それだけでは無さそう
「どうも、ご無沙汰しております」
「……何の用じゃ?」
地下牢の奥深いところで、床に座り込んでいたルーゲスガーは苦々しく口を開いた。
格子越しに見える顔は、自分がここに来ることになった原因を作った張本人、ベルゲンである。
あの後、一連の行動についての責任を負うことになったルーゲスガーは、長老の座を追われた。
後釜にはダニエルの弟であるカートウッドが有力視されているようだが、まだ決まってはいないらしい。
彼と、そして全く関係ないところでヘマをしたダニエルは、揃ってこの牢獄に入れられていた。二人の処分については、また後日に裁判が行われるという。
牢獄は個室であるためにルーゲスガーは一人であったが、格子の向こうに見えるスキンヘッドのこの人間が、わざわざ自分に会いに来る理由が見えない。
その為、彼はまずはジャブだとでも言わんばかりの言葉を選んだ。
「ワシを笑いに来たか、"魔法殺し(スレイヤー)"よ。まさかそんな異名持ちのお偉いさんともあろう者が、わざわざこんなとこまで来ておるとはな。人国陸軍も、随分とヒマそうじゃのう」
「ええ、戦火がなくなってしまい、ヒマを持て余しておりますとも。お陰さまで貴方との戦いは、よい退屈凌ぎになりましたよ、元長老さん」
皮肉を言ったらそれ以上の皮肉で返されてしまい、ルーゲスガーは口を閉じた。
口では勝てないと思ったのか、忌々しい物を見る目でベルゲンを睨みつけるが、全く動じる様子がない。
たかだか数十年も生きていないような若造にここまでされるものなのか、とルーゲスガーは内心で舌を打った。
「……それで、本当に何をしに来た? ここには敗残者しかおらぬぞ? 負けた者を見下して悦にでも浸りに来たのか? 趣味の悪い……」
「いいえ」
すると、ベルゲンは腰を下ろしてルーゲスガーとの目線を合わせた。
「貴方を勧誘に来ました」
「……は?」
ルーゲスガーはベルゲンの吐いた言葉の意味が解らなかった。
聞き間違いでなければ、この男は勧誘しに来たと言った。一体誰が、誰のことを。
「聞こえませんでしたかな? 私は貴方を勧誘しに来たのですよ、ルーゲスガーさん」
「……このワシを勧誘じゃと? 貴様、何を企んでおる?」
再度そう口にしたベルゲンの言葉で、ルーゲスガーは自身が聞き間違いをしていなかったことを確信した。
同時に、このベルゲンという男に対する不信感も。
今やエルフの里の長老の座も奪われ、冷たい牢獄に閉じ込められた彼を、ベルゲンは誘いに来たというのだ。
全くを持って、意味が解らない。
「もちろん、企んでおりますとも。そうでなければ、勧誘になど来ませんよ。勧誘と言っても、どちらかの下に下るとか、そういうものではありません。要は、私と協力しませんか、というやつですな」
「…………」
ルーゲスガーは再度、このベルゲンという男の目を見る。長い年月を生きてきた彼は、相手の目を見てその内心を推し量ってきた。
目の前のこのスキンヘッドの男が、何を考えているのか。じっとその目を見て、暴いてやろうとする。
「……熱烈な視線ですなぁ。どうですか? 何か解りましたかな?」
「……まずは話せ」
穴を開ける勢いでその目の奥にある内心を探ろうとしたが、結局ルーゲスガーには、ベルゲンの心の内を見抜くことはできなかった。
あれだけ睨んでやって何の揺るぎもしないままに笑みを浮かべている彼から、一体どんな話が出てくるというのか。
解らないのなら、聞くしかない。
「良いでしょう。では、私の心の内をお話しようではありませんか。既に他の檻の中におりました、ダニエルさんでしたかな。彼とは話がついているのですよ」
飄々とそう言うベルゲンに対して、ルーゲスガーは更に首を傾げた。
他ごとで勝手にヘマをしたダニエルも牢獄に入ったと聞いてはいたのだが、ベルゲンは既に彼と話を終えているという。
一体この男が、自分に何をさせようとしているのか。ルーゲスガーは久しぶりに、得体の知れないものに対する恐怖を抱いていた。
「ではお話しましょう。私が目指す先を、ね。何、難しい話ではありませんよ。これを聞いた貴方とも、きっと良い関係を築けると思っていますよ、私は……」
そして、ベルゲンはゆっくりと話し始めた。自分が一体、何をしたいのかということを。
話を聞き終わったルーゲスガーは、ふむ、と自身の頭の中で考え込んだ。ベルゲンから聞いた話は、彼にとっても益のある内容であった。
この男への恐怖や不信感というものももちろんあったが、それ以上にメリットがありそうだとも感じている。
それにどっちにしろ、今のルーゲスガーには他に選択肢もない。
これを蹴れば、後は牢獄に入れられたまま、裁判を経て、処分を待つだけである。
もしかしたら死罪になるかもしれない。よしんば死罪はなくとも、懲役等からは逃れられないだろう。
懲役を終えたその後は、地位も何もないままに、ただ行く末を見届けて、終わっていく。それくらいは、簡単に予想できた。
「……良かろう。乗ってやろうじゃないか、その話」
「……嬉しいですなぁ。その言葉が聞きたかったのですよ」
了承したルーゲスガーに対して、ベルゲンは嬉しそうに微笑む。
その時、ルーゲスガーの頭には何故か、悪魔は人の良い笑顔で近づいてくる、という何処かで聞いたフレーズが浮かんだ。
「ただし、ワシらはあくまで対等じゃ。お前の命令は受けんし、こちらはこちらの都合で動かせてもらう。それは解っておるのじゃろうな?」
「ええ、もちろんですとも。その辺りは、協力させていただきますよ。差し当たって、何か必要なものはございますか?」
「フランシスの研究内容についての資料だけは持ってこい。あれがあれば、最悪本人がいなくても何とかなるじゃろう」
「承知いたしました。手に入れられるよう、私が取り計らいましょう」
そう言うと、ベルゲンは立ち上がった。服のシワを払い、体勢を整える。
「では、今日のところはこの辺りで。また後日に部下を寄越します。裁判についても、ダニエルさんと同様に手を回しておきますので……」
この人間を利用して、必ずやエルフの里の長に返り咲く。ひいてはエルフの里の立場向上を成し遂げて見せると、内心で決意を新たにしたルーゲスガーは、さっさとベルゲンを追い払うことにした。
これ以上、この不気味な人間と馴れ合う必要は、どこにもない。
「次に会えるのを楽しみにしておりますよ」
「……フン! さっさ行かんか、この人間が」
「では、失礼します」
鼻を鳴らし、顔を背けたルーゲスガーに対して、ベルゲンは丁寧にお辞儀をした。
一礼後はゆっくりとした足取りで、彼のいた牢獄から離れてゆく。
「……乗ってきましたか。いやはや、チョロいですなぁ。所詮はエルフ。ただ長生きしてきただけの、劣等種族だ。資料は取引をした彼女から貰えば済む話ですし、そんな手間もないでしょう」
牢獄を後にし、迎えの竜車へと一人で足を進めているベルゲンのその呟きを聞いている者は、誰一人としていない。
「……それにしても、面白いことになってきましたなぁ。ノルシュタインさんが隠していたことの一つは、まさにこの事だったのでしょう。エルフの里が第二神を呼び出そうとしていた、この事実」
連れ拐われたオトハは、その生贄となるためであったらしい。この辺りの事情は、既に把握している。
何せ、マサト達の元に割って入る前に、先のルーゲスガーが勝手に話してくれていたのだから。
この事実は使える。そう感じたからこそ、わざわざこんな所までやってきたのだ。
「これは良いことを聞きましたな。あのエルフらも、良い感じに動いてくれそうですし……後は、マサト君ですな」
牢獄を出て看守のエルフに一礼し。ベルゲンは建物の外に出た。目の前には、迎えに来てくれた竜車とその御者が待っている。
竜車の扉を開けてくれた御者にお礼を言いつつ、彼は竜車に乗り込んだ。程なくして、竜車が動き出す。窓の外には月が見えている。とうの昔に、日が暮れていた。
そして竜車の中で一人となった彼の思考は、マサトの事へと向いた。
「おそらくマサト君も、この事を知っていたのでしょう。だからこそノルシュタインさんは、下手にこの事が漏れないようにと、二人に部下をつけてまで監視下に置いていた……しかし、それだけでは無さそうなのですよねぇ」
口元に手をやり、彼は考えを巡らせる。
「本当にエルフの里についての口止めだけなのであれば、エルフのお嬢さんが拐われた時点で彼の護衛をする意味はあまりない筈だ。何せ、本命であるお嬢さんが連れていかれてしまったのだからね。エルフがわざわざその後にマサト君を襲う必要は、皆無でしょう。
そうなると、マサト君については、彼個人を護衛しなければならない理由が他にある、と考えられますねぇ」
自身の頭の中で、抱いた疑問と整理すべき内容をまとめていく。
「そうなると。マサト君については、まだまだ調べる必要がありますね。丁度良くエルフのお嬢さんの処遇について、彼に飴玉も与えられそうですし……やることが増えてきましたな」
竜車の中で、ベルゲンは笑っていた。
「ああ、ああ、全く……まだ忙しそうではありませんか……はっはっはっは」
そんな彼を乗せた竜車は、月夜の晩を駆けていく。とあるスキンヘッドの男性の思惑の乗せて。




