気がつくとわたくしは
あれ、わたくし、一体どうしたのでしょうか……?
「……ああ、うん。僕が見ておくから心配しないで」
いつの間にか、ベッドに寝かされている……? 確か、わたくしは、野蛮人と踊ってから、ダニエルさんに飲み物を頂いて……。
「……良いよ良いよ。いつものアレだからさ」
そうしたら急に眠くなってきて、身体に力が入らない……。
「……そうそう。じゃ、また後でね」
さっきから聞こえているこの声は、ダニエル、さん……?
「おっ。虚ろながらに意識が戻ってきたかい? ようこそ、マグノリアちゃん。僕の秘密の部屋へ」
視界に入ってきたのは、やはりダニエルさんでしたわ。意識も徐々に、戻ってきています。
一体わたくし、どうしてしまったというのでしょうか。
「マグノリアちゃんったらダンスの後で、急に倒れたんだよ? 医者にも診てもらったけど、疲れが酷いんじゃないかって。見知らぬ土地に来て緊張してたんだね。ごめんね、そんな時に舞踏会なんかに誘っちゃって」
未だに口は動かせないのですが、ダニエルさんの説明はよく解りました。なるほど。わたくし、過労で倒れてしまったのですか。
確かに慣れない土地での行事の連続や、オトハを心配する気持ちであまり寝られていなかったのは事実です。
他の皆様にも、心配をかけてしまったでしょうか。
「……と言うのは建前だけどね」
「…………え?」
すると突然、ダニエルさんが嫌らしい笑みを浮かべました。まるで捕らえ獲物を今から捕食せんとする、ケダモノのような、その笑顔。
「悪いけど、君には一服盛らせてもらったよ。筋肉弛緩の薬だから意識はあるんだろうけど、動いたりはできないんじゃないかな? 全く僕の手を煩わせてくれちゃってさ……」
この方は何をおっしゃっているのでしょうか。わたくしはすぐには理解できませんでしたわ。
「美しい瞳、美しい髪、そして美しいその肢体……素晴らしいよ君は。君みたいな美しい人は、美しい僕のモノになるべきなんだ」
そう言いながらわたくしのお腹のあたりを指でなぞられて、わたくしは鳥肌が立ちました。
綺麗な身なりをしておきながら、その顔は醜く歪んでいます。
「僕の誘いに素直に応じてくれりゃ良いものを。おかげで薬を出すハメになっちゃったよ。ったく、僕はイチャラブが好きなんだけど……まあ、今日も昏睡プレイでいっか」
そう言ったダニエルさんは、わたくしのドレスを引き裂きました。
びっくりしたわたくしは悲鳴を上げようとしましたが、薬がまだ効いている所為か、声を出すことは出来ませんでした。
「おおっ! ちゃんと僕が指定した下着じゃないかッ! 良いね良いね、興奮してくるよォッ!」
あの卑猥な下着はダニエルさんの仕業でしたか。色々なピースがカチリとハマったわたくしはダニエルさんが……いえ、このゲス野郎がわたくしをどんな目で見て、そして今何をしようとしているのかを把握します。
このゲス野郎は、わたくしを辱めるためだけに毒を盛って拉致し、そして行為に及ぼうとしていると。なるほど、ですわ。
ああ、なんて愚かでしたのわたくしはッ!!!
わたくしにセクハラしたり、得意げにカートウッドさんを意味もなく怒鳴ったりしていた昨日の様子から、コイツのゲス加減は感じ取れたと言うのに。
「い……嫌……ですわ……」
やがて少しは効果が切れてきたのか、口を軽く動かすくらいなら喋ることができるようになりました。
必死で拒絶の言葉を並べようとしますが、まだ口が上手く回りません。
それを見たゲス野郎は、ニタニタと笑っていました。
「良いよ良いよ。昏睡プレイなら、おぼろげに意識があった方が燃えるからね」
少しくらいなら身をよじることもできるようになったため、わたくしは必死の思いで身体を動かそうとします。
しかし、わたくしの身体は、思った動きの十分の一も反応してくれませんでした。
「ああ、すべすべの足だ。太ももも肉付きが程よくて、なんて気持ち良いんだ」
「ひぃぃぃッ!」
言っている間にゲス野郎は、わたくしの足を、そして太ももを撫で、遂には揉み始めています。気色悪い言葉も相まって、全身に鳥肌が立ちます。
嫌ですわ、嫌ですわ、嫌ですわ、嫌ですわ。
どうしてこんなゲス野郎に身体を弄ばれなければなりませんの。わたくしの初めては、添い遂げる人に捧げると心に決めておりましたのに。
「い、嫌……嫌、ですわぁ……」
太ももを撫でられて抵抗できない今の状況に、涙が溢れます。
終いには頬ずりまでされていて、わたくしは血の気が引く思いでした。目から涙が溢れます。
「良いね良いね! 泣き顔も素敵だよマグノリアちゃん! 僕の見立ては正しかった! 君みたいに泣き顔まで美しい女性は、僕みたいな男に抱かれるべきだ! そうさ、世界はそう決まってるんだッ!」
何をしても喜ばれてしまうこの状況。絶望以外の何物でもありませんわ。
わたくしは必死になって身をよじりますが、ゲス野郎にちょっと押さえつけられただけで、もう動かなくなってしまいます。
「……さあて、そろそろ本番と行こうじゃないか……」
そう言って、ゲス野郎はわたくしに覆いかぶさってきます。醜い笑みを浮かべた顔が、わたくしの正面に来たと思ったまさにその時。
パキッ……。
っと、何かが砕ける音がしました。
「うん? 何か踏んだかな?」
ゲス野郎がベッドに乗せた右膝を上げてみると、そこには粉々になった殻のようなものが広がっていました。
あれは、もしかして……。
「なんだいこれ? さっきデザートに出してたシシンの実かな? それにしては殻が違うような……」
「「ここかぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」」
首を傾げたゲス野郎の言葉に被せて叫び声が轟き、同時に部屋の扉が粉々に破壊されました。
ギョッとしたゲス野郎とわたくしが顔を向けると、そこには……。
「……よーやく見つけたぜ。まさかこんな近くだったたぁなぁ」
「隠し扉かなんか知らんが、ワイのハンマーの前じゃないも同然や!」
「野蛮人……変態ドワーフ……」
そこには木刀を振り下ろした態勢の野蛮人と、巨大なハンマーを振り抜いたままの変態ドワーフがいました。
「お、パツキン見っけ……ってオイ、なんかまたエロい下着してねーかあれ!? ウヒョー」
「ホンマや! Tバックや! エロティックやわー! 眼福眼福……ってか、ワイの呼び方まだそれなんッ!? 変態ドワーフゥッ!?」
「諦めろチンチクリン。俺だってずっと、野蛮人扱いだ」
「マジでッ!? こんなピュアなワイなのに、何を間違えたらそないな呼ばれ方になるんや……?」
「初対面でパツキンのデカチチに飛び込んでいこうとした癖に、なーに言ってんだか」
「アホかノッポ! あんなお乳拝んだら飛び込みたくなるのが漢ってもん……」
「お前たちッ!!!」
そのまま漫才のようなやり取りをしていた二人に向かって、ゲス野郎が吠えます。その顔は、怒りに満ちているのが手にとるように解りました。
「部屋の扉を破壊しただけじゃなく、僕のお楽しみ時間を邪魔しやがったなッ! 僕に逆らうことがどういうことになるか、解ってるんだろうなッ!?」
「あーあーうっせぇなー、このおっさん」
「逆らうも何も、勝手にお姉さま連れてったんお前やんか。ワイらはただ、いなくなったお姉さま探してただけやで?」
片耳を指で栓している野蛮人と、キョトンとした顔の変態ドワーフです。
怒声で怯まない二人を見て、ゲス野郎は焦ったような表情を浮かべ始めました。
「い、いや! そもそもどうしてこの秘密の部屋が……?」
「ああ、それだよそれ」
怒りつつも動揺しているゲス野郎の足元を、野蛮人が指差しました。そこには、粉々になった殻が散乱しています。
「それ、ハッシンの実だぜ? どっちが割ったかは知らねーが、お陰でこの感知石が教えてくれたよ」
そう言って石を取り出した野蛮人です。そうですわ、さきほどゲス野郎が割ったのは、オトハ探しの際に使おうと思っていたハッシンの実でした。
この実を割ると独特な魔力が漏れ出し、それを野蛮人が持っている感知石で場所を特定することができます。
つまり、不用意にわたくしに迫ったゲス野郎が、墓穴を掘ったのですわ。
「なんもない壁の向こうって出た時は、ワイもびっくりしたわホンマ。しかも押しても叩いてもうんともすんとも言わんかったから……」
「後で怒られるかもしれねーけど、叩き壊してやったぜ。事実、壊さなかったらヤバそうだったみてーだしなー」
「……何事だっ!?」
「……こっちで大きな音がッ!?」
そうこうしている内に、遠くから声も聞こえてきましたわ。他の方々も異変に気がついたのでしょう。
当然ですわ。ここまで派手にやっておいて気づかれないなんてあり得ませんもの。
足音もこちらに近づいてきております。これで、わたくし達は助かったでしょう。扉(壁?)を破壊したバカ二人も、わたくしが被害者として助けようとしてくれたと言えばまだ恩情の余地もありますし。
何よりも一服盛られてここで犯されそうになったと被害者であるわたくしが声を上げれば、このゲス野郎も一巻の終わりでしょう。
証拠に加えて目撃者も残っておりますからね。
「…………」
そしてそれは、このゲス野郎も当然理解しているのでしょう。先ほどからダラダラと大粒の汗をかいています。
この状況が他人に見つかったらどうなるのか、流石のゲス野郎でも理解しているのでしょう。ザマア見なさい。
「……ふ、フフフ……まだだ……まだ手はある」
やがてゲス野郎はそう言うと、部屋の隅にあった弓を引っつかみ、矢を持っていないのにそれをわたくしに向けて……。
「あああああッ!」
「お、お姉さまァッ!!!」
「何しやがるテメーッ!!!」
わたくしの腹部に容赦なく、弦を引き絞った手にある魔方陣から現れた矢を撃ち込みやがりましたわ。
な、何ですの、これは? 強烈な痛みと共に、何かが傷口から広がっていくような……。
「げほっ、げほっ」
そんな感覚に疑問を抱く暇もなく、わたくしは血を吐きました。
尋常じゃない痛みに加えて、身体から力が抜けていくような感覚に襲われ、急激に意識が遠くなっていきます。
「マグノリアちゃんには悪いけど、呪いを込めた魔力の矢で射貫かせてもらったよ。解呪するのは、僕の持っているこの解呪石を使うしかない……」
「テメー! 今すぐそれを寄越しやがれッ!!!」
「おおっと、危ない。欲しければついてきなよ。僕に追いつけるならさァ!!!」
「クッソ、窓から逃げやがったなアイツ! 追うぞチンチクリンッ!」
「当たり前やッ! あんにゃろう、絶対に許さへんで……」
この辺りで、わたくしの意識は途切れましたわ。




