体育祭当日⑩
「…………」
目の前の光景に、私たちは何も言えませんでした。
滅多打ちにされ、ボロボロになって倒れ込んだ兄貴。吹き飛ばされた木刀。そして腰から放った筈の木刀が、いつの間にか腰に戻されているキイロさん。
ゆっくりと立ち上がったキイロさんは、倒れている兄貴からハチマキを取りました。
「お、惜しかったね。き、君の"流刃一閃"、そ、そこまで磨き上げてたなんてびっくりだったけど……こ、今回も僕の勝ちだよ、エドワル君」
「そ、そこまでッ!!!」
やがてグッドマン先生の声が響き、模擬剣術戦のエキスビジョンマッチは終わりを告げられました。
「兄貴ッ!」
「野蛮人ッ!!!」
私は思わず席を飛び出して、兄貴の元に駆け寄りました。マギーさんも一緒です。
彼の元にたどり着き、倒れている身体を起こすと、兄貴は目を閉じたままうめき声を上げました。
「うっ……」
「兄貴、しっかりしてくださいッ!」
「だ、大丈夫。こ、殺しはしてないし、こ、後遺症も残らないように注意したからさ」
そんな私たちに向かって、キイロさんがそうおっしゃいます。その瞬間、グラウンドから一斉に歓声が湧きました。
「すげー! なんだあの技ッ!?」
「あの悪鬼羅刹をいとも簡単にやっちまうなんて……」
「剣を抜いた筈だろ? なんでまだ腰に戻ってるんだよッ!?」
周囲は兄貴をコテンパンに叩きのめしたキイロさんへ、尊敬の言葉が送られています。キイロさんもその声に応えるべく、周りにむかって手を振っていました。
「お、黄華激閃流はいつでも入門者を募集しています! き、興味がある方は是非来てくださいッ!」
「ク、ソがァァァ……ッ!」
「兄貴ッ!?」
唸っていた兄貴が目を開けて、キイロさんを睨みつけます。身体を自分で起こそうとしていますが、痛みの所為か上手く立てないみたいです。
「無理したら駄目ですって! あれだけの攻撃を喰らったんですから……」
「……惜しかった、ですわね」
私の心配の横で、マギーさんが口を開きました。
「"流刃一閃"で、一撃は防げたのでしょう? いえ、むしろ押していたのではないでしょうか。その後は無理でしたが……ならば、全く届かないことはなかった。可能性はあった……今は、それで、良いではありませんか……」
「パツキン……」
マギーさんには、あの一瞬の攻防が見えていたのでしょうか。私には多数の剣閃が光った思ったら兄貴が倒れていた、くらいにしか見えなかったのですが。
「まだ、終わりではない……これで諦めるなんてことはない……そうなんでしょう? 野蛮人……?」
そうおっしゃるマギーさんは、声を震わせていました。うつむいていらっしゃいますが、ひょっとして彼女、泣いているのでは……?
「……あったりめーだろ?」
兄貴はそんな様子のマギーさんに返事をします。
「……諦めて、堪るか。今回は負け……たが……だからって負けっぱなしなんざ性に合わねえッ! 次は、次こそはブチのめすッ!!!」
「ぷぷぷぷッ! さ、流石はエドワル君だね……」
すると、そんな私たちの元にキイロさんがやってきました。彼はゴソゴソを懐を漁ったかと思うと、一冊の本を取り出して見せます。
「こ、これが欲しかったんだろエドワル君? き、今日の君の奮闘に敬意を評して、あ、あげるよ」
ポイッと、兄貴に向かって本を投げて寄越しました。兄貴は目を見開いて、投げられたそれを必死になってキャッチします。
本の表紙には『一刀一閃流奥義書』と書かれていました。
「こ、これはジジイの……ッ!」
「ぷぷぷぷッ! え、会得できることはもう会得したから、き、君にあげるよ。だ、第一、い、一刀一閃流の極意って、え、絵空事だったからね……そ、そんな理想よりも僕は、げ、現実的にやりたいのさ」
「あげる、だとッ!? テメー! 奪ってった癖にどの口がンな事……」
「そ、それを知りたきゃ僕に勝ってみせなよ」
吠えようとした兄貴に、キイロさんが割り込みます。
「ぼ、僕に勝ってみせなよエドワル君。ひ、一人で声を上げるのも良いけどさ、じ、実力がなきゃ教える気にもならないなぁ……」
「……上等だ、テメー……」
掴んだ奥義書を握りしめながら、兄貴は再び吠えます。
「覚えてやがれッ! 俺はテメーをぶっ飛ばすッ! ジジイの目指した剣でテメーをぶっ飛ばし、しでかした事の全部を晒してやるッ!!!」
「ぷ、ぷぷぷぷぷぷぷぷぷ……ッ!!!」
兄貴の言葉を聞いたキイロさんは、笑いながら踵を返して、来賓席へと戻っていってしまいました。代わりに、救護班であるフランシスさんがこちらへ向かっています。
「……畜、生……ォッ!」
ふと見ると、兄貴は奥義書を持った腕で目元を隠していました。その声は、震えています。
「こんな……こんなお情けみてーな形で取り戻す羽目になるなんざ……俺ぁなんて、なんて情けねーんだ……畜生ォッ! クソったれェッ!」
「兄貴……」
空いている拳を握りしめて地面を叩いた兄貴は、その頬に雫を流していました。
「畜生……畜生……畜生……畜生ォッ!!!」
「その、悔しさを……忘れるんじゃ、ありませんことよ……ッ!」
兄貴とマギーさんの二人は、肩を震わせています。私はそんな彼らに対して、声をかけることができませんでした。
やがて到着したフランシスさんに手伝いを頼まれ、兄貴を救護班のテントへと運びます。
肩を貸しているその間も、兄貴は目元を腕で覆ったままでした。よっぽど、悔しかったのでしょう。私は彼に、何をしてあげられるでしょうか。
今日終わった後でも、シマオを含めて三人で酒モドキの宴を開いても良いかもしれません。愚痴を聞くくらいなら、私でもできますので。
そうして、模擬剣術戦のエキスビジョンマッチは終わりました。後は閉会式と、結果発表だけです。
もう、体育祭も、終わりなんですね。




