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顔を貸しなさい


「野蛮人。顔を貸しなさい」


「……んだよ?」


 キイロさんという方とお会いしてから翌日。夜になった時にわたくしは野蛮人を呼びつけましたわ。


 あの日の後、また後日に行われるオトハの救出作戦にわたくし達も参加することにはなったものの、野蛮人だけが面倒くさそうな態度を取っておりましたので、声をかけたのですわ。


「一体なんだってんだよ。嬢ちゃん救うの明日なんだろ? こんな時に夜ふかししてていーのかよ?」


「別に問題ありませんわ。少しくらい夜が遅くなったところで、わたくしが全力を出せないとでも?」


「そーゆー問題じゃねーと思うんだけどな」


 わたくし達が寝泊まりしている宿から出て、少ししたところに広場があります。


 月明かりが煌々と照らされている中、そこに呼び出した野蛮人はグチグチと何かを言っていましたわ。男の癖に情けないこと。


「そんで、何か用かよ? 俺ぁ別にパツキンに対して特に用事は……」


「あのキイロさんという方について」


 その瞬間。野蛮人の眉がピクリと動いたのをわたくしは見逃しませんでしたわ。


 先ほどまでの面倒くさそうな感じではなく、静かではありますが、怒りのようなものを感じます。


「……アイツが、どうかしたのかよ? なんか嫌がらせでも受けたのか?」


「いいえ別に。ただわたくしは、貴方からも話を聞きたいと思いまして」


 一言目に嫌がらせされたのかが出てくる辺り、野蛮人があのキイロさんを相当嫌っていることは解りましたわ。


 わたくしが聞きたいのは、その詳細。


「向こうからは、お祖父様の奥義書を受け取れなかった野蛮人が一方的にキイロさんを恨んでいると、そう聞きました。しかし、昨日の貴方の様子では、ただそれだけではないような気がしました」


「……お得意の勘か?」


「ええ。わたくしの勘が、そう言っているのですわ」


 オトハの時にも、わたくしは自分の勘を信じきれずに彼女を行かせてしまい、結果としてこのような事態になってしまいました。


 だからわたくしは、自分の勘を今一度信じてみようと。少しでも反応したのであれば、疑わずに行動してみようと、そう思ったのです。


 その手始めが野蛮人、貴方についてですわ。


「いくらわたくしの勘が働いたからと言って、詳細までは解りません。ただわたくしは、あのキイロさんのお話を聞いて、それだけではないと感じたから貴方を呼び出したのですわ」


「…………」


 野蛮人はまるで迷っているかのように視線を泳がせています。


 それはバレたくない事がバレそうになっている等の焦りではなく、本当に話して良いのかと逡巡しているかのようでした。


「……わたくしなんかに話したくないのであれば、またマサトや変態ドワーフにでもお話ください。ただわたくしは、勘が働いたから聞いてみたいと、思っただけですので」


 その様子を見たわたくしは、野蛮人はこちらにお話してくれないのかもしれないという懸念でしたわ。少しは付き合いが長くなってきたとはいえ、わたくし達は所詮は他人でありしかも異性です。


 度々やり合ってきたわたくしなんかよりも、同性である変態ドワーフや、それこそ同じ部屋のマサトなんかの方が、心象的に話しやすいかもしれませんもの。


 そうして歩き出そうしたわたくしに向かって、野蛮人が口を開きました。


「……別におもしれー話じゃねーぞ?」


「……それはお話いただけると。そう捉えて構いませんか?」


「……座れよ」


 促されたわたくしは、近くのベンチに腰掛けました。野蛮人も座ってくるのかと思ったら、彼はわたくしの目の前の地面にあぐらをかいて座りました。


 腰掛けないのかと聞いたら、俺はここでいい、と返されたので、まあいいでしょう。


「……アイツは、間違いなく天才だった」


 やがて野蛮人は、重々しく口を開きました。


「俺も途中から疎開してきたから、詳細なんざ聞いた話でしかねーんだが……元々アイツは親に連れられてきた奴で、いじめられっ子で臆病な子どもを強くしてやって欲しいと道場に来たんだとよ。

 後から俺が来た時も、年上の癖におどおどしてやがったし、周りにも親に連れられてなんて奴はいくらでもいたから、特に気にもしてなかった。そーゆー奴は、少しやっただけでくじけていなくなるってのが定番だったからな……だが、アイツは違った」


 順番に思い出しているのか、野蛮人はいつもよりゆっくりと話しているように感じました。わたくしもしっかり聞こうと、耳を傾けます。


「アイツはずっとやってやがった。ジジイの話を聞き、ひたすらひたすら辛抱強く稽古を続けていた。その成果もあってか、最初は真っ直ぐ剣を振ることすら覚束なかったアイツが、気づいたら丸太を真っ二つにする程に成長してやがった」


「……それ、どれくらい経ってからのお話ですの?」


「……具体的には覚えてねえが、そんなには経ってなかった筈だ。それで、ジジイも嬉しくなったんだろうな。才能ある者が来てくれたって。どんどん教えていくジジイに対して、それをどんどん吸収していくアイツ。

 ……ふと気づいたら、アイツは道場で最強になってて、まともに勝負できるのはそれこそジジイしかいなくなっちまった」


 あの見た目と喋り方からは想像もつきませんが、キイロさんも間違いなく天才と呼ばれるような方なのだと解りましたわ。


 道場でその師範代の方しかまともに勝負ができない等、尋常ではない強さです。


「そうなっちまった時……アイツは変わった」


「変わった……とは?」


「……言っちまえば、態度がデカくなったんだよ」


 そう口にした野蛮人は、ふん、と鼻を鳴らしました。態度が、大きくなったと。


「……でもそれって、喜ぶべきことではありませんか? 元が気弱だった方が、強くなって自信を持てたと。良いことではありませんか」


「そんな真っ当なもんじゃねーよ。アイツはおどおどしながらも、俺らに対してあーだこーだと命令するようになり、それに応えなければ剣を振るってくるようになったんだ……。

 つまりは、元々いじめられてた自分がされたことを、関係ねー俺らに対してやり返し始めやがったのさ」


 相当嫌な思い出なのでしょう。そう喋る野蛮人は顔をしかめており、ケッ、っと吐き捨てるような言葉も口にしています。


「自分の腕があれば何をしても許されると、強い奴が正しいと、アイツはそう言ってやがった。はっきり言っちまえばクズだったよ、アイツは。お陰で、ウチの門下生はアイツの陰湿なやり方に嫌気が差して、やめる奴も出てきた。戦争の徴兵ってのももちろんあったが、いなくなった奴のうち半分くれーはアイツの所為だよ……。

 その頃はちょうど剣が捨て始められた時期だったから、ジジイはジジイで研究に勤しんでばっかで道場をアイツに任せっきりになってたから、アイツのやり口を全く知らなかったんだ」


「……そうして、その内にお祖父様がお亡くなりになった、と……」


「そうだ。ジジイからしたら、一番つえー弟子がクズ人間だって知らないままに逝ったから、ある意味幸せだったのかもな。そしてジジイが死んだ後……アイツがあれを取り出しやがった」


 あれ、と野蛮人がおっしゃいました。何でしょうか、あれとは。


「……ジジイの遺言状だ」


「……あ」


 そう言われて、わたくしは思い出しましたわ。


 あのキイロさん、野蛮人のお祖父様の遺言状に従って、自分が奥義書を伝承することになったと、そうおっしゃっていましたわ。


「その遺言状によれば、お祖父様はキイロさんに奥義書を継がせるという内容があったと……」


「ああ、確かにそう書いてあった……だが、おかしくねえか?」


 おかしいとは思わないかと、野蛮人はわたくしの方を見てきましたわ。


「おかしい、とおっしゃいますと?」


「ジジイは軍事衝突に巻き込まれた際に、俺を庇って死んだ。つまりは事故死だ。なのにどうして遺言状なんかが用意されてんだ?」


「ッ!?」


 わたくしはその瞬間、ビクッと身体が反応しましたわ。

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