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体育祭の裏で


「ようやく追い詰めたわよッ!」


「クソ……ッ! しつこいな、この女ァッ!」


 体育祭が開催されている中、南士官学校の裏手の山では、アイリスとカラキが対峙していた。


 互いに既にボロボロになっており、その様子からこれまでにも何度か向かい合ったことが想像できる。


「今度こそ捕まえてやるわッ! "炎弾ファイアーカノン"ッ!」


「チィ……ッ!」


 アイリスが放った魔法を、カラキは動いて避けた。放たれた"炎弾"は木に当たり、幹を焦がしている。


「まだよッ!」


 避けたカラキに向かって、アイリスが肉薄する。


「ハァァァッ!」


「ク……ッ!」


 右、左と交互に繰り出される彼女の拳を、カラキは自身の手で払って対応する。


 拳の合間に足払いを挟んだが、カラキはそれを上に跳んで回避した。アイリスはその勢いのままその場で一回転し、今度は回し蹴りをカラキの顔面目掛けて放つ。ジャンプした直後の彼はそのまましゃがみ込み、紙一重でそれをかわした。


「オラァッ!」


 やられっぱなしという訳にもいかず、カラキは反撃に出る。振り上げた自身の右足で突き出すような蹴りの連撃を見舞う。


「く……この……ッ!」


 向かってくる蹴りをアイリスは両腕で防ぎ、一度距離を取った。


 その瞬間、カラキが手を真っ直ぐに彼女へと向ける。


 遅れを取るまいと、彼女も手を彼へと伸ばした。


「「"炎弾ファイアーカノン"ッ!」」


 ほぼ同時に唱えられた魔法が、それぞれの手からそれぞれへと向かって放たれる。


 炎の塊がぶつかり合い、小規模な爆発が起きた。


「今だッ! "体質強化アップグレード"ッ!」


「な……ッ!?」


 爆発の影響で砂埃が舞う中、視界が不明瞭である筈にも関わらず、カラキは強化された肉体で真っ直ぐにアイリスへと接近した。魔狼族の耳と鼻は、例え見えなかろうが相手の位置を見逃さない。


 突如として粉塵の中から現れた彼に、彼女の反応が一瞬遅れる。


 その一瞬が、命取りだ。


「オラオラオラオラッ!」


「ガッ、クッ、あああ……ッ!」


 不意に距離を詰められたアイリスは防御も遅れ、カラキの拳をモロに喰らうことになった。


 殴ってはすぐに引くジャブの一撃が、彼女の顔に、腹に、肩に、容赦なく突き刺さる。


「オラァッ!」


「あああああッ!」


 トドメの回し蹴りを脇腹に見舞われた彼女は、地面に倒れ伏した。その意識は、既に刈り取られている。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 相手が沈黙したことを確認し、カラキは荒く呼吸をした。頭に上っていた血を下ろす為にも、段々と息遣いをゆっくりにしていく。


「……よし。まだだ。まだ行ける……ミスはサクセスで返す……返してみせる……ッ!」


 そうして倒れ伏したアイリスにトドメを刺そうと、歩み寄ろうとした彼だったが、


「こっちだッ! こっちで爆発音がしたぞッ!」


「本当かッ!? 確かめに行くぞッ!」


「……チィッ!」


 他の人間の声がした事で、それを断念する。先ほどの魔法のぶつかり合いが、余計な音を響かせたらしい。


 ここで余計な他人に姿を見られる訳にはいかない。うかうかして余計な他人に見つかりでもしたら、それこそ面倒だ。


「……こうなったら……ッ!」


 彼は木陰に身を隠しながら、移動を開始した。やがて彼の目に、幾人かの人間がやって来た様子が映る。


 彼らは皆、倒れているアイリスに意識がいっており、こちらに気づく様子はない。


「……今日……やるしかない……余計な情報が行く、その前に……ッ!」


 物音を立てないよう細心の注意を払いながら、彼は走る。


 良い回し蹴りが入った為に彼女もすぐには起きないだろうが、それでも人国の軍人が何者かに襲われたという情報は伝わってしまうだろう。


 そうなれば現場の実況見分等が行われ、ロクに証拠隠滅もできていないあの場所から、カラキについての何らかの痕跡も見つかるに違いない。


 しかし、それは少しの時間の猶予がある筈だ。他の人国軍人であれ実況見分であれ、来て即座にバレるなんて事はあり得ない。確認して調べて、それからである。


 ならば、それが行われる前に事を済ませてしまい、この街から逃げるしかない。


 そうして彼が向かった先は、体育祭中の南士官学校であった。

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