表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/237

慣れたくない来訪者


「……また君か。何回来るんだね?」


「ぷぷぷ……ま、またとは失礼だね。い、いつも来てるじゃないか……」


 一日の診察が終わり、これから自身の研究に取り掛かると思った矢先の訪問者に、ゲールノートはため息をついた。


 彼の目の前にいるのは、濃い紫色の長い前髪で目元を隠している中肉中背の男、キイロだ。


 ここ最近、彼は元気であるにも関わらず、ゲールノートの診療所に足繁く通っている。


「私は君と話すことなどない」


 特別面識があった訳でもない男が、ある日から突然、特に用もないのに雑談をしにやってきているため、ゲールノートはかなりこの男を不気味がっていた。


 しかも彼は人国軍の関係者だと言うのだ。無碍に扱えないその立場も、かなり厄介である。


「そ、そんなつれない事言わないで欲しいなぁ。い、いつも見てる顔じゃないか」


「君のその長い前髪の所為で、顔はあまり見えてないんだけどね」


「ぷぷぷ……そ、そうだったね。も、申し訳ない。ぼ、僕は人前だと緊張する質だからさ、ち、ちょっと隠してないと恥ずかしいんだよ」


 ズケズケと診療所にやってくる面の皮の厚さに反して、この言葉である。ゲールノートはもう一度、ため息をついた。


 そして彼には、このキイロという男が何をしにここへやってきているのかも、だいたい検討はついていた。


 親交のあるノルシュタインとは違う軍の者が、一医者である彼の元へせっせとやってくる理由。


 今の彼には、一つしか思い当たらない。


(……おそらくはマサト君のことだろう……)


 彼が主治医を担当している、マサトの事だ。


 前魔王が亡くなった今、現魔王として地獄の業火である黒炎を有しており、しかもその身体には禁呪クラスの呪いがかけられている彼。


 今のところノルシュタインが扱いを決めかねているため、部下等の一部の除いて伏せられているこの情報。


 つまり、ノルシュタインとその一部の部下以外の軍の関係者は、この事実を知らないということだ。


(……何の意図があるかは解らないが、少なくとも軽々しくマサト君の事を喋る訳にはいかない……)


 ゲールノートはキイロを見ながら、内心でそう考えていた。このキイロという男がどういう立場なのかはイマイチ解らないが、少なくともノルシュタインの関係者でないことだけは確かだ。


 何故なら、彼の関係者が来るのであれば、ノルシュタインから直々に連絡が来る筈なのだから。


 扱いが難しいこの情報を扱っているからこそ、なおさらその手間を惜しむ筈がない。


 となると。


(……ノルシュタインと敵対する派閥か、あるいはそれ以外か……)


「……ぷぷぷ!」


 やがてゲールノートのそんな内心の考えを見透かしたのか、キイロがこんな質問をしてきた。


「げ、ゲールノートさん。あ、貴方、な、何か隠し事があるんですね……?」


「……ッ」


 その言葉に、ゲールノートは目を見開く。しかしすぐに目を閉じて小さく息を吐き、キイロに対して言葉を返した。


「……なんのことかな? だいたい、君みたいな怪しい人間に対して、隠し事をするのは当然の判断と思えるが?」


「ぷぷぷ。ぐ、軍の人間を捕まえて怪しいだなんて、し、失礼しちゃうなぁ。で、でも……」


 口元をにやーっと歪ませたキイロが続けた。


「だ、駄目だよ、ぐ、軍の人間に隠し事なんてしちゃあさぁ。へ、変な疑いを持っちゃうかもしれないよぉ?」


「……現状の停戦中の今、人国軍にそこまでの権力はなかった筈だが……?」


「ぷぷぷ。そ、そうだねえ、さ、流石はゲールノート先生だよ。も、物知りだなぁ」


 そこまで笑うと、キイロは踵を返して歩き出した。


 ようやく帰ってくれるのか、とゲールノートは聞こえないように小さくため息をつく。


「そ、そうそう」


 しかしまるでそれを聞き取ったかのようなタイミングで、キイロがクルリと振り返った。それを見たゲールノートが、思わず身体を固まらせる。


「さ、最近市井の人々の間で、へ、変な薬が流行ってるって噂があるんだけどさ、げ、ゲールノート先生は何か知っていませんか?」


 キイロから放たれた言葉は、またしても世間話類いであった。内心でホッとしつつも、ゲールノートはその噂について思い出す。


 少し前から人国の間で、とある麻薬が流通しているというのだ。事実、ゲールノートの診療所にも、中毒者が運ばれてきたことがある。


 依存性の高い薬物で出どころが不明であるらしく、捜査も難航しているのだとか。


「……ああ。それについての噂なら、人並み程度には聞いているよ。患者が来たこともあるしね。それについての治療方法をまとめた資料は、既に軍へも提出済みだったと思うが?」


「ぷぷぷ! そ、そうだね。げ、ゲールノートさんの考案した治療方法、かなり効果的みたいだからさ……さ、流石は先生だね」


 自分の考案したものが良い評判だと聞いて、ゲールノートは少し口元を緩めた。


「じ、じゃあまたね……そ、その内また来るからさ……」


 しかしそんな話はどうでも良いのか。それだけ言い残すと、キイロは背を向けてさっさと出ていってしまった。


「……勘弁してくれ」


 彼が完全にいなくなったと解った瞬間。ゲールノートは盛大なため息をついた。


 ただでさえ忙しい医者の仕事であるのに、麻薬中毒者の増加に加えて、人には言えないマサトの診察。挙げ句は見知らぬ軍の人間に探られる始末。


 ため息の一つもつきたいような状況であった。


「……あの時、見て見ぬ振りをしていれば良かったかな……いや。それではノルシュタインに怒られてしまうだろうな」


 マサトのカルテがオトハによって書き換えられていた、あの日。そのまま素知らぬ顔をしていれば、ここまでズブズブにならなくても済んだのかもしれない。


 だがそれは、あの真っ直ぐな友人に怒られる道だ。何処までも正直な彼の友人を名乗る以上、それに恥じないようにしていたい、とゲールノートは思っている。


「……しかし、あのキイロとか言う軍人。その内にまた来る、とは言っていたが……」


 彼の残していった言葉に、妙な引っかかりを覚えたゲールノートだったが、やがては気にしすぎか、と思い直し、研究に取り組むことにした。やることは、まだ終わってはいないのだ。


 そんな彼がキイロと再び相まみえることになるのは、本当にすぐのことになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ