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お前、俺のものになれよ

「貴方、わたしを殺しに来たんでしょう?」

 

 俺を呼び出した第三の魔王(サード)の第一声……どう答えるべきかと考えるよりも、口から真実がこぼれ出る。


「あぁ、そうだ」


 漆黒のカーテンに閉ざされた一室、光と闇が混ぜあって溶け合って、暗澹あんたんたる世界が成立している。まさしく、魔王の居城と銘打たれそうな雰囲気だったが、ココは健全たる魔法学園の敷地内だった。


「それが、本当の口調? なんだか、そっちのほうが好みだわ」

「お前の好みなんて興味はない」


 逃げ道を塞ぐために、わざとドアノブをガチャガチャと動かす。『か、鍵が……あ、開かない……!?』などと言わなくても、状況構築によってお約束と誓約(フラグ・エンゲージ)が発動して封鎖ロックされた。


「もしかして、他人に興味がないフリしてない?」


 席を立った第三の魔王(サード)は、細くしなやかな指で俺の唇をなぞる。


「コレでも、人心の掌握術には長けているつもりだけれど……貴方の心には、“波”がある。虚偽の仮面で蓋をした人間たちと同じで、嘘をつくたび、心の水面に波紋が生じるのがわかるわ。

 興味がないなんて嘘。貴方はそうやって情がないフリをして、人を遠ざけようとしているだけでしょう?」


 ――ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……


 制御できなかった感情で、“波”が立って――第三の魔王(サード)の額に、そっと指を添えた。


「……脳を破裂させる」


 冷や汗を垂らしている魔王の耳に、俺は優しく耳打ちをした。


「暗転。暗転だ。わかるか。度を過ぎた残虐行為グロテスクへのお約束は、真っ暗闇の暗転ひみつだ。なにも見えなくなる。そして、お前の破裂した脳みそはクローズアップされず、次の場面シーン、この部屋は血みどろになっている」


 額の中心に人差し指を当てたまま、俺はなるたけ上品に“()”をめた。


「俺には、それが出来る……わかるよな……アレだけ、お約束(チカラ)を見せつけてやったんだ……俺を呼び出したのも、勘付いたからだろ……」

「さ、昨晩……あ、貴方には魅了チャームをかけた……で、出来るわけがない……」

「確かに、お芝居はしたが……俺に魅了チャームは効かない……お前のやり口は、裸体を重ねて魅了チャームの補強を図り、奴隷を作り出すことだろうが……」


 俺は、ささやく。


『お前、俺のものになれよ』


 お約束と誓約(フラグ・エンゲージ)――彼女の目の色が変わる。


「俺のほうが速かった。初日の壁ドンによるお約束を受諾したお前は、あの時点で、既に俺の術中にはまっていたからな」


 うっとりとした表情で、白馬の王子様(オレ)を見つめる女主人公ヒロイン。その様子を見つめた俺は、己の策が成ったことを知った。


 第三の魔王(サード)魅了チャームをわざと受けたのも、取り巻きのひとりとして取り入ったのも、あのくだらない魔法大会でお約束を乱発したのも……この少女の目的を探るため、このふたりきりの状況を構築するためだ。


 俺の『お約束の誓約(フラグ・エンゲージ)』は、言説と行動と状況によって成り立つ。俺の意思が第一だが、意にそぐわない“お約束”を引き起こすこともある。


 つまるところ、他者の意思が介入する場合もあるということだ。初日の『お前、俺のものになれよ』で第三の魔王(サード)を支配下に置いていたものの、他人が存在している場面で操ろうとすれば、介入によって台無しにされる可能性がある……特にあの三バカ勇者によって。


 だから、獲物サード猟師オレを招くのを待った。


 俺のお約束が発動さえしていれば、サード主人公オレの対話なんて重要な場面シーンが邪魔される可能性は低い。危機に陥りさえしなければ、唐突な介入はまず有り得ない。


 俺が主体的に動けば、まず間違いなく、厄介な他のお約束が発動する。だからこそ、第三の魔王(サード)から動いてもらう必要性があった。


「俺を呼び出して、魅了チャームをかけ直そうとしたんだろうが……手遅れだったな……俺のほうが上回った……」


 恐怖と恍惚にさいなまれ、せわしない彼女につぶやく。


「目的はなんだ? 王に魅了チャームをかけて、この世界を掌握することか? 人類を滅亡させることか? それとも、第一の魔王(ファースト)の敵をつために、戦力を補強しようとしたか?」


 首を掴んだ俺は、少女を壁に叩きつけて目を覗き込む。


「言え……四肢をもいで、勇者に献上してもいいんだぞ……」


 五指が首筋に食い込んで、バタバタと両手足が暴れ始める。本格的に酸欠に陥った魔王は、よだれを垂らしながら慈悲を乞う。


「言え」

「い、言い、ます……い、言います、から……」


 手を離す。床に落ちた彼女は猛烈な勢いで咳をして、涙と畏怖で濡れた目で、俺のことを見つめた。


「……に行く、ことです」

「なに?」


 魔王だとは思えない哀れな顔つきで、少女は俺を見上げる。


「わたしの目的は……学校に……行く、ことです……だから、だからぁ……!」


 ひっくり返って、仰向けになった第三の魔王(サード)は――泣きわめきながら、くるくると回転した。


「殺さないで殺さないで殺さないでよぉ!! うわぁああああああああああん!! いじわるぅううううううううううう!!」


 呆気にとられた俺は、立ち尽くし――


『ほう、魔王城にも学校があるのにか?』

「そんなこと知らないもぉおおおおおおおおおおん!! 嘘、ついてないもぉおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」


 お約束による、強制的な誘導かまにも引っかからなかった……ということは、コイツは、嘘をついてないのか……ふざけるなよ……


 子どもみたいにダダをこねる魔王を見つめながら、俺はどうしたものかとため息をいた。

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