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……おかえりなさい


 私たちがエルフの里への交換留学生として赴いていた期間も、気がつけばあっという間に終わっていました。私は今、久しぶりの学校の席に座っています。


 目を閉じて思い返してみると、本当に激動としか表現できないような交換留学でした。


 特に留学の後半は、フランシスさんやルーゲスガーさん。そして助けに現れてくれたベルゲンさん達など、もう嵐のような展開の数々でした。


 あの後、結局私たちはキイロさんに連れられて宿へと帰ることになりました。オトハさんも一緒でしたが、宿に帰ってみると今度はマギーさんが重症でした。


 びっくりした私たちが話を伺うと、呪いにかけられた彼女でしたが、奪い取ってきた解呪石のお陰で命に別状はないとのことでした。


 それでも失った体力等はそう簡単に戻るものではなく、そのまま彼女は人国の病院へと搬送されることになりました。


 ちなみに後で聞いた話ですが、アイリスさんも同じ解呪石を用いることで、一命を取り留めたとオーメンさんから聞きました。


 心底ホッとした表情のオーメンさんにもお礼を告げ、今度一緒にアイリスさんのお見舞いに行くことになりました。


 そして兄貴とシマオと合流し、マギーさんの心配をしつつもオトハさんの帰りを喜んだのもつかの間。


 今度は彼女の今後について、取りまとめなければならないということになり、彼女はベルゲンさんに連れていかれることになりました。


『また、帰ってくるから』


 とだけ言い残して、オトハさんとはまた別れることになってしまいました。


 残った私たちはそれぞれであったことを話し合い、お互いにどんな事があったのかを共有しました。


 こちらの話に驚いていた兄貴とシマオでしたが、彼らの話にも私たちは驚かされました。


 まさかマギーさんが、貴族の当主の方に気に入られて、そのままお持ち帰りされそうになっていたとは。


 そんなこんなで色々あった結果、マギーさんの搬送もあって、交換留学は当初の予定より早く切り上げることになりました。


 帰りの竜車に乗る際に、見送りに来てくださったベルゲンさんは、今回の件に対する謝罪と、今後のエルフの里との関わり方について話し合う為に残る事になり、また忙しくなりそうだよ、と笑っておられました。


 合わせて、オトハさんの事は任せなさい、と言ってくださったので、私は再度、頭を下げてお願いしました。


 そうして人国に帰ってきた私たちは、特別休暇を一日だけもらって身体を休め、再び学校生活へと戻ってきました。 


 目を開けて辺りを見渡すと、休み開けでダルそうにしている兄貴とシマオ。兄貴と逆隣にある、誰も座っていない空いている席。そして。


「野蛮人に変態ドワーフッ! 全く! わたくしが元気になったというのに、なんですかその体たらくはッ! 久しぶりの学校なんですから、もっとシャキッとなさいませッ!」


 病院を退院して元気になった、マギーさんがいらっしゃいました。


「あー、もー、うっせーなーパツキンは……こちとら、限界以上に色々酷使した所為で、まだ回復しきってねーっつーのによ……」


「に、二回もあれ使うハメになるとは思わんかったわ……わ、ワイの身体……まだワロとる気がする……」


「だ、大丈夫なんですか……?」


「「おー……」」


 机に突っ伏している彼らは、口から魂が出そうな顔でそう言っています。


 私の声にも返事はしてくれましたが、そのまま何処かへ上っていってしまいそうな感じでした。


「情けないことですこと。精進が足りませんわ、精進が」


「ま~ま~。二人ともマギーちゃんのために頑張ってくれたんだしさ」


 皆さんで話していた中に、何故かいるウルさん。


 隣のクラスの筈の彼女ですが、あまりにも自然に混ざってきていたので、全く気づきませんでした。


「ここはマギーちゃんから、二人にお礼しても良いところじゃない?」


「そ、それはそうかもしれませんが……」


「気にすんなって。もうもらってっから」


「せやなー」


 お返し云々の話の際に、兄貴がそんなことを言い出しました。うんうんと頷いているシマオを他所に、私、マギーさん、ウルさんの三人は首を傾げています。


「はて? わたくし、貴方がたに何かお渡ししましたでしょうか? 昨日退院してきたばかりですし、全く見に覚えがないのですが……」


「そりゃあ、な。チンチクリン」


「おうよ、ノッポ」


 二人だけで何か解っている様子ですが、こちらには何一つ伝わってきません。


 一体何のことだろうと思っていたら、くたびれていた筈の二人が不意に立ち上がりました。


「「あんなエロ下着つけた眼福もん拝めたんなら、お返しなんざいらねーってなッ!!!」」


 そう言って、二人はスタコラサッサと逃げて行きました。


 エロ下着? 眼福もん? 一体何の話でしょうか。


「……急に何のことだろうね? マギーちゃん、何か心当たりでも……」


 私と同じ様に謎が増えたウルさんがマギーさんに問いかけてみると、彼女が俯きながら顔を赤らめ、プルプルと震えているのが見えました。どうかしたのでしょうか。


「…………消して差し上げますわッ!!!」


 やがて何かの限界を迎えたのか、マギーさんは大声でそう怒鳴りながら二人の後を追って走り始めました。


「その醜い欲望しか詰まっていない頭をかち割って綺麗サッパリあの日の記憶を忘れさせて差し上げますッ! 否応無しとはいえあんな物を身につけ、あまつさえそれを見られていたなんてわたくしの女子力が許しませんわッ!

 お待ちなさいッ! 待ってッ! 待てっつってんだろうがゴルァァァッ!!!」


 よっぽど忘れて欲しいことなのか、遂にはいつもの喋り方まで忘れて叫び出したマギーさんを、ポカーンとしたまま見送ります。マギーさんでも口が悪くなることってあるんですね。


「……何が、どうなっているのでしょうか?」


「……世の中って不思議だね~」


 残されたウルさんと、世界の謎の多さについて思いを馳せます。解らないことだらけの、この世界。


 解らないなら、後で聞いてみましょう。兄貴達の言うエロ下着とやらの真実を。


「あとマサト? まさかとは思うけど、さっきのエロ下着とか言う変な単語について、エド君達に聞いたりしないよね~?」


「…………。はい、もちろん」


「聞、い、た、り、し、な、い、よ、ね~?」


「はいもちろんんんッ!!!」


 心の中の思春期が聞けと言っていたので聞く気満々だったのですが、何故かウルさんにプロレス技であるアイアンクローをされながら釘を刺されましたので、渋々諦めることになりました。


 解せぬ。あと締め上げられたこめかみがめっちゃ痛い。


「何やっとるかこの馬鹿もん共がーッ!!!」


「「「げえッ、鬼面ッ!!!」」」


 やがてホームルームの時間になったのか。


 廊下からそんな声が聞こえたかと思うと、出ていった筈の兄貴達三名が教室に投げ込まれました。


 その向こうに立つのはもちろん、鬼面ことグッドマン先生です。


「ったく。交換留学でひどい目に遭ったから少しは気遣ってやろうかとも思ったが……そんな必要は無さそうだな。さっさと席につけ。ホームルームを始める」


 あっ、これウルさんも怒られるやつでは。そう思って彼女がいた方向を見たら、そこに彼女の姿はありませんでした。いつの間に。


 兄貴達も席に座り直しましたが、マギーさんが呪詛のようにいつかかち割るとつぶやき続けていたので、まだ終わってはいないのでしょう。何あれめっちゃ怖い。


「ホームルームの前に、帰ってきた生徒がいる。色々あったため、あんまり根掘り葉掘り聞いたりしないように。じゃあ、入ってこい」


 そうグッドマン先生が促すと、教室の扉が開かれて、一人の生徒が入ってきました。


 緑色の髪の毛を揺らし、学校指定のブレザーに身を包んだ、小さな少女。


 彼女は教壇の横に立つと、一度頭を下げて、その手を動かし始めました。


『皆さん、お久しぶりです。色々ありましたが、わたし、またこのクラスに帰ってくることになりました。またこれからも、よろしくお願いします』


 魔導手話を使って皆さんにそう語りかけたのは、オトハさんでした。


 そう話した彼女を見て、周囲は少しざわついていましたが、グッドマン先生の一喝で一気に静かになりました。凄い人です、本当に。


 そうしてオトハさんは空いていた私の隣の席へと戻っていき、その小さな身体で椅子に腰掛けます。


 おそらくはこの後、クラスメイト達からの質問攻めに遭うでしょう。


 なので私は、その前にこっそりと、彼女に声をかけました。


「……おかえりなさい、オトハさん」


 それを聞いた彼女は、にっこりと笑うと、私に向かって魔導手話でこう返してくれました。


『……ただいま、マサト』


 裏でどんなやり取りがあったのかは全く解りませんが、とにかくオトハさんは帰ってきてくれました。私たちのいる、この学校に。


 今はただ、この事を喜びましょう。


 私は笑いかけてくれる彼女に向かって、本当に戻って来てくれたんだという喜びを噛み締めながら、にっこりと微笑み返しました。

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