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二度目の受験

 どうしてこうなったのでしょうか。


「さあマサトにオトハ! 合格発表を見に行きますわよ! イルマ、竜車の用意を!」


「はい、お嬢様」


 あれからしばらくして、私とオトハさんは、マグノリアさん――愛称、マギーさんに連れられて、中世風の一軒家を後にしました。荷物運搬用の竜車の荷台に、私とオトハさん、そしてマギーさんが乗り込み、人国の首都のテステラへ向けて出発します。


 やがて、イルマさんの運転で竜車が発進し、私達が生活している家がどんどん小さくなっていきました。今日はいい天気ということで、荷台の屋根も外しているので、心地よい風が吹いてきています。


「……マギーさん、その」


「なんですのマサト?」


「……どうして私達に、ここまでしてくれるんですか?」



 あの日。魔狼達を退けた私は気を失い、気がつくと川沿いの岸に到着していました。月が煌々と照っていたので、まだ夜も真っ只中です。変わり果てていた自分の姿も、元に戻っているみたいでした。


 どうも、オトハさんがここまで運転してくれていたみたいでした。私が目を覚ますと、安心したような表情をされた後、オトハさんはその場に座り込んでしまいました。


 ぐったりとした表情をされていたので、かなり無理をしてくれていたのでしょう。私はオトハさんに「ありがとうございました」と言うと、疲れていたオトハさんを背負って上陸しました。


 魔国を出て、ようやく人国へ入ることができたのです。そうそう魔国の追手が来られない、人国の領地に。やっと逃げて来られた。安心したのはオトハさんも同じだったのか、背負って少しすると彼女は寝息を立ててしまいました。


 しかし、人国に入った私達に、アテはありませんでした。


「……どうしましょう?」


 ジュールさんやルーシュさんがいない今、私達に頼る先はありません。オトハさんがかつていたらしいエルフの里というのも、何故かオトハさんが帰りたがらないので、そこを目指すこともできないでしょう。


「……とりあえず、屋根がある場所を……」


 そう思った私は、オトハさんを背負ったまま歩き出しました。月明かり以外真っ暗な森の中を、私はひたすら歩いていきました。やがて草の生い茂る中を歩いていたら、人の通ってそうな道を見つけることができました。


 この道沿いに進めば、人のいる所に出られるかもしれない。そう思った私は道沿いの上り坂をしばらく進んでいくと、その先には村のようなものがありました。


 村ではありません。村のようなものです。何故なら、建物はほとんど壊され、草木も生い茂っている、廃墟のような光景が広がっていたからです。


(……戦争に巻き込まれた村、でしょうか)


 少し前に停戦したばかりなので、こういった所もまだ復興されていないのでしょう。夜も更けてきて、これ以上歩くのも危ないかもしれないと思った私は、ボロボロになっていても比較的にまだ形を保っている一軒家に入り、その床にオトハさんを寝かせました。


 そして、自分自身も思った以上に疲れていたのか、その隣に寝転ぶとあっという間に寝てしまいました。


 次の日。私が目を覚ますと、オトハさんが外で火を起こしていました。寝ぼけ眼でオトハさんに「おはようございます」と言うと、彼女はにっこりと笑顔で返してくれました。


 笑顔で返したのもつかの間。私とオトハさんは揃ってお腹を鳴らしました。二人で少し恥ずかしそうにした後、食べるものを、そしてこれからどうしようかと話そうとしたところで、


「失礼しますわ! 誰かいませんこと!? いるならいる、いないならいないとお返事くださいまし!!!」


 高らかな女性の声が響き渡り、私達は目を丸くしました。



「……あの廃村で私達を見つけていただき、ご飯を分けてくださいました。加えて家にまで連れてくださり、寝床や衣服までいただきました」


「そうですわね」


 竜車の上で今までを思い返し、私は言葉を続けます。


「おまけに士官学校への入学願書を分けていただき、一緒に受験までさせていただきました。本当に感謝以外の言葉が出てこないのですが……」


「っ、っ」


 オトハさんもこくこくと頷いていました。感謝することが重なりすぎて、どう返していいのかも解りませんが、それ以上に。


「……どうして、たまたま見つけただけの私達に、ここまで……」


「そんなの簡単ですわ。わたくしの勘が、あなた達を助けるべきだと言っていたからですわ」


「「!?」」


 開いた口が塞がらない、というのはこのことでしょうか。私とオトハさんは揃って大きく口を開けました。勘? いや、あの、勘って……。


「え、えっと……ほ、他にも助けたことがあったりは……」


「ありませんわ。わたくしが戦争孤児の方を助けて家に招いたのは、これが初めてですわ」


「そうですね、初めてでございます。つまり、マサト様はお嬢様の処女を奪ったと言っても過言では……」


「「過言です(わ)!!!」」


 こういうことをよくする方なのかと思ったら、初めてと言われました。運転席からイルマさんのお墨付きももらえたので、本当に初めてなんだと思います。


 そして何日か生活していて、イルマさんがこういう人なのだということも、良く解りました。思わずマギーさんと口を揃えてしまいます。


「まあ、お嬢様の勘は大事なところを絶対に外しませんので、ワタシも信用させていただております。とはいえお嬢様。身寄りのない戦争孤児の方々をポンポン拾う程の余裕はウチにはございませんので、今後はくれぐれもお気をつけを……」


「わ、わかっていますわ」


「…………」


 そして、話に出ていた戦争孤児についてですが、私達はマギーさんとイルマさんに隠し事をしています。それは、私が現魔王であることと、私達が魔国から逃げてきたことの二つです。


 今後はこの話をみだりに他の人にしない方がいいと、ジュールさんに言われたことを思い出し、私とオトハさんの間で話さないことに決めました。どう扱われるか解らないので、下手に言いふらさずにいよう、と。


 その為、マギーさんとイルマさんには、私達は魔国に捕らわれていた時に出会い、奴隷解放条約によって解放された身寄りのない孤児である、という説明をしています。


 凄く良くしてくれているお二方に嘘をついているという負い目はあるのですが、下手に何かに巻き込むよりはマシだとオトハさんと決めて、誤魔化すことにしました。


「それにしてもお嬢様の勘は凄まじいものでございます。何せ、お嬢様の勘のおかげで、ワタシ達はまだ生活していられるのですから」


「おーほっほっほっ!」


「?」


 イルマさんの話に、オトハさんが首をかしげます。それを見たマギーさんが、「聞きたいんですの?」と話したくてウズウズしている様子でした。


「わたくしの家は貴族であったのですが、まあ、色々ありまして、没落することになってしまいましたわ。その際に色々と没収されることになり……」


 マギーさんの家の事情については、簡単には聞いています。何でも、マギーさんのお父さんについてひと悶着あり、貴族の位を剥奪されたのだとか。


 詳細は聞いていないのですが、その時の関係で既に両親は他界しており、今はマギーさんとイルマさんの二人で生活しているみたいです。


「その時にお嬢様が、既に利益の取れないくらいに枯れてしまったと思われていた鉱山の権利だけはくれと、死にものぐるいで政府にお願いしたのでございます。まあ、おかげで屋敷も取られることになり、別荘に使っていたあの小さい一軒家と鉱山の権利以外、全て無くなってしまったのでありますが」


「その時も、わたくしの勘が言っていたのですわ。この鉱山は持っておくべきだ、と。そうして少ししてから、その鉱山で新たな鉱脈があることが判明しましたの!」


「しかも当時はまだ戦争中で、鉱石の値段が跳ね上がってございました。お陰様で、権利を持っているワタシ達の元に、生活に困らないくらいのお金が転がり込んでくることになったのでございます」


「これもわたくしのおかげですわね! おーっほっほっほ!」


「す、凄いですね……」


 この人達が生活費をどこから捻出しているのだろうと思っていたら、そういった話があったのですか。改めて、このマギーさんが勘の鋭い人なのだと解りました。


「それにしたって……」


「いいのですわ」


 それでも、いくら勘が働いたからと言って二人も助けて、ここまでしてくれるなんて、と聞こうとしたら、マギーさんの人差し指が私の唇に当てられました。


「わたくしが助けたいと思って助けたのです。気に病む必要はございませんわ。それでも何かお返ししたいのであれば、これからゆっくりとしていただければ」


 そう言って、マギーさんはウインクされました。その笑顔があまりの眩しくて、思わず顔が赤くなった私はそっぽを向きながらお礼を言います。


「あ、ありがとう、ございます……」


「どういたしまして、ですわ」


「…………」


 そして、何故かオトハさんが少しむくれたような顔でこちらを見ています。なんでしょうか、何か不味いことでも言ったのでしょうか。


「そ、れ、に! わたくしオトハみたいなかわゆい妹が欲しかったのですわ! きゃー! 癒やされますわー!」


「っ! っ!」


 すると、マギーさんがオトハさんを抱きしめながら、嬉しそうに首を振っています。抱きしめられたオトハさんは、豊満な胸に潰されてか、少し苦しそうにも見えます。


「皆さま。もう少しで首都に着くのでございます」


 そんなやり取りをしていたら、いつの間にか着いたみたいです。私が荷台から前を見ると、大きな城壁に囲まれた都市が見えました。ここが首都、テステラですか。


 入り口で審査を終え、竜車でそのまま士官学校である南士官学校へ向かいます。この都市には士官学校が四つあり、それぞれ東西南北の名前を持っています。


 私達が受けたのは南士官学校。一般庶民や町人からの学生が多く、四つの士官学校の中で一番成績が低いと言われている学校でした。


「ワタシはここで竜のお世話をしておりますので、皆さまでどうぞお進みくださいませ」


「よろしくねイルマ。さあ、マサトにオトハ! 早速わたくし達の華やかな合格を確認しに行きますわ!」


 南士官学校に着いた私達は、竜車を所定の場所に止め、マギーさんとオトハさんの三人で、合格発表の掲示がある学内へと進んでいきます。周りには両親と来ている学生と思われる人が多く、喜んでいる人もいれば落胆しながら帰っている人もいます。


(……大丈夫、でしょうか……?)


 受験という、この世界に来る前に一度失敗したことのある私としては、かなりの不安感があります。何せ、マギーさんに拾われてから受験までが一月ほどしかなく、オトハさんと二人で必死に勉強したのですから。


 幸いなことに基本的な内容についてはあのジルゼミで叩き込まれた折檻がかなり役に立っており、過去の入試問題も八割方解くことはできました。それでも。


(……また……失敗したら……)


 あの両親のように見限られるのではないか、そんな恐れが顔を出しており、知らず識らずの内に手が震えています。


「っ」


 そんな私を見てか、オトハさんが肩を叩いてくれました。そして、身振り手振りで、私に向かって話しかけてきます。


『マサトは頑張って勉強していたから、きっと大丈夫だよ』


「……ありがとうございます」


 そう手の動きで語りかけてきたオトハさんに、私は感謝を伝えました。


 そうです。オトハさんはこの一ヶ月で手話の勉強もしていました。喋られないことをマギーさんたちに相談したら、イルマさんが知り合いに手話ができる人がいる、とのことで、合間合間に手話を教えてもらっていたのです。


 しかもこちらの世界の手話は魔導手話と呼ばれており、手の動きに魔力を乗せることで元の世界よりも必要な動作が少なく、また手話を知らない人にも魔力を持って内容を伝えることができるというものでした。


 勉強に集中していた私は全然学んでいなかったのですが、オトハさんは一月で、ある程度の会話ができるまでになり、こうしてお話することができるようになりました。


 本当に、オトハさんは何者なのでしょうか。ジルさんにつけられた呪いの首輪を解呪したり、手話を一月である程度話せるようになったり、加えて過去の入試問題ですらほとんど正解したりしています。あの時は、マギーさん達もびっくりしていました。


「見えましたわ!」


 そんなことに考えを巡らせていたら、いつの間にか合格発表の掲示板の前まで到着していました。掲示板の前には、たくさんの受験生で溢れています。


「さあおどきなさい! わたくしの番号を確認させてくださいまし!」


「……行きましょうか、オトハさん」


『うん。行こう、マサト』


 人混みをかき分けてどんどん進んでいくマギーさんに続いて、私はオトハさんと一緒に張り出された掲示板を見に行きました。

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