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捕まった私は


「ほら、飲みな」


「ど、どうも……」


 あれから少し経ち、私は何故か真っ裸だった女性にコップに入った飲み物を出されていました。ど、どうしましょう、この状況。


 あの後。この女性はため息を一つつくと、全裸のまま部屋中を徘徊し、「えーっと、どこ行ったかな……」と探し回った挙げ句、私の目の前でブラジャーとパンティーを身に着け、そしてその上に膝くらいまでの長さのある白衣を着て「よし」とかおっしゃっていました。


 いやあの、何がよしなんでしょうか。白衣の合間からチラチラと胸の谷間とパンティーが見えて私としてはイヤッホー待ったなしなのですが、同時にここまで恥じらいもなにもない感じだと、ああそういうものなのかな、と納得してしまいそうになります。


「熱いから気をつけてよ」


「……えっ? は、はい……」


 差し出されたのはアスミのお茶でした。確かこのエルフの里では、アスミという野菜を主食としています。


 その根っこを食べ、葉っぱはこうしたお茶になり、花は装飾品等に用いられるというまさに捨てるとこなしの野菜です。お茶の味は緑茶に近いのですが、こちらの方が苦味が少し優しいかな、といった印象でした。


 それはいいのです、それは。


「あ、ありがとうございます……え、えーっと……」


「私? フランシス=トレフューシス。この研究所の所長よ」


「ど、どうも。マサト、です……」


 言ってしまってから、私はハッとしました。名乗られたので思わず名乗り返してしまいましたが、よく考えれば今の私は潜入中の筈。


 侵入者が名前を名乗るとか、普通に考えて不味いのでは? やってしまいました。


「マサトね。じゃ、適当にそれ飲んでて。気が済んだら帰ってね」


 しかしこのフランシスさん。自分の部屋に私という曲者が入り込んだというのに、全く動じることもありません。終いにはお茶を出してもてなし、飲んだら帰ってねと言い出す始末。


 え、えーっと。通常考えられる侵入者への対応とは全く違う扱いをされて、私の動揺が全然収まらないのですが。


 思わず、私はフランシスさんに声をかけてしまいます。


「あ、あの……」


「なに?」


「……私、どうなるのでしょうか?」


「は? そんなの自分で決めてよ」


「じ、自分でって……い、良いんですか? 勝手に入った訳ですし、その、捕まったり、とか……」


「なに? あんた捕まりたいの?」


「い、いえ別に……」


「なら帰りたいんじゃないの?」


「ま、まあ、そうですが……」


「じゃ、帰りなよ。私も連絡するの面倒くさいし」


 恐る恐る声をかけてみると、このやり取りです。フランシスさん、なんと言うかこう、全然私に対して興味がなさそうと言うか、関心がないと言うか。


 遂には連絡するのが面倒とか言い始めたんですけど、この人。


 彼女に隠れてこっそり上を見てみると、キイロさんとウルさんが心配そうにこちらを見ています。


 いえ、心配そうと言うか何と言うか、向こうも座ってお茶を飲んでいる私を見て首を傾げていると言いますか。


 はい、向こうは向こうで動揺しているみたいです。


「は、はい、解りました……では、飲みましたら、帰ります……はい」


「ん」


 しかも何故か、このまま帰してもらえそうです。と、とりあえずこの部屋を出ましょう。今はこう言っているこの人ですが、なんの気まぐれで捕まえようとしてくるかも解りません。


 帰らせてくれるのなら、さっさと帰った方が良いに決まっています。


 そう思った私は、出されたお茶を一気に飲、


「熱ァッ!?」


 なんですかこれ、ヤケクソに熱くないですかこのお茶ァ!?


 思わず舌を火傷しそうになりましたが、ギリギリコップ内に吐き出すのが間に合い、少し痛む程度で無事でした。


「……だから気をつけてって言ったじゃない……舌は大丈夫?」


 すると、散らかっていた資料を読んでいたフランシスさんが、それ見たことかといった調子でため息をつきながら、こちらに顔を向けてきます。


「えっ? あ、あの……」


「なに? 舌が回らないくらい痛い訳?」


「い、いえ、その、だ、大丈夫、でした……」


「あっそ。私、お茶は熱々のが好きなの。我慢してね」


 そして私が大丈夫と言うと、また資料に目を落としました。なんでしょうか、この人。意外と面倒見が良い人なんでしょうか。


 いや、そんなことなさそうです。言ったのに気をつけなかったこちらに対して呆れているとか、そんな雰囲気が見えますもの。


 そんなことを考えつつ、熱々どころか激熱々なお茶を何とか飲みきった私。


「コップはその辺に置いといて」と言われたので、私は熱さで火照った顔をそのままに立ち上がり、側にあった机の上に置いておこうと、乱雑に積まれていた資料に手を伸ばしました。


「……ッ。オトハ、さん?」


 するとその資料に、オトハさんの名前がありました。思わず声に出してしまいます。もしかしてこの資料、オトハさんについて何か書いてあるのか?


 そう思った私が続きを読もうとすると、突如として資料が取り上げられました。取り上げたのはもちろん、フランシスさんです。


「……あんた。なんでオトハのこと知ってんの?」


「はい? え、えーっと……」


 長髪で片目が隠れているとはいえ、フランシスさんの目は私の心の中を暴かんと真っ直ぐ見据えてきていました。 


「あの子は里でも一部のエルフしか知らない筈なのよ。それをなんであんたが……もしかしてあんた。人国にいた時のオトハの男とか、そーゆーやつ?」


「い、いえ。わ、私とオトハさんはそういう関係では……」


「知り合いってのは否定しないんだ」


「あっ! そ、それは、その……えーっと……」


「じゃ、何しに来た訳? スパイごっこでもしてたって言うの? そんな訳ないわよね?」


「あ、あのですね、これは……」


「じゃ、やっぱりオトハを探しに来たんだ」


 そう言ったフランシスさんは、座りな、と私を椅子に誘導しました。現状、私に逆らうという選択肢はありません。


 と言うのも、フランシスさんが何かの魔法陣を展開し始めたからです。


 武器もなく、魔法も魔法陣を描かなければならない私では、彼女に先んじて何か手を打つことができません。


 それこそ、"黒炎解放"等、もってのほかですし、ここは大人しくしておいた方が身のためだと思います。それで状況が好転するのかはさて置き。


「はっきり言いなさい。貴方はここに……」


 その時、天井から一つの影が落ちてきました。


 けたたましい音とともにフランシスさんの背後に着地したその影には、狼の耳と尻尾が見えます。あれは、まさか。


「マサトに手を出すなッ!」


「ウルさんッ!」


 やはりウルさんでした。握りしめた拳を真っ直ぐにフランシスさんにたたき込もうとして、


「……"呪縛バインド"」


「なッ!?」


 途中でウルさんは立ち止まりました。いえ、フランシスさんが展開していた魔方陣から伸びている光のロープによって止められた、という方が正しいでしょうか。


 よく見ると光のロープは、フランシスさんの展開した手の前にある魔方陣からだけではなく、壁や天井、そして様々な物で隠れて見えていなかった床からも伸びていました。


 つまり、部屋中に張り巡らされた魔方陣のあらゆるところから伸びているのです。


 こ、こんな部屋中に一瞬で魔方陣を敷いたんですか? この人、一体どういう技術を使ったらそんなことが可能なんでしょうか。


 魔法の同時展開は高等技術だと授業で習いましたのに……これがこの研究所の所長さんの実力ということなんでしょうか。


 絡め取られたウルさんは全く身動きができないまま、フランシスさんをにらみつけています。


 振り返ったフランシスさんは、「あら」と声に出しました。


「ハーフの子じゃない。しかも魔狼と人間ね。珍しいわ」


「は、離せ! 離せよッ!」


「嫌よ。せっかく来てくれたなら、ゆっくり見させて……へぇ、純粋なハーフだと耳も四つあるのね。両方ともから聞こえるのかしら、これ? ふ~……」


「あ……ッ」


 するとフランシスさんは、ウルさんの狼の耳の方にふーっと息を吹き込みました。それを受けたウルさんが、艶めかしい声を出します。


「な、な、何するんだよッ!」


 おそらく、魔狼族の耳は人間よりも敏感な筈なので、彼女も相当感じたのでしょう。顔を真っ赤にしています。


「やっぱり敏感なのね。魔狼族は耳と鼻が良い種族だからなおさらか……そうなると人間の耳の方は……」


「ああ……ッ! や、やめろ! 息を吹きかけるなッ!」


「こっちも感覚があるのね。これ、魔狼のと人間のと、中は繋がってたりするのかしら? 奧の方は……」


「や、やだ! 指なんか入れないで! あ、あああッ!」


 ……えーっと。一体全体、何がどうなっているのでしょうか。ちょっと前までフランシスさんの裸を見て、次にヤケクソに熱いお茶をご馳走されて、その次にはオトハさんの事を知っているのかと問い詰められて。


 終いには助けにきてくれたっぽいウルさんが、耳をいじめられて悶えている姿を見せられている、と。


 チラリ、と天井の通気口の方を見てみると、キイロさんが頭を抱えていらっしゃるのが見えました。小刻みに震えているようにも見えますが、はい、なんか、すみません。


「えーっと、後は……」


「ゆ、ゆっくりなぞるなッ! あっ、あああっ、あああぁぁああぁあぁあああぁぁああッ!!!」


 知的好奇心が暴走しているのか、自分の気が済むまで耳を弄るのをやめないフランシスさんと、耳からくる快感(?)に悶え苦しんでいるウルさんを、私はただ見ていることしかできませんでした。


 いや、あの。この状況で、一体私に、どうしろと?

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