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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢の加速装置

作者: しろ

 俺の元にあるものが届いた。


 俺の名前は村上京也(むらかみきょうや)。一人暮らしの高校1年生だ。名前負けしている自覚はある。見た目はチビでガリだ。スクールカーストは一番下。成績も中の下で、これといって秀でた能力は何一つ無い。


「クソ……何で俺ばっか」


 俺は自分に腹を立てていた。現状に不満を持ちながら、変わろうとしない自分。心のどこかで、自分の限界はここなのだろうと決め付けていた。


 ピンポーン


 インターホンが鳴る。現在の時刻は夜9時。こんな時間に一体誰が訪れてきたのだろうか。

 俺はソシャゲの画面の映ったスマホを机の上に置き、玄関へと向かった。


「チッ……はーい」

「宅急便でーす。こちらにサインをお願いします」

「は、はあ」

「あざっしたー」


(俺なんか頼んだっけ? あ、そうだ。新しいヘッドフォンポチってたな。でも妙だ。確か明日だった筈。でもサインに違和感を持たれなかったし、ヘッドフォンで合ってるか)


「一日早く手に入るなんてラッキー。よし、早速性能をば…………は? 何だこれ」


 段ボールを開いて出てきたのはヘッドフォンではなく、妙な形状のヘルメットだった。


「おっかしーなぁ……俺がポチったのはヘッドフォンだと思ったんだが…………ん?」


 俺は段ボールの中に入った一枚の紙に気がついた。そこにはこう書かれていた。


『貴方は加速装置の資格者に選ばれました。無料でこの加速装置を提供させていただきます。使い方はこの紙の裏面に記載しております。どうぞ、思う存分加速してください』


 俺は新手の嫌がらせだと思ったが「無料」という言葉に警戒心を解いた。

 俺は一通り紙の裏側を読み、使い方を理解した。


 使い方は大体こんな感じだ。ヘルメットを被り、右側の電源ボタンを押す。すると思考能力、動作速度が2倍になる。ヘルメットの左にある突起──ダイヤルを前方に捻ると加速倍率が上昇、後方で減少。ヘルメットの額部分に取り付けられた横長のボタンを押すと思考能力のみの加速となり、加速効果が10秒継続する。


 何だこれ。本当にこんな事が可能なのだろうか。俺はヘルメットを被り、冗談半分で電源ボタンを押した。


 ギュウン……!


(何だ⁉︎ 何が起こった⁉︎)


 脳に感じる違和感、そして身体中に走る小さなピリピリとした痛み。俺は部屋の時計へと視線を移した。


(嘘だろ……2秒数えないと針が進まない!)


 俺はテレビのスイッチを入れた。テレビの画面が表示されるまでいつもの倍の時間かかった。

 そして表示されたのはニュース番組。スロー再生状態。このテレビは買ったばかりだ。故障でも何でもない。


(すげえ……本当に加速してるんだ。これは使える、使えるぞ……!)


 俺は電源を切り、携帯ゲーム機の電源を入れ、音ゲーを起動した。曲が始まった直後、俺はヘルメットの電源を入れた。

 ノーミスだった。クリア出来そうにも無かった曲をノーミスでクリアしてしまった。


(やべえ、やべえよこれ!)


 俺は本棚に収納された小説を1冊取り出した。そしてダイヤルを回し、5倍にして読んだ。

 小説を読み終わり、ヘルメットの電源を切る。そして時計に目を移すと経過した時間はたったの15分。


(すっげ……本物だ)



 それからというものの、俺はヘルメットを使いまくった。そのうちヘルメットの限界も理解出来てきた。

 まず、身体の速度を加速させるのは5倍が限界という事だ。6倍以上にすると身体中に激痛が走り、とても動けたものではない。

 次に、思考加速能力の限界は約60倍。これ以上にすると脳に激痛が生じる。全然辛くない程度の加速ならば40倍が目安。

 最後に重力や摩擦力の問題だ。いくら加速出来るとはいえ、重力や摩擦力は上がらない。だから陸上選手よりも速くは走れない。



 俺は色々な用途で使用した。学校に行きたくない時、ヘルメットを被って思考を30倍に加速する。体感にして5分程度ボーッとしているだけでもかなり楽になる。実際に経過している時間は10秒なのでとてもありがたい。

 テスト勉強の際には、2倍に加速した状態で動画を倍速再生して一度楽しんだ後、教科書を開いて思考を40倍にする。10秒が6分40秒に化けるのでたっぷり勉強出来る。


 人前でヘルメットを被るわけにもいかないので、家の中や学校の人目に付かない場所でしか使えない。それに結局自分で勉強しなければならないのであまり得をした気分にもならない。

 だが、このヘルメットは俺の人生を大きく変えた。成績は常に学年10位以内に入り、オンラインゲームの大会でも優勝した。賞金で新しいゲームも買ったし、少し高い料理店に行く事も増えた。俺は満たされていた。


 だがある日、体に違和感を感じ病院へ向かうと、俺はある病に侵されていると診断された。癌だった。俺はまだ成人にもなっていないのに癌を患ってしまったのだ。

 俺はあまりのショックに60倍に加速し続けた。何故、どうして。俺の頭にそんな言葉が浮かび続け、遂には半日加速し続けていた。体感にして1ヶ月。


 俺はこれから入院し、苦しみながら癌治療を続けていかなければならない。髪の毛も抜けてしまう事だろう。だが、早急に対処すれば死ぬ事は無い。髪の毛だってすぐに生えてくる筈だ。


 俺は入院した。


 抗癌剤が投与されるとすぐにハゲた。どうしようもない程の吐き気と目眩で酷く苦しんだ。

 加速は役に立たない……と思ったが俺はある事を思いついた。ダイヤルを逆に回すと早く時間が過ぎるのでは無いかと重い、俺は実行した。結果は成功。加速倍率を0.2倍まで下げる事が出来た。

 俺は看護師や家族が入室する時間以外の殆どを0.2倍速で過ごした。すぐに3ヶ月が過ぎ、癌の治療が完全に終わった。


 俺は暫く実家で過ごした後、学校に復帰した。長く休んではいたものの特例で退学にはならなかったようだ。


 そして時は流れ高校を卒業し、俺は会社に入った。普通のデスクワークの会社だ。オフィスは磨りガラスの隔があり、隣の人と普段は顔を合わせる事が無い。俺にとってこの環境は最高だった。

 俺はヘルメットを被って加速し、仕事をさっさと終わらせると終業時間まで0.2倍速でネットサーフィンして過ごす。午前中に仕事が終わり、すぐに定時が訪れ、帰る事が出来る。家に帰れば加速してゲームの腕を磨いたり寛いだりする。


 そんな生活を3年余り続けた。


 俺は出世し、貯金も大幅に増えた。だが会社の収入よりゲームによるの収入の方が圧倒的に多かった。

 俺は悩み続けたが1年間会社に残り、その後本格的にゲーマーとなった。様々なゲームをプレイし、ガンガン稼いだ。だが決して人前に出る事は無かった。



 ある日俺は重大なミスを犯した。よそ見をしながらダイヤルを弄ったせいで加速倍率を600倍に設定してしまい、そのまま加速。激痛を超えた痛みが俺を襲った。


(ぐああああああああああぁぁっ!!)


 だが加速は止まらない。現実時間での10秒が経過するまで絶対に止まらない。体感時間にして100分。俺はこの地獄を100分間味わった。


「あ……あ、あぁ………」


 俺はどうにかなってしまいそうだった。ここに来て加速装置の恐ろしさを味わってしまった。

 俺は加速装置を使わなくなった。その結果、ゲームでの腕はガタ落ちし、収入もなくなった。



 40歳となった今でもこの加速装置は使っていない。俺にはもう加速装置を使う勇気は無い。もうあんな地獄は嫌だ。


 60歳になった俺の貯金はそろそろ底を尽きかけていた。ゲームも変わりまくり、加速装置を使ったところでどうにかなりそうになかった。


 80歳を迎えた。貧しい暮らしを続けてきた。俺はこれまで一度も結婚する事も無く、アニメを見たりネットサーフィンしたりして人生を過ごした。


 85歳。死を予感した。身体はもう殆ど動かない。死ぬのが嫌で俺は最後の力を振り絞ってヘルメットを被った。


(あれ……どうやって使うんだったかな)


 俺は62年前の記憶を頼りにダイヤルを回した。


(回した分だけ長い時間を経験出来るんだったな……お、これ以上回らんな。20000倍がダイヤルの上限だったのか)



 俺は電源ボタンに手をかけ──後悔した。

 この小説を見て何かを感じていただけたなら幸いです。

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