似ている二人
そうです、普通に考えておかしいですわ。
遺言状とは病や寿命等で死を目前にした方が、自分のいなくなった後のことを考えてしたためるもの。
事故死することを予期でもしていなければ、お祖父様がそんなものを用意する筈がございませんわ。
「もちろん、ジジイもそれなりに歳だったしな。いつくたばってもいーよーに、遺言状を残しておくのも百歩譲って解らなくもねーよ。だがそれを、家族でもないアイツから取り出されたのには納得ができねえ」
野蛮人のおっしゃる通りです。遺言状とは自分のいなくなった後の事を考えて、家族に託しておくことが一般的ですわ。
自分の長年寄り添った妻、あるいは子どもや孫ということもあり得るでしょう。
しかしお祖父様は遺言状という大切なものを、いくら一番出来の良い弟子であったとはいえ、言ってしまえば赤の他人に託してしまうようなことが本当にあるのでしょうか。
しかも、何十年と家族ぐるみでの付き合いがあるような方ではなく、少し前に道場に来ただけの弟子なんかに。
「……だからだよ。俺ぁアイツが遺言状を偽装して、奥義書を持ち逃げしやがったと思ってる。お陰で俺も、ジジイの残した断片的なメモを必死に読んで訓練しなきゃならねー始末だ。あの遺言状の真偽もわかんねーから、実際はどうなのかは解らねーが……」
「……そういうことでしたの」
「……だが、アイツは笑ってやがった」
実際の真偽は不明と。事の真相は明らかではありませんが、野蛮人は憎悪のこもった目で言葉を続けます。
「ジジイの葬式になって、遺産の配分があって……アイツは奥義書を受け取った時に、人知れず笑ってやがった。俺はそれを、今でも覚えてる。
アイツは、ジジイの死を……これっぽっちも悼んでなんかいなかったッ!」
そう言って、野蛮人は地面を思いっきり殴りました。その振動が地面を伝って、ベンチにまで響いてきます。
「それを見た時、俺は理屈じゃなくて感情で確信した。アイツはジジイの奥義書を奪ったと。育ててくれたジジイに敬意なんざなく、ただ役に立った人間程度にしか思っていなかったと……。
……その程度の奴にジジイの剣が奪われたなんざ俺ぁ我慢がならねぇんだよッ!!!」
「……よく、解りましたわ」
叫び声を上げて再度地面を殴りつけ、肩で息をしている野蛮人に対して、わたくしはそうお返事しました。
彼の持っている悔しさ、悲しみ。その一端に触れて、ようやくこの野蛮人という人間がどういう人なのか、少しだけ解った気がします。
「……貴方が、わたくしと似ているということも……」
「…………ああ?」
そして、彼の持つ悲しみが、わたくしの抱えているものとも似ているということも。
「んだよパツキン。似てるって、どーゆーこった?」
「以前、自分でおっしゃった癖に……わたくしの事情は、既にご存知ですわよね?」
聞いてくる野蛮人に対して、わたくしは逆に問いかけました。
わたくしが戦っている理由。裏切り者のレッテルを貼られたお父様の真実を見つけ、ヴィクトリア家を再興させるという目的。
「まあ。前に聞いた話なら、覚えてっけど……」
「それなら。その時に貴方が言った言葉も、覚えていらっしゃいますわよね?」
わたくしは真っ直ぐに彼を見て、もう一度問いかけました。
あの入学したての春の日。初めてマサトとオトハとわたくしと野蛮人の、四人でお昼ごはんを食べたあの時。
「……もしお前が親父さんの真実を見つけて、それが共通放送と同じで本当に裏切っていたとしたら、どうする……ってやつか?」
「それですわ……あの時の問いは、わたくしにとっては一番考えたくない問いかけでした」
わたくしも自分の中の考えを順番にまとめて、何処からお話しようかと考えます。
「……お父様がお亡くなりになった時、葬儀はわたくし達の家で行いました。本来、軍人として実績を積んだお父様であれば、国によって国葬が行われてもおかしくありませんでしたが……裏切り者とされたお父様を弔おうとする方なんて、身内以外おりませんでしたもの」
「…………」
野蛮人は静かに、わたくしの次の言葉を待っています。
「そうして周りからボロボロに言われ、お母様も心を痛めてお亡くなりなってしまいましたわ。その頃にはもう家にいた使用人なんかもほとんど止めていってしまって。本当に、イルマくらいしかおりませんでしたもの」
「……それで、死に際にオメーのお袋さんが、言ってたんだっけな。親父を信じて欲しいって」
「……そうですわ」
言葉を続けた野蛮人に、わたくしはそうだと肯定します。
「正直に言って、先ほどの貴方の言葉で気が付きましたわ。わたくしも貴方と同様に、感情でしか考えていなかったことを。お母様の遺言を、わたくしは信じます。つまりはお父様が裏切ったなんて何かの間違いだ、と。
……わたくしに至っては、野蛮人みたく状況証拠も何もありませんもの。だから……貴方はわたくしに似てると……そう思ったのですわ」
「……そう、だな……」
「……だからこそ。今考えても貴方のあの問いかけは、わたくしにとっては一番考えたくないものですわ。また考える余地がある貴方とは違って、わたくしはそうに違いないと決めつけているに過ぎませんもの」
そんなもの、一人で勝手にワーワー言っているのと代わりありませんからね。
「わたくしはずっと、何の支えもないままに、不安定な地面の上で、必死になってやせ我慢しながら立ち続けているようなものです。少し何かあれば、すぐに倒れてしまいそうなくらいの……貴方も、似たようなものなのではなくて?」
「……そーだな」
野蛮人は頭をポリポリとかいています。
「俺も似たようなもんなのかもな。結局、決めつけてはいるが、あの遺言状が本物の可能性だってある。俺の怒りは全部的外れで、自分がやりたいことができねーからって、死んだジジイを引き合いに出して一人でワーワー言ってるだけなのかもしれねーってことか……」
わたくしが心の中で出した例えと同じことを言われて、思わずびっくりしてしまいました。
こんな野蛮人と似ているとか、正直なところ恥ずかしい部分もございますが、しかし致し方ないことなのかもしれません。
「……野蛮人。あの時の問いかけ、もし今、貴方にしたらどう思われますか?」
「……そーだな。パツキンこそ、どう思うよ?」
二人してあの時の野蛮人の言葉を再度思い出し、今この状況でどんな答えが出るのか。
わたくし達は今一度、その問いを口に出してみます。
「もし……全てが貴方の思い込みで、キイロさんがちゃんと奥義書を、お祖父様の剣を受け継ぐことになっていたとしたら……」
「もし……共通放送の言うことが本当で、お前の親父さんが本当に国を裏切ろうとしていたとしたら……」
「……貴方は一体、どういたしますの?」
「……オメーは一体、どーすんだ?」
二人で揃って質問をし、二人で揃ってうつむきました。それはお互いにとって、最悪の想像です。
自分の信じてきたことが全て間違いであり、そのために奮闘してきた今までの何もかもが水の泡になってしまうのですから。
「…………」
「…………」
そのまま少しの間、互いに口を開くことができずにいました。
静かな夜となり、風の吹く音だけが耳を通っていきます。たまに揺れる木々のざわめきが、酷くうるさく聞こえるくらいでした。
「…………帰るか。冷えてきたし」
「……そう……ですわね」
結局はお互い、何も言い出せないままに帰ることになりましたわ。
流石に夜もふけてきてしまい、灯りが点いている建物がほとんどありません。一体どれくらいの間、話し込んでしまっていたのでしょうか。
「……今度、酒モドキでも飲もうぜ? なんかこう、無性に飲みたくなったわ」
「そう、ですわね……お誘いということは、奢りですわよね?」
「うっへ、マジかよ。たけーやつは勘弁な……」
そんなやり取りをしつつ、わたくし達は宿に戻っていきました。
互いに胸の内に湧いた悲しい仮定に、答えを出すことができないままに。




