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逃げちゃおうよ


「……ウルさん……」


 私はゆっくりと泣いている彼女の元へと近づきました。


 そして、彼女を抱きしめます。


「ま、マサ、ト…………?」


 びっくりしたのか、ウルさんは泣き声を止めます。とりあえず、泣き止んでくれて良かったです。


 不安な時に抱きしめてもらえると、安心します。それは、自分で実体験済みです。


 オトハさんによくしていただいた事ですが、やはり自分がされて嬉しかった事は、誰かにするべきですよね。


「マサ、ト…………」


 ウルさんは、恐る恐る抱きしめ返してくれました。


「……ウルさん。ウルさんは、間違ってなんかないと、思います」


 私はゆっくりと、言葉を探します。自分が一体、何を言いたいのか。彼女にどんな言葉をかけてあげたら良いのか。


 こんな時こそ頭を回せと、私は脳みそに汗をかく勢いで、必死に必死に考えました。


「……私も、元の世界で、親には恵まれていませんでした。こうしろ、ああしろと言ってくるばかり。出来て当然。出来なければ説教。何せ、自分の上位互換みたいな兄がおりましたから……余計に、比べられる事が多かったです」


「……………………」


 たまに鼻水をすすりつつも、ウルさんは静かに聞いてくれています。


「許せない……とまでは行かないかもしれませんが。私も、両親には、会いたくありませんから……」


「マサト、も……?」


 その辺りは、彼女と共有できる部分です。そう言えば、元の世界での私については、彼女にはちゃんと話してなかったかもしれません。


「……私はこの世界に来る前に、両親に捨てられたも同然の扱いを受けました」


 なので、私は順番にウルさんに話をしました。自分が元の世界でどう生きてきたのか、という話を。


「……だから。ウルさんも、辛かったと思います。私だって、自分を捨てて他の人と新しい家族を作って仲良くしている両親を見たら……面白くないに、決まっていますから」


「そう、だよね……そうだよねッ!」


 話し終わった後、私の言葉にウルさんはうんうんと頷きながら、こちらを抱きしめ返しています。


 その点については、私だってそう思うに決まっていますから。


「良かったッ! マサトもボクと一緒なんだッ! やっぱり君は、ボクの事を解ってくれるッ!」


「え、えーっと……」


 喜んでいるウルさんですが、私としては少し話が飛躍している気がしています。


「……ねえ、マサト。二人でさ、逃げちゃわないかい?」


 少しすると、ウルさんはそんな事を言い始めました。


「逃げる、ですか……?」


「うん。もうさ……魔族も学校も家族も何もかも、どうだって良いじゃん」


 ウルさんは身体を少し離すと、私の目をじーっと見てきます。


「魔族も家族も何もかも要らないよ。ボクはもう、ボクに良くしてくれて、共感してくれる君がいたらそれで良い……それが良いよ、それだけで良いよ……」


 そして、彼女は胸元を開けながら、私にずいっと寄ってきました。


「う、ウル、さん……?」


「ねぇ、マサト……今ここでさ、ボクを選んでよ……そうしたらさ、ボク……心も身体も……マサトにあげる……ボクの全部を……今度はキスだって、もっと過激な事だって……マサトが望むなら、ボク、何だってするよ……? 君が願うなら、何だってしてあげる…………だから……ねぇ、良いでしょ……?」


 熱っぽい顔のまま、ウルさんは私に更に近寄ってきます。いつの間にか手を首の後ろに回されて、既に至近距離。


「いいだろ、マサト……? ボクの全部を、受け入れてよ…………」


 彼女の匂いが、唇が、吐息が感じられるくらいまで近くなって……。












「ッ…………駄目、です……」













 そのまま流されそうになりましたが、私は、彼女の顔の前に手を入れました。


「……どうして? どうしてだよッ!?」


 それを見たウルさんが私から離れ、厳しい表情で声を上げます。


「マサトだって嫌なんじゃないのかいッ!? 辛いんじゃないのかいッ!? 両親に捨てられて、勝手に連れて来られて、酷い目に遭ってッ! もう全部どうでも良いって思ったりしないのかいッ!? 自分に良くしてくれる人だけがいたら、それで良いって思わないのッ!?」


「……思わない、事なんて、ありません……」


 彼女の叫びは、間違ってなんかいませんでした。

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