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彼女を見て冷や汗


 正直、ロクに息もできない勢いで水をかけられていたので、逃げて正解だったかもしれません。私の生命活動的に考えて。


『あっ。ちょっとマサト!』


「逃げることないじゃないか~!」


 後ろの方でお二人の苦情が聞こえますが、私はまだ死にたくありません。


「あり? どこ行くんだ兄弟……」


「兄さん……?」


 兄貴達の前を通り過ぎて、私は湖の遊覧用の橋を走り抜けていきます。


 ほとぼりが冷めるまでは、少し離れた所にいましょう、そうしましょう。


 そうやって皆さんから離れた私は、湖の橋の中腹の辺りに来ていました。


 複数の水が流れ落ちてくる後ろ側であるここでは、滝を裏側から見ることができます。


 後ろを振り返って誰の姿も見えないことを確認した私は立ち止まり、両手を膝において少し前に屈みました。


「な、なんだって言うんですか、本当に……」


 肩で息をしながら、私は悪態をつきます。ゆっくり飲みたい水を選ぼうと思っていたのに、まさか強制的に飲まされそうになるとは。


 たまにあのお二人の行動がよく解らないことがあります。まあ、少し時間を置けば、元通りになる気もしますが。


「それにしても……良い、場所ですね……」


 それはさて置き、私は今いる場所から滝の方を見上げてみました。


 水が流れ落ちる音が絶えず響き渡っており、うるさいくらいの筈なのに、何故か癒やされる心地がします。


 周りに誰もいないので、何だか自分だけの空間のような気がしました。


「……ふーっ……こういう所でゆっくりするのも、一つの醍醐味……ウッ!?」


 と思っていたら、突如として胸に激しい痛みが走ります。


 まるで内側から針で貫かれたような、この痛み方は……。


(の、呪いが……こんな時にッ!?)


 皮膚の上を呪いの黒い入れ墨のような痣が這い回り、光熱と悪寒が同時に襲ってきて、私はその場にうずくまりました。


「ガハッ……!」


 それだけではありません。咳き込むと同時に血を吐き出していました。い、今までの症状と遥かに違います。


「大丈夫かマサト君ッ!?」


 悶ているところに声がかかり、私の元に駆け寄ってくれる方がいました。それは、私の警護と監視を行っている、オーメンさんです。


 彼は私の近くまで寄ってくると、懐から紙袋を取り出し、その中にあった錠剤を渡してくれます。


「気をしっかりもって、一度黒炎を解放するんだ。今のままじゃ、薬も飲めない。症状を落ち着かせる必要がある」


「ああ、ああああ……れ、"黒炎解放レリーズ"ッ!」


 オーメンさんの助言に従い、私は黒炎を解放しました。


 以前海の家に行った時にも解放してから症状が落ち着いたこともありますし、今はオーメンさんも近くにいらっしゃいます。


 私が解放の呪文を叫ぶと、身体中に黒炎のオドが行き渡り、みるみるうちに痛みは引いていきました。


「大丈夫かい?」


「はあ、はあ、は、はい……」


 魔王化した私は魔族の姿となりましたが、オーメンさんはびっくりすることもなく私の心配をしてくださいました。


 それに安心した私は、彼から受け取った錠剤を飲み込みます。これはゲールノートさんから処方された、鎮静剤ですね。


「向こうの木陰で少し休んでるといい。俺はちょっと行って水を取ってくるから、見つからないように気をつけてな」


「あ、ありがとうございます……」


 オーメンさんに連れられて、そのまま橋から移動した私は、近くに生えていた木の影に腰掛けました。


 彼はそれを見届けると、一度飲み物を取りにその場を離れます。


 薬を入れたとはいえ、今の気分としては寝転がりたいくらいなのですが……流石に木の影とはいえ身体を横にしまえば、通行人から見つかる可能性が高まります。


 ならば少しは我慢して、少しの間、木を背にして座り込んでいましょう。この木の裏ならそうそう見つかることもないでしょうし。


「……マサトー? どこ行きましたのー?」


 と思っていたら、嫌な予感がする声が聞こえてきました。この声、まさか……。


「全く。みんなで観光に来ているというのに一人で何処かへ行ってしまうなんて……」


(マギーさんだァァァッ!!!)


 こっそり木の影から覗いてみると、そこには長い金髪と立派なお胸様を揺らしながら歩いている、マギーさんがいました。


 喋っている内容からして、私を探していることは明らかです。


 かつでの海の家での出来事を思い出し、私は冷や汗をかいていました。

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