第79話 錬金術師は訝しむ
館内に入った私達を迎えたのは豪華な玄関だった。
埃一つ落ちておらず、整然としている。
適度な装飾によって調和が為されていた。
この光景だけで芸術作品として成立しそうだ。
玄関付近には使用人達や兵士がいるも、彼らはこちらを一瞥するだけだった。
すぐに視線を戻して粛々と自らの仕事に没頭する。
微かな動揺も見せずに働いていた。
(操られている気配はない。これは……主人への信頼と忠誠心か?)
私は彼らから感じられる心の動きを読み取る。
具体的な思考まで察知できるわけではないが、なんとなく理解することはできた。
少なくとも魔術で強制的に動揺を封じているわけではないらしい。
無視される状況をどう思ったのか、テッドは愉快そうに進み始める。
「へぇ、本当に仕掛けてこねぇのか。まるで客人扱いだな」
「…………」
私は腰に吊るした精霊銃に触れて、各種魔弾を装填する。
いつでも撃てるように準備しておいた。
さらに小さな小瓶も用意する。
これは道中で配合した薬品で、テッドの助言を聞きながら生成した劇毒である。
投擲して中身を散布させるための武器だった。
今のところは使うつもりはないが、いつでも放てるようにしておくべきだろう。
一方でテッドは、すれ違う使用人と兵士を見ながらナイフを弄ぶ。
「これで手出ししたら、一体どうなるんだろうな。さすがに戦いになるのかね」
「無意味な殺しだ。わざわざ挑発することもない」
「分かっているさ。ただの冗談だ」
テッドは首を振って笑う。
彼は使用人の運ぶパンを掠め取り、仮面をずらして齧り始めた。
使用人は何でもないかのように素通りするも、微かな苛立ちを覚えている。
それを感じさせない振る舞いだった。
「なあ、伯爵は何を考えていると思う?」
「おそらくは余計な被害を抑えたいのだろう」
配下に防衛を命じたとしても私達は止められない。
逆に大量の人間が死ぬだけだ。
だからあえて素通りさせたのだと思われる。
その一方で、伯爵は私達を止められる自信があるのだろう。
推測を伝えると、テッドは手を打って大笑いする。
「はははは! そいつは良い! 伯爵はよほどの自信家らしい。たぶん間違ってないぜ。あの性格だから納得できる」
「伯爵の人柄も知っているのか」
「何度か雇われた時に話をしたからな。自信に満ち溢れた武将って感じだった」
テッドの話を参考にするなら、伯爵は相当な武人らしい。
彼ほどの暗殺者が敵わない上に、警備を放棄して私達を招き入れた胆力。
この吸血鬼の身体を以てしても、慢心は禁物であった。




