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彼についてと予想外のお客


「彼はオトハと一緒に、戦争孤児として我がヴィクトリア家で拾った方です。彼の場合は既に両親はおらず、天涯孤独とのことでした」


 マギーさんが話を続けます。私がそのマサトだと知らないまま、彼女は私の事をお話してくれます。一体彼女の目に自分自身がどう映っているのか。物凄く気になる所です。


「彼はまあ、一言で言えば優等生ですわ。勉学も運動も良い水準までこなし、欠点らしい欠点は見当たらない。たまに野蛮人にそそのかされて馬鹿をやっておりますが、それもまあ許容範囲内でしょう。男子というものは、馬鹿な生き物ですから」


 褒められているのかけなされているのかが解らない件について。こういう時に、どういう顔をしたら良いのでしょうか。


「……しかし、彼には何か秘密があるのです。彼は二度、魔族に襲われておりますし、何よりわたくしの勘が、それを教えてくれていますわ…………貴方」


 するとマギーさんは、私の方を真っ直ぐと見つめてきました。その目には、ある種の決意が感じられます。


「マサトに何があるのか、ご存知なのではなくて……?」


「……ッ」


 彼女の言葉に、私は息を飲みます。今の私は魔王。魔族の長、その頂点。魔族が私自身を狙う理由を、知らない訳がないと、マギーさんは考えているに違いありません。


 その考えは、当然至るものでしょう。はい、どうしましょうか。


「……………………」


「……………………」


 無言の私を、マギーさんが無言で見つめてきます。その目つきは鋭いものです、はい、どどどどうしましょうかッ!?


 ここで種明かし~、実は私でした! をやって乗り越えられる気がしません。その場合は結局、全部話してしまう形となります。


 先ほどの皆さんとの相談では、結論は先送りにしよう、というものになりました。そう決めておいて、いきなり破る訳にはいきません。


 つまりは、軽はずみには話せないという事です。


「……それをお前に言う理由は?」


「マサトはわたくしの友人だからですわ。友人の身の危険を、知りたいと思うことは当然ではなくて?」


 しかも、前に海の見える別荘で使った、話す必要がないという手は使えそうにありません。


 マギーさんから、以前私自身もイーリョウさん相手に使った理由と同じ言葉を返されてしまいました。


 うん、どうしましょうこれ。割りと詰んでいるような気がしているのですが……。


 困り果てた私が視線を逸らすと、ちょうど私達のテーブル横を、とある家族と思われる人達が通り過ぎて行きました。男性と幼い男の子、そして褐色肌で銀色の短髪の女性です。


 なんかこの人、ウルさんに似てるなぁ、と現実逃避をしていたら、突如としてレストラン内に大声が響きました。


「お母さんッ!?」


 しかもそれは、ウルさんの声でした。ビクッとした私とマギーさんが声のする方に目をやると、そこには目を見開いてその女性を凝視しているウルさんの姿があります。


「お母さん、お母さんなんでしょッ!?」


「ウル、リーカ……」


 彼女にお母さんと呼ばれた女性が、ゆっくりと振り返っています。その顔も、ウルさんと動揺に、目を見開いたものとなっておりました。


「……ウルリーカ。ど、どうして、ここに……?」


「それはこっちのセリフだよッ!」


 大声を上げているウルさん達に、お店中の視線が集まっています。


 ウェイターさんも注意しようとしてはいますが、ウルさんの勢いが強いのか、まだ声をかけられずにいるみたいです。


「勝手に出てって、その後ボクがどれだけ辛い思いをしたか……って、待ってよお母さん。その隣にいる人達は、誰だい? ボクの知らない人達なんだけど……」


「……うるさいわよッ!」


 すると、今度はお母さんと呼ばれた女性が声を上げました。


「ここを何処だと思ってるのッ!? レストランで大声出すなんてマナー違反よッ! 少しは静かにしなさいッ!」


「自分だって大声出してる癖にッ! 偉そうにしないでよッ!」


「偉そうって何よッ? 私の言ってる事間違ってるッ!? 人に言う前に、自分の事を顧みてからにしなさいッ!」


「今さら出てきて母親面するなッ!!!」


 え、えーっと。これ、どうしたら良いのでしょうか。ウルさんもお母さんと呼ばれた彼女も、本気の剣幕で言い争っています。


 互いの一歩も譲らない口論の中、私は以前ウルさんに聞いた話を思い出していました。確か、彼女の母親は、


『突然ボクに向かってあらん限りに怒鳴り散らしたお母さんは……そのまま家を出ていった』


 そうだ。確か彼女はそう言っていました。戦争が始まり、ハーフであるウルさんを周囲が疎ましく思って風当たりが強くなった。


 それにさらされたのはウルさんだけではなく、彼女のお母さんもだったと。


 やがてそれに耐えきれなくなった彼女のお母さんは、ウルさんを残して家を出ていったのだと。


『ウルちゃん、落ち着いてッ!』


「ウルちゃんこれ以上は駄目よッ!」


「お客様、大変申し訳ありませんが……」


 やがて彼女らの喧嘩に耐えきれなくなったのか、オトハさんとアイリスさん。そして店長と思われる中年男性がやってきて、二人を諌め始めました。


 彼女のお母さんの方については、一緒にいた男性が抑えています。


「ウルリーカに、オトハ……それに、アイリスさんも? 皆さん、何故ここに……?」


 マギーさんが放心しているかのような顔をされています……あれ? もしかして今なら、逃げられるのでは?


 最早、問い詰められて雰囲気ではありません。何の偶然か、ウルさんが自分のお母さんを見つけて口論になったことで、そのやり取りも有耶無耶になっている気がしています。


 ……うん、逃げましょう。マギーさんには色んな申し訳なさが半端ありませんが……私もこれ以上、問い詰められてゲロる訳にはいかないのです。


「…………すまないが、お前の問いには答えられん」


「……えっ? ……ハッ! あ、あのッ!」


 呆然としていたマギーさんは、ハッと気づいたようにこちらを見てきました。


「……こちらの都合だ。恨んでくれて構わない」


「い、いえ、その! え、えっと……」


「……ではな」


 私はさっさと立ち上がり、二人分のお金を置いて、そそくさとレストランを後にしました。


「あ……ッ!」


 マギーさんが声を上げておりますが、すみませんが応えられません。


 そのまま外に出て人目のつかない裏路地に行って黒炎を解除し、元の人間の姿に戻ったところで後ろから声をかけられます。


「……良かったのかい? 逃げるように出てきちゃって」


 振り返ってみると、そこにはオーメンさんがいらっしゃいました。そうか、彼も私の事を見ていてくれたんでしたね。


「……はい。マギーさんには本当に、本当に申し訳ないんですが……あれ以上問い詰められていたら、もう、喋ってしまいそうだったので……」


「……ごめんな、マサト君」


 すると、オーメンさんが頭をかきながら、そうおっしゃいました。


「俺らがちゃんとしてりゃ、マギーちゃんにもこんな不義理しなくて済んだんだ……情けない限りで、本当に悪い。もしマギーちゃんに色々バレたりして怒られたら、遠慮なく俺らの所為にしてくれて良いからな?」


「……いえ。元はと言えば、最初に誤魔化すことを決めたのは、私でもありますし……」


 頭を下げているオーメンさんに、私はそう返します。オーメンさん達の都合ももちろんありますが、元々一番最初にお話しない事を決めたのは、私自身です。


 全てが彼らの所為ではありません。私は私の意志で、彼女を巻き込まない為に黙っている事を決めたんですから。それがこんな事態にまでなってしまうとは……。


「……しっかし、まさかウルリーカちゃんのお母さんがいるとはな」


 それ以上は互いに自分が悪いの応酬になってしまうと思ったのか、オーメンさんが話題を変えました。そうです。こちらの問題は避けてきましたが、突如として発生したウルさんの事もあります。


「彼女は彼女でそう簡単には割り切れ無さそうだし……ホント。上手く行かないことばっかで嫌になるよなぁ……」


「……そう、ですね。どうしたら、良いんでしょうか……?」


「……時間ないかもしれんけど、ちゃんと考えような。考えもせずにすぐ出せる結論なんざ、すぐ駄目になっちまう事も多いしな」


 空を仰ぎ見てため息をついているオーメンさんに、私も同意します。良かれと思ってやった筈が、気がつくと割りと取り返しがつかない事態に。そうしてまごまごしている内に、新しい問題も降ってくる。


 もう全部放り投げて、逃げ出したい気分です。事実、先ほどは逃げてきましたし。


 しかし、それで終わる訳には行きません。オーメンさんも、そして以前ノルシュタインさんもおっしゃっていましたが、考える事を止めてはいけない。


 それにすぐに出せる結論は、すぐに駄目になってしまう事も多い、と。確かに、その通りかもしれません。考えて結論が出ないなら、少し待ってもらうしかない。


 何とか答えをひねり出せる、その時まで……。

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