揺すり甲斐のない方
しかし、それはできない。ある一点において、二人は絶対に解り合えないのだから。
「貴方に協力するという選択肢は、私にはあり得ない。それは貴方もご存知でしょう?」
「……それは、その通りでありますが、しかし!」
「私は魔族が憎くて仕方ない」
それでもと遮ろうとしたノルシュタインの言葉を、ベルゲンが更に被せて言った。
「これは最早、感情のお話ですよ。そうした方が良いなんて理屈は、いくらでも解っておりますとも。しかし……頭から離れないのです。あの時の光景が。特に、こんな風にのんびりしていると、どうしても、ね。貴方さえいなければ、今すぐにでもあそこで寝ている魔族の血が入った半人を八つ裂きにしてやりたい。そんな感情のお話です。
これを忘れられるのは、烈火の如き戦いの中でだけ。それかいっそのこと、その根本を断ち切らないといけません。もうずっとです。ずっと、こんな調子なんです。ああ、こんな状態から解放されたいと願うのは、間違っておりますかな?」
「それは……ッ!」
悩むような表情を見せたノルシュタインを見て、ベルゲンは笑った。
「……正直に言わせていただきますと、貴方の事が嫌いという訳ではありません。戦争と出世の為に散々嫌がらせをしてきた手前、信じられないかもしれませんが……ええ、これは私の本心ですとも。
しかし、貴方と私は致命的に合わない。戦争を望む私と、戦争を終わらせたい貴方ではね。
だから、仕方ないんですよ。好む好まざるに関わらず、根本的なところで合わない。これはもうどうしようもありません。貴方ほどの方が、それを解らない訳ないでしょう? 解っていながらも、一縷の望みをかけて私を勧誘した。貴方のその姿勢には、本当に敬意を評しますよ」
「……ベルゲン殿! 私は……」
「マサト君について」
何か言い返そうとしたノルシュタインだったが、ベルゲンから出た人物の名前を聞いて、彼は黙ってしまう。
「貴方が私を頼ってくる程の事が……彼にはあるんですね?」
「…………」
その言葉に対して、ノルシュタインはいつものように返事をすることができなかった。何故なら、それは本当だったから。
マサトの境遇、そして取り扱いについて、ノルシュタインは本当に頭を悩ませていた。
現状はまだ大きな問題になっていないが、魔国がいつまでも彼を放置しておくとは思えない。それは南士官学校で起きた魔族の自爆事件からも、明らかであった。
あの事件があったからこそ、ノルシュタインはマサトを知ることができたのだが、同時にあの事件があったからこそ、魔族に彼の存在を知られている可能性が高い。
もし知られているのであれば、あれからしばらく経った今、そろそろ行動を起こされてもおかしくない筈なのだ。
事実、この前の体育祭での誘拐未遂があった。組織だった犯行とは思えなかったが、それでも明らかにマサトに狙いをつけてきていたものであった。
好戦的な国王に下手に言えば、これ幸いと戦争を再開するに決まっている。それは絶対に避けたいことだ。
その為には、それを口添えする協力者が必要であった。協力してくれそうな人選に散々悩んだ結果、ノルシュタインはベルゲンに目をつけたのだ。
「……何も言わないという事は、私の予想は大当たりですかな?」
「……ノーコメント、であります!」
ノルシュタインはこの戦争推進派の筆頭であるベルゲンの事を苦手としていた。しかし、苦手ではあったが嫌ってはいなかった。
ベルゲンの有能さは、ノルシュタインも良く知っている。大勢いた中で生き残った、二人だけの同期。互いが互いを牽制し合い、互いに負けないように腕を磨き、時には蹴落とし合い……そして、認め合っていた。
ただ二人は、致命的に合わなかったのだ。
解り合いたいノルシュタインと、排除したいベルゲン。それぞれが一番根底にある思いが、全く違っていたのだ。
「……この世で一番強い魔法とは、自分に向かってきた相手と友達になること。という話を聞いたことがありますが……本当にそれを実践されているのを見たのは、私も初めてですよ、ノルシュタインさん」
そう言って、ベルゲンは残っていたお酒を飲み干した。
「お返しです。貴方こそ、私に与するつもりはありませんか? 正直な話、貴方が来てくれたら、本当に怖いもの無しになる気さえしています。魔族も、エルフも、ドワーフも全てに……」
「……それはできないのであります!」
今度はノルシュタインがベルゲンの言葉を遮った。その顔には、一片の迷いも見られない。
「……ああ、ああ。解ってはいましたが、残念ですねぇ。さて、私はそろそろ部屋に戻ります。自分でも少し、飲み過ぎた様に感じていますからね」
お猪口を机に置いたベルゲンが立ち上がった。その顔には、本当に残念そうな感情が見て取れる。
そのまま寝ているマサト達にぶつからないように歩き出した彼の足取りは、しっかりしたものだった。誰にもぶつからないままに、宴会場の扉の前まで移動する。
「……時に、ノルシュタインさん」
会場を後にするまさにその時、不意にベルゲンは振り返り、声を上げた。
「マサト君に執着されているのは、あの子の姿が重なったからですか?」
「…………」
投げかけられたその言葉に、ノルシュタインは口を閉ざしている。あの子、と言われたその単語から、彼の頭の中にしまわれていた一つの記憶が掘り返されていた。
「……はい、であります!」
そして彼は、肯定した。逃げずに、真っ直ぐに、自分の過去を見つめていた。その瞳に、迷いは見て取れない。
「……そうですか。いやいや、本当に揺すり甲斐のない方だ」
威勢のよい返事を聞いたベルゲンは、一つため息をつくと、そのまま宴会場を後にした。
残されたノルシュタインは、お猪口に残っていたお酒をクイッと飲み干すと、目を閉じて息を吐いた。
「…………私は片時も、あの事を忘れたことなど、ないのであります……」
ボソッとそう呟いた彼は、首を振った後に両頬を叩いた。今は後悔をしている場合ではないと、自分に喝を入れる。
再び目を開けたノルシュタインは、お猪口をテーブルに置き、雑魚寝している子ども達を順に部屋へと送り届けるのであった。




