……馬鹿だねぇ、ホント
「……これはびっくりしたね」
ダニエルは目を丸くしていた。自分の放った"暴威矢雨"。一対多であろうと戦況をひっくり返すことすらできる可能性を秘めた、大技だ。
彼はこれで決めるつもりであった。散々当てないことで驚かせておいたことで、彼の溜飲はそこそこ下がっていた。
だからこそ、後は逃げ場のないような、かつ自身の力を見せつけることも含めた大技で仕留めてやろうと思っていたのに。
「ハア、ハア、ど、どうだコラ……」
「な、舐めたらアカンで、ホンマ……」
前方にいるエドワルとシマオは、まだ立っていた。あの矢の暴雨を、耐えきってみせたのだ。
これはいくらダニエルと言えど、驚かずにはいられない。
彼らの周囲は矢の雨で木々も破壊されており、決してその威力が低いものではなかったことを示している。
だからこそ、ダニエルは驚いていた。
「……まぐれかな?」
驚いたのもつかの間。ダニエルは再度弓を構え、上空に向かって狙いを定める。
「もう一回やってあげよう。さあ、さっきのがマグレじゃないことを見せてくれよ」
そうして矢は放たれた。上空に放たれた大きなそれは無数に分裂し、矢の雨となってエドワルとシマオに襲いかかる。
「ジジイッ! テメーの剣、奥義書無しでもここまで磨き上げたぞオラァ! あの世から目ン玉かっぽじって、よく見てやがれッ!!!」
そう叫んだエドワルは、木刀を腰にしまって態勢を低く取る。
そして目を閉じた彼は、矢が自身の範囲内に飛んでくるその刹那、目を見開いて木刀を抜き、合わせて自身の内部に流れるオドの流れを木刀に向けて解き放った。
「一刀一閃流奥義ッ! "断魔・旋風一閃"ッ!!!」
そうして居合抜きの要領で木刀を解き放った彼は、勢いのままにその場で一回転する。
すると解き放たれた木刀に魔力となったオドが付与されてそのサイズを増し、同時に振るわれた木刀から衝撃波が飛んで、エドワルに向かって襲いかかる矢の雨をたった一振りで斬り払った。
「ワイはこないなとこで終わる男と違うんやボケェ!!!」
そしてシマオも叫んでいた。彼はエドワルとは違いハンマーを真上に構えている。
「万物の流れをただこの時のため、その全てをただ一心にここへ集約する。その一撃は母なる大地をも割らん……」
降り注ぐ矢の雨が今にも襲いかからんとしたその時、シマオの持つハンマーが一回り以上大きくなった。
そのハンマーを、彼は大地へと叩きつける。
「"渾身・爆砕波"ァ!!!」
ハンマーに叩きつけられた地面が抉れ、衝撃で硬い土や岩石が宙に舞い上がった。
その土や岩石よって矢が防がれ、シマオの身体には一発足りとも当たることはなかった。
「ハァー、ハァー、み、見たか、ハァー、ハァー……」
「ップハァ! ど、どうやコンチクショー……」
「…………素晴らしいッ!!!」
膝を折り、木刀を支えに態勢を保っているエドワル。ハンマーに力なくもたれかかっているシマオ。
両者ともに大技を連発したがために、体力は限界に近づいていた。
そんな彼らに向かって、ダニエルは声を上げる。
「さっきと同じだッ! その歳で、その程度で、僕の技を二度も凌ぐなんて凄いじゃないかッ! そこは素直に称賛させてもらうよ二人とも。君たちはタダの雑魚じゃなかったんだねッ!」
そう声を上げつつ、ダニエルは三度弓を空へと向ける。
「……じゃ、もう一回だ」
「「ッ!?」」
放たれたその言葉に、二人は目を見開いた。
二人の耳が間違いを起こしていなければ、ダニエルはもう一度撃つと言っている。
「何をビックリしているんだい? もう一回同じことをやれば良いだけじゃないか。君たちは僕の技を破った。誇ってもいいよ。まさか学生風情に破られるとは思ってなかったからね……だから、もう一回さぁ」
「クソ……ッ!」
「んにゃろう……ッ!」
高々と喋り上げるダニエルに向かって、クソ、という思いが込み上げているエドワルとシマオ。
確かに、二人はそれぞれの技でもって降り注ぐ大量の矢を放つダニエルの技を破った。
しかしそれは、並大抵のものではなかった。己の力と技の全てを振り絞って放った、言わば乾坤一擲のようなものである。
それを二回も行っているのだ。二人は共に体力も魔力も、限界が見えてきていた。
「ま、まだ行けんのか、チンチクリン……?」
「あ、アホ言えノッポ。ワイはまだまだ行けるでー……」
強気な言葉を述べるシマオであるが、もうそれが強がりであることはエドワルにも解っていた。
肩で息をしており、先ほどまで力強く握っていたハンマーを持つ手も、今では震えているのが見える。
(……かと言って、俺もんな余裕がある訳じゃねぇ……)
そしてそれは、エドワルも同じであった。最早木刀を握る手に力は残っておらず、先ほどの奥義を放つ体力も残っていない。
対してダニエルには、まだ余裕がありそうなのだ。何かの間違いでこの一撃を乗り切ったとて、その次はもうない。
いや、そもそも次があるのかすら不明だ。ここで二人まとめてやられてしまう未来が、アリアリと見える。
「さあさあお立会! 今宵ここで見えますは、二人の学生の奮闘! 降り注ぐ矢の雨から、果たして彼らは生き残ることができるのかッ!?」
そんな二人を他所に、ダニエルはまるで見せ物ショーの司会者みたいに大袈裟に語っている。お客等いないというのに。
勝ちを確信し、なおかつ自身に余裕があるからこその振る舞いだ。
「さあ見せておくれよ、君たちの頑張りをさぁ。次も耐えられるのかな? その次は? その次の次の次の次の次の次の次の次のはぁ!?」
「うるっせぇんだよこのゲス野郎ッ!」
一種の挑発であるダニエルの言葉に、エドワルは吠えた。
「来たきゃ何回でも来いやぁ! テメーなんぞに負けるワイらやないわッ!」
(……馬鹿だねぇ、ホント)
シマオも続いて声を荒げていたが、それに対するダニエルの反応は冷たいものだった。




