まさか、こんなところで、お目にかかれるとはな
「さぁ、今日、ここで最も優秀な魔法使いが決まる!! ザンクト・ガレン魔法学園が主催する魔法大会!! 栄華を誇る美しき武闘が、幕を開けようとしているぞっ!!」
喧しい司会者の拡張された声量を受けて、学園生たちの歓声が上がる。
どうやら、『声よ、響き渡れ』の現術書素を書き込んで、学園中にまで響き渡るほどの大音声を実現しているらしい。
学園の中に設置された円形闘技場(なんで、こんなものが、学園の中に?)には、大勢の学生や教員たちが押しかけ、菓子や飲み物を片手に選手たちを見下ろしている。
階段上に構築された観客席……取り巻きの男たちに囲まれた第三の魔王は、妖艶と微笑んでいた。
「ルールは簡単!! 32人のトーナメント戦で、一対一だ!! 魔法で相手をぶちのめせば勝利!! さすがに殺しはダメだが、この闘技に教義も理念もいらない!! 暴力の陶酔に浸りきり、勝利の美酒に酔いしれろ!!」
正気とは思えない、学園主催の武闘会。これもまた、お約束だな。大抵は、主人公の独壇場で終わる(ラノベ方式)。
「さぁ、早速、始めよう!!
第一回戦!! イケメン転校生シキ対糸目のセロだーっ!!」
お約束の効力によって参加を余儀なくされた俺の前、異様なくらいに目を細めた男子生徒が現れる。
「やれやれ、僕は、あまり暴力は好まないんですがね」
糸目のセロは、ぽりぽりと頬を掻きながら言った。
「ですが、仕方ありません……解放、させて頂きますよ」
『解放、だと……!?』
「ハァア……!」
目を見開いた彼は、現術書素を書き込んで、オリジナル魔法らしき謎の毒々しい魔力の塊を作り上げる。
「これが、僕のチカラ……地獄の門番」
見届けた俺は観客席によじ登って、メイド服姿の第二の魔王を見つける。腕を組んだ後に横に立ち、そっとささやきかけた。
『地獄の門番……聞いたことがあるな』
「えっ!? 知っているんですか!?」
『あぁ、アレは、かつて封印され禁則処理された伝説の魔法。魔法を発動させた主の命に従って、まるで地獄の門番のように、敵対者の悪を嗅ぎ取り業火の罰則を与える』
俺は、目を細める。
『まさか、こんなところで、お目にかかれるとはな……あの少年、シキとか言ったか……まず、勝ち目はない……』
「そ、そんな……師匠……!」
俺が俺を語っている。とんでもない自作自演であるが、お約束と誓約の力によって違和感は消失していた。
仕込みは終わったので、闘技場に下り立って適当に構える。
「覚悟はできましたか? 行きますよ、喰らえっ!!」
放たれる魔法、引き寄せてからつぶやく。
『……後ろだ』
視界がブレる――と同時、セロの背後に俺は立っていた。
「なっ……!」
振り向いた瞬間、頸動脈を指先で押さえ込み失神させる。
数秒の静寂――爆発的、巻き起こる大歓声。俺は、イケメン転校生らしく振る舞い、愛想よく、笑顔で手を振って応える。
一度、控室に戻ろうとして廊下に出ると、謎の覆面をかぶった三人組がこちらを見据えていた。
「…………」
「…………」
「…………」
少年漫画のお約束、謎の覆面選手枠だったが、三編みとメガネがはみ出ているので、誰なのかはひと目で丸わかりだった。
「……Ⅰ号からⅢ号、なんで、お前ら参加してる?」
「ハッハッハッハッ!! 誰のことを言っているのか、まったくもって、さっぱりわからないな! 君の愉快な勘違いだ!!」
Ⅰ号のヤツ、戦闘モードに入ってるな。本気とは、正気か?
「フッフッフッ。果たして、この謎のシエラに勝てますかね。フッフッフッ」
名前、言っちゃってるし。
「バカ! シエラ、なんで自分の名前、言っちゃうのよ! エフィは『謎の覆面Ⅰ号』、シエラは『謎の覆面Ⅱ号』、わたしことレイラは『謎の覆面Ⅲ号』って呼び合うことにしようって言ったでしょ!!」
全部、答え合わせしてくれるな……なんなんだ、コイツら……謎の覆面選手の正体は、終盤まで明かされないのがお約束だぞ……
「ハーハッハッハッ! 先程の戦いぶりは、見事だったねシキとやら! だが、我々、謎の覆面三人組には及ばない!!」
「フッフッフッ。この謎のシエラとの胸躍る戦いに震えるといいですよ。フッフッフッ」
「オーホッホッホ! 本当にイケメンね、目が潰れそう!! でも、顔がいいからって、手加減してもらえるとは思ってもいいわよ!! オーホッホッホ!!」
せめて、笑い方を統一しろ。
あまりにもムカついたので、勇者三人組は秒で撃破してトーナメント戦を勝ち進み、決勝戦で前回優勝者と戦うことになった。
「よく勝ち進んだな、転校生……だが、オマエに勝ち目はないぞ……?」
『果たして、そうかな?』
俺は、適当にかき集めた勝利者の証を見せつける。
その瞬間、会場がざわついて『は、疾……!?』で加速した俺は、会場に『アレは、魔法大会優勝者の証!?』とか『一、二、三……か、数え切れねぇ!? 何者だアイツは!?』とかささやきかける。
数秒後、前回優勝者は、見事なまでのかませとなっていた。
『改めて自己紹介しようか……僕は、優勝者のシキ……前年度に引っ越ししたせいで、去年だけは参加できなくてね』
「な、う、嘘をつく――」
『……小指かな?』
「な、なに?」
不敵に微笑んだ俺は、自身の小指を見せつける。
『枷だよ。君は弱そうだから、小指だけで戦ってあげるね』
「なっ……き、貴様ぁ……!」
激昂した前回優勝者は、にべもなく襲いかかってくる。
正鵠無比な一撃、俺の胸の中心を捉え、彼はニヤリとした笑いを浮かべ――あくびをすると、彼の表情筋が凍りつく。
『……季節外れの蚊か?』
薬指で、彼の胸の中心を衝く。
観客席にまで吹き飛んだ彼は、座席を破壊しながら突き進み、至るところで悲鳴が上がって、もうもうと巻き起こった砂煙が晴れ渡り――倒れ伏した、敗北者が現れる。
呆然と、観客たちは俺を見つめた。
『困ったな』
俺は、肩を竦める。
『間違えて、薬指を使っちゃいました』
過剰なお約束成分の摂取によって、見物客たちの興奮は熱を帯び、大いに盛り上がって喝采を叫んだ。
こうして、唐突に始まった魔法大会は、あっという間に、俺の勝利で幕を下ろした(俺は、魔法なんて、一度も使ってないのに)。イケメン転校生としての俺の株は、この出来事を契機に異常なまでの暴騰を見せて、“俺の価値”は最大限にまで高まる。
「シキ様」
そして――
「第三の魔王様がお呼びです」
獲物が、猟師を呼び出した。




