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力の芽生え

「カイル! 詳しい状況は!?」


 ジュールさんが聞いたことないような大声を上げます。


「外に一部隊いるっちゃ。数は大体三十人くらい……今、マッドが障壁を張って耐えてるっちゃが、長くは持たないっちゃよ!?」


「解りました! カイルはすぐにマッドの援護へ! 本国への報告後、私もすぐに向かいましょう! ルーシュ!」


「はい!」


「裏の脱出ボートの用意を! 戦って勝てる数ではありません! ……解っていますね?」


「……了解しました!」


 先ほどまでの和やかな談笑が嘘のように、ピリピリとした空気が流れています。慌ただしく入り口へ戻っていくカイルさんと、「どうしてここが……!?」と悪態をつきながら洞窟の奥へと向かっていくルーシュさん。


「……君たちはここに居てください」


 ジュールさんが、私達に向けて穏やかな口調でそう言いました。


「今、ルーシュさんに用意していた脱出ボートの準備をしてもらっています。終わり次第、それに乗って逃げましょう。大丈夫ですよ」


「……本当、ですか……?」


 私は思わずそう聞き返してしまいました。口調こそ穏やかでしたが、ジュールさんの目は笑っていません。それどころか、何かを決心したかのような目です。


「本当に……みんなで、逃げられるんです……よね?」


「…………」


 私のその言葉を聞いたジュールさんは、返事をしてくれませんでした。


「……すぐに戻りますよ」


「ジュールさんっ!」


 それだけ言い残すと、ジュールさんは入り口の方に走って行ってしまいました。入り口の方からは、酷く大きな爆発音が絶え間なく続いています。私は後を追いかけようとしましたが、服を引っ張られました。


「っ! っ!」


 オトハさんが、私の服を掴んでいました。


「どうして止めるんですか!? ジュールさんが……」


 私の言葉を遮って、オトハさんが書いたメモを突きつけてきます。


『信じましょう』


 ただ一言そう書かれたメモを見て、私は立ち止まりました。信じましょう。つまり、ジュールさんを信じよう、ということです。


「でも……」


 反論しようとした時に、オトハさんが新たにメモに書き始め、書き終えた後にそれをこちらに突きつけてきました。


『わたしたちが見つかる方が、危ないと思う』


 そのメモを見て、私はハッとしました。そうだ。私とオトハさんは追われている身です。それをジュールさん達が匿っていることが知れたら、どんな状況になるのか想像もできません。


 助けてくれる人が現れて、気が抜けてはいましたが、現状、まだ魔国にいる以上、私達は本当の意味で助かってなどいないのです。


「そう……です、ね……」


 先ほどは解りませんでしたが、彼女がメモを持つその手が震えていることに気が付きました。オトハさんも、本当は行きたいのだと、心配なんだと思います。


 だいたい自分が行ったところで、ちょっと魔法が使えて、ちょっと力が強いくらいの話です。何にも訓練もしていない私が、プロである彼らを助けられる訳がないです。


 余計なことをしないためにも、今は信じて待つ。それが、一番良いはず。


「二人とも! こっちよ!」


 やがて、洞窟の奥からルーシュさんが現れました。手招きされた私達は、ルーシュさんに続いて奥に向かうと、そこには川に続いている水路と一隻のボートがありました。


 ボートの後ろには丸い水晶のような球体と何かの機械がついています。元の世界であったエンジンのようなものでしょうか。


「この魔石にどっちでもいいから魔力を込めて! そうすれば動くから。この川を真っ直ぐ渡って人国に行くのよ。いいわね? さあ、早く乗って!」


 ルーシュさんは早口でそう言うと、私達の背中を押して、グイグイとボートに乗せてきます。押される形で乗った私達でしたが、それを確認したルーシュさんは剣を抜くと、さっさと洞窟の方へと走り出そうとしました。


「ルーシュさん!」


 駆け出そうとしたルーシュさんを、私は呼び止めます。


「まだジュールさんが来てません! マッドさんもカイルさんも、それこそルーシュさんも乗ってないじゃないですか! 待ってていいんですよね? 皆さんで逃げるんですよね!?」


「…………」


 私の言葉に足を止めたルーシュさんでしたが、こちらを振り返ると球体に手を置き、呪文を唱えました。


「……起動スタートアップ発進アクセル


 すると、機械が動き出し、少ししてボートが勢いよく動き出しました。いきなり発進したことで、私達はボートの中で尻もちをついてしまいます。


「ルーシュさん!!?」


「っ!?」


 徐々に遠ざかっていくルーシュさんの姿に、私とオトハさんは立ち上がりました。


「……ごめんね、二人とも……ちゃんと、生きてね」


 最後のルーシュさんの言葉は聞こえませんでしたが、ルーシュさんが手を振ろうとした次の瞬間。


 ルーシュさんの首が跳ね跳びました。


「「っ!?」」


 私達が目を丸くしていると、後ろからゾロゾロと狼の頭を持った魔族が、剣を携えながら現れます。あれは魔狼の部隊でしょうか。


「……っ! ……っ!」


 遠くなっていき、何を言っているかは解りませんが、こちらを指差しているのが見えます。そしてその内の一人が、


「じ、ジュールさん!?」


 切り取られたジュールさんと思われる人間の頭を持っていました。


「う、嘘だ……ジュールさん、ルーシュさん……」


 あまりにショッキングなものが目に入ってきて、私は思わずへたり込んでしまいます。


「っ!」


 すると、すぐにオトハさんが私を揺さぶりました。彼女が指を指した方向を見ると、先ほど見えたのと同じ狼の頭を持つ魔狼らが、大きな船でこちらを追いかけてきています。しかも二隻も。


 そして、船の方から光が見えたかと思うと、いくつもの炎がこちらに向かって飛んできました。


「っ!」


 オトハさんが咄嗟にエンジンの近くについている舵を取り、右へボートを動かします。それによってギリギリ炎の着弾前にボートは方向転換し、避けることができました。


「…………」


 その間、私は放心状態でした。ルーシュさんの首が飛んだあの光景が、切り取られたジュールさんの頭を無造作に持っていた魔狼達の姿が、頭から離れません。


「っ! っ!」


 必死に右へ左へと舵を動かしてボートに魔法が当たらないように操舵していたオトハさんでしたが、小さなボートと大きな船では、そもそもの速度が違ったのでしょうか。気がつくと追いかけてきていた船に追いつかれていました。


「っ!」


 そしてボートのエンジンに鋭く尖った氷の塊が突き刺さり、小さな爆発音がしました。すると動いていたエンジンが止まり、ボートが推進力を失ってこれ以上進まなくなります。


「動くなっ!」


 やがてエンジンから小さな炎を上げ始めた私達のボートの周りを、二隻の船が取り囲みました。船からライトを当てられ、私達の姿が夜なのにはっきりと見えています。


 ライトの逆光で良く見えませんでしたが、船の上には何人もの魔狼の姿があり、全員が魔法陣を展開して構えていました。いつでも魔法が撃てるぞ、と言わんばかりに。


「両手を頭の後ろで組んでボートに伏せろ! 抵抗する場合は撃つ!」


 怒号とも言える声が飛んできます。その声を聞きつつ、私は自分の心の内に、どす黒い感情が芽生えていることに気づいていました。


「おい! あのコード付きのエルフ、一昨日くらいに逃げ出したって言われてる奴じゃないか!?」


「かもしれないな。するってぇと、隣にいる人間が協力者か」


「マジかよ! 上からはスパイ四人って話だったが、こりゃあ思わぬ収穫だ! ヴァーロックさんに報告するぞ!」


 魔狼達が何か言っていますが、私の耳には入ってきていません。不安そうにすり寄ってきたオトハさんを押しのけると、私は立ち上がりました。


「おいお前! 不審な動きをするな! これ以上……」


「……あなた達が、殺したんですか……?」

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