第89話 錬金術師は力を使う
「ぐ、ぅ」
伯爵が小さく呻いた。
ナイフは鎧を貫いて腹に刺さっている。
刃先が砕けているが、私の膂力で無理やり押し込んだのだった。
柄を捻ると、体内を抉る感触がした。
直後、伯爵が動かない腕を叩き付けてくる。
遠心力を乗せた一撃は鞭のような鋭さを持ち、私は軽々と吹き飛ばされてしまった。
勢いよく床を転がった末に壁に衝突する。
弾みで吐血した私は、折れた腕を一瞥した。
妙に呼吸がしづらい。
見れば脇腹が陥没している。
肺が潰れたのだろう。
魔弾を握る小さな手もへし折れて痙攣していた。
(あの怪我でまだ戦えるのか)
私は立ち上がろうとするも、その前に伯爵が突進してきた。
魔弾で燃える片腕を振りかざして追撃を試みてくる。
姿勢的に回避できない私は拳を突き出したが、横薙ぎの短剣によって切断された。
手首から先が宙を舞うのが見えた。
返す刃が私の首筋に叩き込まれて、皮膚に食い込んで切り裂く。
硬い感触は骨に当たっているのだろう。
伯爵の腕力によって、首が斬り離されようとしていた。
(不味い)
私は手首から先がない腕を持ち上げると、体内で生成される魔力を放出した。
刹那、伯爵に付着した私の返り血が蠢いて、次の瞬間には無数の棘となる。
それらが彼を引き裂いた。
「……っ」
伯爵が目を見開いてよろめく。
硬質化した棘の血は、彼の首筋や肩を抉っていた。
強固なはずの鎧すらも貫通している。
魔術的な防御を無視しているようだった。
私の首に刺さった短剣も動きが鈍る。
傷口から噴く鮮血が凝固し、刃を押し出しているところだった。
生存本能が勝手に働いているらしい。
私はぐらつく首を押さえて立ち上がる。
(意外と上手くいったな)
今のは血を操る吸血鬼の能力だ。
館までの道中で使えそうな兆しがあったが、成功したのは初めてだった。
死闘の中で変貌の加速し、それに伴って能力も開花したのだろう。
一方、伯爵が血の棘を短剣で破壊し、素早く飛び退いて距離を取った。
これ以上の負傷を避けたかったようだ。
「…………」
私は切断された腕の断面を注視する。
そこから噴き出す血が沈静化して赤い糸の束となった。
伸びた糸は床に転がる手首から先と結合すると、引き寄せるようにして癒着する。
試しに指に意識を向けてみる。
問題なく動かすことができた。
今の一瞬で神経まで繋がったらしい。
(いよいよ死ぬ気がしないな)
私は半ば切断されたはずの首に触れる。
短剣による傷も、既に大部分が塞がろうとしていた。




