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泣いてしまった彼女


「……どうしちまったんだよ、ねーちゃん?」


「ど、どうしたんやウルさん、急に部屋にこもってしもて……?」


『大丈夫。わたしが見てるよ』


 兄貴とシマオが心配する中、オトハさんが魔導手話で大丈夫と二人に告げています。


 宿泊している旅館に戻ってきてからと言うのも、ウルさんはがっつりと沈んだ様子で部屋に引きこもってしまいました。


 自身を捨てて出ていってしまった母親との突然の遭遇。そして、あのやり取り。彼女の心に甚大なダメージが入ったのは間違いないでしょう。


 あともう一人。


「わ~~~~~~~~んッ!!! やってしまいましたわ~~~~~~~ッ!!!」


 大泣きしているマギーさんです。てっきり私が逃げ出したことに怒っているのかと思いきや、


「もう少し親睦を深めてから聞くべきでしたわッ! いえ、そもそもあんな事聞くべきではありませんでしたッ! 大体、わたくしが聞いたところで、素直に教えていただける筈がありませんのに……せっかくのあの方とのディナータイムが~~~~~~ッ!!!」


 自分がやってしまったと思っているのか、めっちゃ床を叩きながら悔しがっています。


 勝手に逃げたのはこっちであり、悪いのは十割こちらだと言うのに、マギーさんは自分を責めています。


 こんな良い人を騙して逃げてきてしまった、という罪悪感がのしかかってきます。そんな彼女の様子を見ている私の良心に甚大なダメージが、ぐはっ。


「野蛮人ッ! 変態ドワーフッ! こちらへ来なさいッ! 今日はやけ酒モドキですわよッ!!!」


「は? おい、ちょ、ねーちゃん落ち込んでんのにんな事してる場合か……」


「つーか何この力強ッ!? お姉さまの細腕の何処にこんな力があるんやッ!?」


「大丈夫でございます。お嬢様はウルリーカ様の気遣いをしつつ、ご自身のウサも晴らしたいだけでございますので。ワタシもご一緒させていただきますので、どうかエドワル様。ワタシことママと一緒に哺乳瓶プレイをして日頃のストレスを……」


「どっから湧いて出たこの変態メイドォッ!?」


「バブバブーッ! はいはーいッ! ワイなら今すぐにでも赤ちゃん役を……」


「お前じゃない座ってろ、でございます」


「なんでワイの扱いはどこ行ってもこんなんなんや~ッ!!!」


 いつの間にか、イルマさんもいらっしゃいました。本当に、いつの間に。


 そのままマギーさん達に連れて行かれた兄貴とシマオ。イルマさんもおっしゃっていましたが、マギーさん自身も先ほどの件はやはり思う所があるみたいです。後日、何としてもお詫びとお話をしなければ。


『……じゃ、行くよマサト』


「……はい」


 残された私とオトハさんは、そのままウルさんが引きこもってしまった女子部屋へと入りました。そこには、部屋の隅っこで体育座りをして膝の間に顔を埋めているウルさんがいらっしゃいます。


『ウルちゃん、入るよ。マサトもいるから』


「お邪魔、します……」


「……………………」


 私達の声に、ウルさんは何も反応しませんでした。まるでそういう形の人形であるかのように、彼女は態勢を変えないまま、ピクリとも動きません。


「……ごめんね、二人とも」


 少しの間があった後、ウルさんがポツリポツリと話し始めました。相変わらず、顔を上げてはくれません。


「……嫌なとこ、見せちゃったね……ごめん、マサト。マギーちゃんとのご飯まで邪魔して……」


「い、いえ、その……」


 あれがあったお陰で逃げられた部分もあるので、私としてはむしろお礼を言いたいくらいなのですが。


「……さっき、解ったんだ。ボクは、結局、お母さんの事、心の何処かで期待してたんだって……」


 ウルさんが続けます。


「……あんなにボクの事ボロクソに言って、勝手に出て行ったけど……ひょっとして……もしかして……ボクの所に、帰ってきて……くれるんじゃないかって……ごめんって……謝って……くれるんじゃ、ないか、って……」


 そう呟く彼女の声は、震えています。


「……あんな酷い目に遭わされたオトちゃんが……お母さんと和解できてるのを見て、ひょっとしたらボクもって……期待、してたけど……結局……余所は余所で……ウチはウチ、なんだね……」


『ウルちゃん……』


 普段であれば元気よく動いていた彼女の尻尾も力なく垂れ下がっており、声色と合わせて、彼女の身体もまた、震えていました。


 いろんな暴言を吐かれた。自分を置いて出て行かれた。でも、それだけじゃなかった。自分に良くしてくれた時もあった。


 だから、もしかしたら、あの頃に戻れるかもしれない……また、昔みたいに……という淡い期待。そしてそれを粉々に打ち砕く、現実。


「……あれ……誰だったんだろう、なぁ……一緒にいた男の人と、小さい男の子……もう……ボクの事も、お父さんの事なんかも、どうでも良くて……新しい家族……作っちゃったのかなぁ……ボクは……ボクは本当の意味で……捨て、られたの……か……な……う、うわぁぁぁあああああああああああああああんッ!!!」


『ウルちゃんッ!』


 やがて泣き出した彼女に、オトハさんが駆け寄ります。その表情は、心配の二文字が見えてきそうなもの。


「来ないでッ!!!」


「ッ!?」


 しかし、ウルさんはそれを拒否しました。一体、何故……?


 戸惑う私達の方、いえ、オトハさんの方を、顔を上げたウルさんが睨みつけてきます。涙でグシャグシャにした、痛々しい顔のままで。


「オトちゃんは良いよねッ! どうしてそんなに強いんだよッ! ボクはボクに暴言を吐いて出てったお母さんが許せないッ! 新しい人見つけてボクとお父さんを捨てたあの女が憎くて仕方ないッ! 普通そう思うでしょうッ!?

 オトちゃんだって違うのかいッ!? 閉じ込められて無理矢理勉強させられてッ! それだけの事されたのにどうして許せるんだよッ!? どうしてお弁当なんか作っていけるんだよッ! 意味分かんないッ! 挙げ句、結局はお母さんとも仲直りできてさッ!」


『う、ウル、ちゃん……?』


「ボクはそんなに強くなんかないんだッ! あんな事されて許せる程、心が広くないんだッ! それの何が悪いのッ!? 酷いことされて、許せないなんて普通じゃないかッ! どうしてそんなに優しいんだよッ! 何でそんなに強くいられるんだよッ!? 止めてよッ! じゃないと許せないボクが……こんな思いしてるボクが……惨めじゃないかァッ!!!」


 それは、一体何なんでしょうか。ウルさんのオトハさんに対する羨み、嫉妬、そして劣等感。そんな感情が綯い交ぜになったような、彼女の叫び。


「何で……何でボクばっかり、こんな思いしなくちゃいけないんだよ……わぁぁぁあああああああああああああああああああああんッ! うわぁぁぁあああああああああああああああんッ!!!」


 ウルさんは泣いています。大粒の涙を流し、大声を上げて、彼女は泣いています。いつも飄々としていて何処か掴みどころがなかった彼女が、本気で、泣いています。


「ウルさん……オトハさん……」


 私はそんな彼女と、そしてオトハさんの方を交互に見ることしかできませんでした。


『……ごめん、マサト』


 すると、泣いているウルさんを余所に、オトハさんが踵を返しました。


『……わたしじゃ、駄目みたい。ウルちゃんの近くに、いられない、から……だから、お願いしても、良い……?』


「……わかりました」


 そう魔導手話をするオトハさんの手元も、震えていました。


「……でもオトハさん。私は、オトハさんは何も悪くないと、思っています。今、その……ウルさんは、悲しんでいるだけ、ですから……」


『……うん。解ってる、よ。じゃあ……』


 オトハさんはそのまま、部屋を後にしました。残されたのは私と、大泣きしているウルさんだけです。


「わぁぁぁあああああああああああああああああああああんッ! うわぁぁぁあああああああああああああああんッ!!!」


「……ウルさん……」


 私はゆっくりと泣いている彼女の元へと近づきました。

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