいだが、全てキイロと仮面親衛隊が対処していたらしい。


「……さてさて、どうなりますかね。はっはっはっは」


 キイロが斬り殺した魔狼の死体を踏みつけながら、ベルゲンは笑った。


 ああ、楽しい。その表情には、そう書いてあった。

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