第4話 錬金術師は手がかりを得る
私は古傷の男を木陰に運び込む。
男は抵抗しようとするも、些細なものに過ぎなかった。
今の彼と私では膂力に絶対的な格差がある。
つい半日ほど前までは貧弱だった私だが、吸血鬼となったことでこうも変わるとは驚きだった。
「てめぇ、なぜ生きている!」
「一度は死んだ。そして吸血鬼として生き返った」
「な……ッ!」
「私の話はどうでもいいだろう。それより大切なことがある」
男の疑問を受け流した私はその場に屈むと、表情を変えずに質問を始めた。
「妻の遺骨をどこへやった」
「だ、誰が言うかよ……」
「そうか」
私は頷いて、片手の親指を立てた。
散弾に引き裂かれた男の太腿に突き込み、力を込めてねじ回す。
傷口がさらに抉れて出血が酷くなった。
男は目を剥いて悶絶する。
「ぎぃ、あ……ッ!?」
「答えなかった罰だ。遺骨の行方を吐かない限り、何度でも行う」
「ク、クソ野郎が。こんなことをして只で済むと――」
男の脅しを無視して、近くに転がる木の枝を拾った。
尖った先端を確認した後、男の頬の古傷に突き立てる。
さらに先ほど砕いたばかりの肩に指をめり込ませていく。
「罵倒ではなく、遺骨の行方を喋るんだ。二度も言わせないでくれ」
「いだだだだだだだ! い、言う言う! 言うから! やめて、くれっ!」
男が泣きながら懇願する。
頬に刺さったままの枝が血に染まっていた。
肩からの出血も悪化しており、衣服を濡らしていくのが見えた。
「俺達は、遺骨の強奪を、依頼されたんだ……そ、それで、高額の報酬が……貰えると、聞いた」
「雇い主は誰だ」
「レドナリア商会、だ……既に納品して、商会に送り届けられる頃、だろう」
男の口から告げられたのは、私の知る組織だった。
意外な答えだが、ありえない話でもない。
立ち上がった私は、男の頬に刺さる枝を引き抜いた。
「遺骨の用途は?」
「そんなことまでは、聞いていない。ただ回収を頼まれた、だけなんだ」
男はうなだれて呟く。
随分と疲労しており、この短時間で十歳は老けてしまったように見えた。
(我ながら冷酷だな)
私は心が痛まないことに小さな驚きを覚える。
自他共に認めるお人好しだったはずだが、現在は淡々と拷問を進められていた。
吸血鬼になった影響か。
或いは復讐心による変容なのか。
どちらにしても好都合には違いない。
今の私に良心など不要であった。
その後、私の家を襲撃した他の者達の素性も聞き出した。
彼らは傭兵で、赤髪の青年と古傷の男を除いて、レドナリア商会の専属となっているらしい。
契約期間中はそこで働いているそうだ。
専属ではない二人は今回だけの短期依頼で、土地勘のある者ということで抜擢されたのだという。
高額の報酬に釣られて、案内役を買って出たと男は言った。
情報を話し終えた男は、縋るようにして見上げてくる。
彼の双眸には、死への恐怖がありありと溢れていた。
「な、なあ……訊かれたことはすべて話した。解放してくれるん、だよな……?」
「ああ、もちろんだ」
私は静かに応じると、蹴りで男の頭部を粉砕する。
樹木と挟み込む形となって脳漿が飛び散った。
男の四肢が痙攣し、ほどなくして力を失う。
ただ鮮血をこぼすだけとなって横たわった。
私は死体を見下ろしながら考える。
(レドナリア商会か)
この地域でも有名な商会で、いくつもの支店を持っている。
私も自作のポーションを納品したことがあった。
商品として吸血鬼の骨が必要だったのだろうか。
詳細は不明だが、この段階で標的が明らかになったのは僥倖である。
拷問を済ませた私は、二つの死体から持ち物を奪い始めた。
血に染まった衣服を着て、若干ながら窮屈だが靴も履く。
背中と手にそれぞれ散弾銃を装着し、他の物は残らず背嚢に収めた。
準備が整ったところで出発する。
目的地はレドナリア商会だ。
最寄りの街に支店があるので、とりあえずそこへ向かいたい。
支店にて遺骨がどこへ届けられるのかを調査しようと思う。
古傷の男はそこまでは知らなかったのだ。
おそらくはもっと大きな支店まで運ばれているに違いない。
妻の遺骨は誰にも渡さない。
この身を犠牲にしても必ず取り返さなければ。