蒼の咆哮 〜hide&seek〜
「今日からお前の教育係を任されたヴァルディア・ゴーネンだ、よろしく頼む。」
「よろしくお願いします!」
俺がギルドに来て1週間くらいたったころ、集会所に呼び出された。俺はどちらの意味でも注目されているらしかった。
目の前の彼は高身長で腰が座っていて……一言で言えば狼のような印象だった。流石、創立当初から在籍している重鎮だ。
「んぁ〜?ゴーネンさんじゃないっすかぁ、お久しぶりです〜」
寝起きのミカエルも声を聞きつけてやってきた。
俺が身なりをしっかりと整えているのに対しミカエルの方は寝癖はひどいしガスガスと頭を掻くなど大分フランクな装いだった。
俺が少し訝しげな眼をしていたのか、「なんだよ、無作法だって言いてぇのか?オレはこれがデフォなんだよ!」とミカエルは口を尖らせた。
「お前の場合はフランクすぎなんだよ、そりゃこんな顔なるわな。」
「なんすか2人して……やけ食いしちゃいますよ?」
「勝手にやっとけ、ゴリラが!」
「酷い……」
ゴーネンさんは乾いた笑いを零し、ミカエルもゴーネンさんだけにはいじられるのは好きなようだ。
「丁度新しいギルドミッションが貼り出されてたからお前たちも同行しろ。マスターを唸らせた実力が如何程かおれも気になるしな。」
「了解しました!」
「ゴーネンさんと行けるなんて……腕が鳴るぜ!」
「じゃあ、すぐ行くから準備しとけよ!」
「「はい!」」
俺もミカエルと同行することはあったけど、彼以外の戦闘を見たことはなかった。きっと、いい経験になるだろう。早くゴーネンさんにも認めてもらいたいしな。
「凄いマッスルゴブリンの数……」
「誰がこんなんなるまでほっといたんだか……」
「全くだ、さっさと殲滅するぞ!」
俺たちが市街地に出るとそこは既に魔物に占拠されていた。ギルドミッションは管轄内の市民から依頼されるもの、俺も新兵としてはそれなりに場数を踏んでいるはずだがここまでのものは初めてだ。
「どうしようか……」
「あれでバンバン叩くしかねぇだろ!行くぞ!」
「自信ないけど…うんっ!」
「「ヴァンミリオン×クロー!」」
これは俺が【アサルト・ヴァンミリオン】の要領で矢を放ち、ミカエルがそれを突いて礫状にしさらに広範囲に攻撃する技。……2人して夜なべで考えたものだ。
軌道はシュミレーション通りにいき、ゴブリンの半数以上が礫に呑まれた。
「上手くいった……のか?」
「おう、大成功じゃね?」
「連帯魔法は魔力が高い方が採用される……なかなかやるじゃないか!」
「「ありがとうございます!」」
ゴーネンさんに褒められた……!これは、そういう事だよな……?
「先輩もいいとこ見せなきゃな!後は俺が片付ける!」
「うわぁ……!」
「すげぇの来るから見とけよ、アザゼル!」
ゴーネンさんは腰に帯搭していた銃を取り出し、銃口に手を当てた。
《認証開始、……適正ユーザー。セーフティロック解除。攻撃方法を指定してください。》
「code:Finish」
《コード確認。ドミネーションアタック実行。半径50cm以内に人がいないことを確認してください。》
こんな機械音声の後、ゴーネンさんの周りは白い稲光に包まれていた。凄まじい電気だ。
「行きますよ、アネーシャさん!」
「へっ?今……」
「ドミネーションアタック!」
トリガーを引くと彼は俺たちにぶつかるすれすれまで反動的に下がってきた。
放たれた電気光弾は地面をも巻き込みゴブリンたちを灼いていった。
見せ付けるように銃にキスをするゴーネンさん。
なんか、カッコいい。
「やっぱ、負荷がデカいな……まぁ、意味はわかるけど……」
「いや〜、シビれました!」
「ん?どうした、新人。」
「い、いえ……参考になりました、ありがとうございます!」
「いや、お前らも中々じゃないか。……帰るぞ。」
俺は黙って頷いた。でも……あの呟いていた言葉、何か気にかかる……あの顔、彼にしては妙に弱々しかった。
詮索するのは良くないとはわかっていたが、あれだけ硬派なゴーネンさんが悲しげな顔をするのか気になってしまう……
「何ぃ?硬い顔しちゃって……任務の疲れ?それとも考え事?」
「アネッタさん……」
「新入りだから野暮なこと聞けないとか思ってるならとんだ間違いなんだから。誰にも言わないからオネーサンに話して見なさいよ!」
「深入りしていいのか……」
「?」
アネッタさんはゴーネンさんと同じ初期メンバー、ひょっとしたらわかるかもしれない……思い切って聴いて見ることにした。
「ゴーネンさんのことなんですけど……アネーシャさんって彼の銃の愛号なんですか?なんか、悲しそうに見えたんで気になっちゃって……」
「そっかぁ、もうそんな時期なんだ……」
アネッタさんは含みを入れた。
「そんな時期?」
「この際だからキミにだけ言っちゃうね?実は、ゴーネンってギルドができた頃はキャラ全然違かったの。口数も少なくて、おどおどしてて泣き虫で……呼び方もぼくだったし。みんなからカメレオンって言われてたぐらいなんだから。」
「えっ……!」
想像がつかない……けどあの顔を見た後だと合点もいってしまう。
「いっつも『ぼくはサポートできればいいから……』って……私からしたらアイツが前線にいること自体天変地異よ。で、ここからは伝えなんだけど、ギルドを設立する前に戦術を教えてくれた師匠がいたんだって。」
「それが……?」
「そう、親身になって教えてくれる彼女に恋心を抱いて告白しようと思ってたらしいよ。でもそのアネーシャって人は魔女だったらしくて、結局自分で殲滅せざるを得なかったそうよ。それから傷心が続いてて……今は立ち直ったみたいだけど。今日は彼女の命日なの。それで責任感じてるんじゃないかしら?」
「そうなんですね……」
裏切りと失恋、そして自ら殺めた事実……考えられないぐらいの重圧だったに違いない。俺に何かできることは……
「ゴーネンさん……!」
「アザゼル、何か用か?」
「……いえ、おやすみなさい!」
「あぁ、おやすみ。」
ー大切な人を失うってどんな気持ちですか?ー
俺はこの先を発することができなかった。言えるはずない、酷く不謹慎な気がして。
「?……変なやつ。」
いつか、ゴーネンさんにも肩を貸せるような信頼を得たいと強く誓った。
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《今まで、騙していてごめんなさい。わたしも貴方を愛していたわ。だから最期は貴方の腕で葬って……》
《貴女が魔女でも、どんなにぼくを虜にしながら掌で踊らせていたとしても……この気持ちは変わらない!ぼく……おれはっ……!優しかった貴女の残り火を抱いて生きていく!》
《ありがとう……わたしの可愛い……カメ、レオンくん……》
《グスッ……すみません、アネーシャさん……》
「アネーシャさん……」
「なんだぁ?しけた顔して〜。あっ、わかった!あの日だからブルーなんだろ?」
「マスター⁈……はっきり言わないでくださいよぉ……」
「おいおい、2人の時はマスター禁止っつったろ?」
「ライナス……さん……」
「あの時も思ったけど、お前はカメレオンじゃない。強い狼だよ。皆からライオンと慕われる俺の隣に相応しいのはゴーネンだけだ。」
「今も、少しだけ……引き金を引くのが怖いんです。あれを思い出して、弱い自分が戻ってきそうで……」
「もしそうなったらボクが受け止めてやるから任せとけって!」
「ははっ……やっぱりライオンの言うことは頼もしいや……」
「あの……」
「ん?」
「今日だけ……、カメレオンに、昔のぼくに……戻ってもいいですか……?」
「しょうがないなぁ……おいで?」
「うぅ……うわぁ……!」
「全くよく泣くよなぁ、お前は……」
またボクの中にカメレオンが揺らいでいた。