第5話 錬金術師は復讐の準備を進める
私が最寄りの街に着いたのは、翌日の夜明け頃であった。
ここまでほとんど止まらずに進むことができた。
人間の時なら三度は休息を挟んでいたろう。
現在は少しも息が切れておらず、基礎体力の向上を実感させられる。
私は朝日を受けながら街の門へと近付いていく。
ちなみに日光を浴びても灰になるようなことはない。
そういった伝承はあるものの、実際は少しだけ眠くなるだけだ。
体調不良と言えるほどではなかった。
低位のアンデッドは聖魔術や日光に弱く、いずれの弱点でも灰になる。
一方で吸血鬼はアンデッドだが、中位から高位に分類される。
聖魔術はまだしも、日光に関しては体質的に克服していた。
日光に弱いという話は、低位のアンデッドと混同された結果なのだ。
街の門は開放されて、住民が自由に出入りしている。
辺境では珍しくもない光景だ。
近くには兵士もいるが、止められることは滅多にない。
私のように血の付着した衣服でも素通りできる。
傭兵や猟師といった者達が武装していることは不思議なことではなかった。
仕事中に傷を負って出血したり、返り血で汚れることもある。
だから私の格好も周囲に溶け込んでいた。
久々に訪れた街は活気付いている。
誰もが明るい顔で生活を謳歌していた。
後ろ暗い事情を抱えた私には眩しい存在である。
早歩きで進む私は、通りの店を巡って買い物をした後、適当な安宿の一室を確保した。
以前とは違って体力的な疲労はないものの、気疲れは無視できない。
ここまでずっと歩き続けてきたのだから、少しだけ休むべきだと考えたのだ。
本音を言うなら、すぐにでもレドナリア商会の視点へ向かいたい。
しかし、だからこそ冷静になった方がいい。
行動にあたって色々と準備も進めておきたかった。
(まずは処置しておくか)
私は背嚢を開いて、中からナイフを掴み出す。
それで自らの脇腹を切り開くと、無造作に指を突き込んだ。
「むっ……」
不快感と痛みを我慢する。
手探りで体内の硬い感触を見つけて掴み、無理やり外へ引き出した。
血に塗れたそれは鉛の塊だった。
正確には散弾の集合体である。
体内に残留していたものが一つに固まったのだ。
(こんなものが体内で出来上がるとは……)
何かの文献で見たことがある。
吸血鬼は身体操作を得意としており、その一環として体内の異物を処理する能力を有するそうだ。
こうして弾丸を一カ所に集めて取り出しやすくする術である。
身体操作が上手くなると、受けた弾丸を撃ち返したり、異物を魔術的に分解して肉体を復元する材料にできるらしい。
もっとも、私はそこまで熟達していない。
自然に集合した異物を取り出すのが精一杯だった。
ただ、幾度も戦闘をこなすことになるので、いずれこの特性を使いこなせるようになるべきだろう。
仲間のいない私は、あらゆる部分を己で賄わねばならない。
私は摘出した鉛の塊を床に転がして捨てる。
その間に脇腹の傷は塞がりつつあり、眺めているうちに完治する。
再生能力もしっかりと機能していた。
よほどの致命傷を受けない限り、死ぬことはなさそうだ。
私は戦いの素人だ。
不死性があるのは心強い。
妻の置き土産に感謝しつつ、私はいくつかの準備を進めるのであった。