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囚われの彼女


「起きろ、時間だ」


 乱暴な声と共に、オトハは目を開けた。顔を上げてみると、自分を監禁している部屋の扉が開いており、いつも来る見張りの男性エルフが、弓矢を構えたままそう口にしていた。


 従わなければ撃つ、と言わんばかりだ。


「…………」


 その様子にもすっかり慣れてしまった彼女は、何も言わずに起き上がると、トボトボと彼の元まで歩いていく。


「今日の飯だ。歩きながら食え。到着したらすぐに、今日の儀式を始める」


「…………」


 渡されたのはアスミの根っこが二本のみ。飲み物はなかった。


 このアスミという植物は、エルフの里近くで栽培されている野菜の一種で、煮たり焼いたり、そして洗えば生でも食べられる非常に汎用性の高い野菜だ。


 栄養価も高いため、エルフ達の主食でもある。そんなアスミの根っこを調味料もなしにかじりつつ、オトハは思い返す。


 ここに連れて来られてから、もうどれくらい経っただろうか。


 あの日。嫌な予感がするというマグノリアの言葉を無視して、オトハは飲み物を買いに部屋を出た。


 飲み物が売っているお店は女子寮からすぐ側にあり、女子寮に住む学生がよく利用しているところだったため、大事もないだろうと思っていた。


 ならば一緒に行くと言ったマグノリアを、オトハは考えすぎだとして断り、女子寮を出たところで、突如として覆面の男性数人に取り押さえられた。


 突然のことに驚いた彼女だったが、何が起こったのかも把握できないままに何かの薬をかがされ、意識を失った。


 次にオトハが目を覚ました時には、目の前に一番会いたくなかった人物達が勢揃いしていた。


「「「おかえり」」」


 オトハはその光景に、目を見開いた。嘘だ、と目の前の景色を信じられずにいた。信じたく、なかった。


「……オトハ。生きていてくれて、本当に嬉しかったわい」


「身体は特に異常はなし、と。良かったわ、面倒がなくて……」


「まあまあ。愛しの愛娘が帰ってきたことを、まずは祝いましょうではありませんか。元気にしてたかい、オトハ? ああ、コードが付いているね。魔国では大層、辛い思いをしたんだろう……」


 実の祖父、母親、そして父親との再開である。口々に話す彼らの言葉は、久しぶりに会えた肉親に対する一般的な言葉と何ら変わりはない。ここまでは。


「……さあ。エルフの里の為に、ワシらの為に第二神の生贄になるのじゃ。その為の準備は、まだまだあるぞ」


「……さっさと勉強するわよ。前に教えた内容、まさか忘れたなんて言わないでしょうね?」


「君の部屋はそのままにしてあるから、安心していいんだよ。あれ、掃除とかしてたっけ? まあいいや。おい誰か、僕の娘を前の部屋に連れてって。お祖父様がお急ぎだからね」


「~~~~~~~~ッ!!!」


 そして次にかけられた言葉で、オトハの表情はまるでこの世の終わりであるかのようになった。


 嘘だと思いたかった。悪い夢だと信じたかった。わたしの悪夢はもう終わったんだと。


 マサトや他のみんなに会って、楽しく学校生活をしていたんだと。このままそれが続いていくものだと……信じていたのに。


 目の前にいる人物。そして周囲の光景。それは、自分が嫌で嫌で仕方がなかったあのエルフの里に戻ってきてしまったんだという現実を突きつけてくるのには、十分なものであった。


 事実を再確認して、彼女は絶望した。悪夢が、ただいま、と言って帰ってきたのだ。


 それからのオトハの生活は、あの日々の焼き直しだった。


 決められた時間に起こされ、適当な食事を渡され、学べと封印や解呪やその他の魔法について強制的に教え込まれ、やることやったら後は好きにしていろと言わんばかりに放っておかれる。


「……~ッ! ッ!」


 回想から戻ってきたとしても、現実は変わっていなかった。目の前の男性エルフの後ろを、自分はただ言われるがままに歩いている。


 そんな現実を再確認したオトハの目に、不意に涙が溢れた。手に持っていたアスミを根っこに、とめどなく涙がこぼれ落ちていく。


「泣くなッ!」


「ッ!」


 そんな彼女の顔に張り手が飛んだ。前を歩いていたエルフがそんなオトハの様子に気づいて、手を上げたのだ。


「泣かれると後で色々言われて面倒なんだよ! お前は大人しくこっちの都合を聞いてろ! 余計な仕事増やすんじゃねぇッ!」


 ぶたれた拍子に二つのアスミの根っこを床に落としたオトハは、それらを拾い上げつつ涙を拭った。


 まだ気持ちは落ち着いてはいなかったが、これ以上ぶたれたくないとも思い、彼女は必死にあふれる涙を抑え込んで、頭を下げる。


「ふんッ! わかりゃいいんだよ。わかったらさっさと歩け」


「…………」


 涙を溢さまいと、オトハはアスミの根っこをかじった。何かしていないと、悲しみに飲み込まれてしまいそうであった。必死になって根っこをかじりつつ、彼女は考える。


 あるいはエルフの里から逃げ出さなければ、こんな思いをしなくて済んだのかもしれない。自分に良くしてくれる誰かと一緒にいる心地よさを、仲良くできるみんなと一緒であるという安心感を。


 そんな暖かさを知らなければ、自分は今、こんなに苦しんだりしなかったのだろうか。


 ずっとここに居れば、それがやがて当たり前となり、何も感じないままにいられたのだろうか。あの時に一念発起して、魔族に捕まるように仕向けなければ。


 そうでなくても、捕まった魔族の元で奴隷として生きていれば……みんなに……マサトなんかに、出会わなければ……。


「…………」


 そう思った自分の心に、オトハは自分で否と思った。


 違う。違う。そんなことは決してない。わたしは、みんなに出会えて……マサトに会えて……。


(……本当に、嬉しかった……)


 それは偽らざるオトハの本心であった。彼女が出会ったみんなは、とても良い人ばかりだった。出会わなければ良かったなんて、やはり思えない。


(……初めての女友達のマギーさん。ちょっと不安なこともあったけど。いつもなんでも無いことを話して、相談して、笑って……煽られると弱いのが玉に瑕で……)


 あの満面の笑みで話しかけてくれる彼女の姿が、威勢の良い彼女の笑い声が、今でも頭に残っている。


(……恋敵のウルちゃん。同じ人を好きになって、それでも仲良く話し合って、時にはバチバチに牽制し合って……気を抜くと抜け駆けしそうだから油断できなくて……)


 飄々としつつも虎視眈々と勝機を狙っている彼女との語り合ったあの時を、ゆっくり思い出す。


(……エド君。悪い評判があるのに、話してみると意外と優しくて……不器用な彼の気遣いにたまに気づいたりすると、ほっこりして……)


 悪ぶっていそうで意外と面倒見が良く、実は自分のやりたいことに真っ直ぐなだけの彼の姿が目に残っている。


(……シマオ君。みんなを楽しませようと率先して騒いでくれて……スケベ全開だけど、どこか憎めなくて……)


 みんなを巻き込んで楽しげにわいわいとやっている彼の印象は、なかなか忘れられない。


(……そして……マサト)


 そしてオトハが一番最後に思い出したのは、もちろん彼のことであった。


 彼女にとって何にも変えられない、初めての人。自分を助けてくれた、バカでスケベでお人好しな彼。


 少しでも放っておくと何をしでかすか解らなくて、とても目が離せないなぁなんて思って。普段はそんな調子なのに、たまにこちらをドキッとさせてくるような一面もあって……。


(…………会いたい……)


 やがてオトハは建物を出ると、籠に乗るように言われた。このまま儀式を行う実の母親の研究所へと連れていかれる。その後はそこで呪いや解呪、その他の魔法の勉強だ。


 それが終われば屋敷に戻されて自由時間となるが、結局はあの部屋に戻されて放っておかれるだけであろう。


 彼女が乗り込んだ籠は、内側から外が見えないだけではなく、中に居る者の魔法を封じる"封魔障壁キャンセルドーム"、そして音が漏れないようにと"無音"の魔法が施されている。


 もちろん籠自体も頑強に作られており、内側から力づくで破ることは容易ではない。普段は罪人なんかの輸送に使われているような代物だ。


 つまりこれに乗り込んだ時点で、彼女は中から無理やり開けることも、魔法を使うことも、そして助けを呼ぶことすらできない。"無音"は彼女が覚えた魔導手話ですら通さない効果があるからだ。


 小さな檻とも呼べるそれに乗り込み、籠が動き出した時点で、彼女はもう一度思った。


(……会いたい、よ……マギーさん……ウルちゃん……エド君……シマオ君……)


 ここなら泣いていてもバレることはないと思い、オトハは我慢していた涙を解放した。ボロボロとこぼれてくるそれを、もはや拭うことすらしない。


 座ったまま、拳を握りしめたまま、彼女は泣いていた。


(マサト……)


 もう一度、彼の名前を思う。


(マサト……マサト……マサト……マサト…………)


 繰り返し繰り返し、彼の名前を思う。


(……お願い……もう一度だけ……もう一度だけで、いいから……)


 人に担がれて運ばれているためにゆらゆらと揺れている籠の中で、オトハはもう一度願った。


(…………助けて……マサト……)


 その時、オトハを載せた籠は、人国から短期留学のために来ていた学生達の集団の前を通り過ぎた。

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