襲いかかってくる不良たちは「なんだと」って言いがち
――勇者と魔王は、一体、誰が選ぶんだろうね?
目が、覚める。
「……第二の魔王やら第三の魔王やらに感化されたかね?」
随分と、懐かしい過去をみたものだ。あの女性は、元気にやっているだろうか。
ザンクト・ガレン魔法学園の寮の自室、半裸だった俺は服を着ながら、ベッドで眠っている第三の魔王に目をやる。
「さて、どうしたものかな」
蠢く度、肢体が露わになる第三の魔王を眺めながら、俺はため息を吐いた。
「シキ」
緋色の髪を腰にまで伸ばした第三の魔王は、人の形はしているものの、およそ魔性と呼ばれる段階にまで手を伸ばしている。その鮮烈なまでに紅い瞳は魅了で象られ、しなやかな肢体は蠱惑で縁取られていた。
制服を着崩した第三の魔王は、足を組んで俺に手を差し出す。
「本日の同伴は、貴方に任せる」
『……光栄です』
手を引いて、外に出ると――三編みメガネの三人組に出くわした。
「「「…………」」」
彼女らは、寮から連れ立って現れた俺たちを目撃して、驚愕の表情を浮かべている。中身が誰なのかは、見知った者から視ればバレバレだった。
なにしてんだ、この勇者三人組……なんで、三人そろって、三編みメガネなんだよ……そのぐるぐるメガネは、人のことおちょくってんのか……逆に悪目立ちしてるのに変装のつもりかソレ……
「シキ?」
『ごめん。昨夜の素敵な時間を思い出していてね』
そっと、第三の魔王の頬にキスをすると――
「ぎゃぁあああああああ――」
Ⅲ号の叫び声が、聞こえてくる。暴れ回っている彼女は、Ⅰ号とⅡ号に羽交い締めにされ藪の中に退場していった。
「なに? 今の叫んでる女の子?」
『にゃぉ~ん』
「なんだ、猫か」
危なかった。お約束と誓約がなかったら、間違いなく、第三の魔王との接触を避けられなかったぞ。あのバカ。
「ねぇ、シキ」
桜色の唇を割り開いて、甘ったるい声音で第三の魔王は言った。
「こんなことを言うのはなんだけどね、わたしは、貴方のことが好きよ。初対面の人間如きに、ココまで好感をもつなんてはじめて。
どうしてでしょうね?」
『あはは、見当もつかないなぁ』
――よもや、貴様……まさか……その力……
第一の魔王は、まるで、俺の能力を知っているかのような言いぶりをしていた。
第三の魔王、まさか、俺の能力に勘付いてるんじゃないだろうな。魔王ほどの力をもつと、第六感的なものが働くのか? それにしては、第二の魔王はまるで見当もついてないみたいだったが。
どちらかと言えば、俺の顔を気に入っての発言だとは思っているが……この一目惚れに近い症状もお約束によるものか?
この違和感に対して、俺は怖気に近いものを感じる。
なんだ、この嫌な感じ……なにか、別の要因があるような気がしてならない……見落としてはいけないなにかが……
物思いに耽っていた俺は、誰かにぶつかって――拳が飛んでくる。
『…………』
唐突な攻撃。
思わず、『思考中は、まるで、時間の流れが遅くなったみたいに描写される』のお約束を発動していて、攻撃者である見知らぬ少年を見つめる。制服を着ていることは学園生、記憶にないということは端役だ。
『…………』
さて、どうするべきか。
避けることは容易であるし、わざと殴られて弱者ぶるのはより簡単だ。普段の俺であれば、角度をつけて口内出血量と鼻血の噴出角度まで計算し、もっとも悲惨に視えるように殴られてみるが。
俺は、ちらりと、第三の魔王を見やる。
今の俺には、『イケメン転校生』というお約束がある。ココで甘んじて殴打された場合、第三の魔王の機嫌を損ねて、取り巻きAとしての地位を失うことにもなりかねないな。
『…………』
となると、応撃か。
思考が途切れた瞬間――踏み出すと同時、頬を拳が掠める。
「……はっ……がっ……」
そして、終わっていた。
がくりと崩れ落ちる少年……当然ながら、俺はなにもしていない。
「な、なにをした?」
どこからともなく、大勢、現れる少年たち。かつて、第三の魔王の取り巻きをしていた下僕どもだ。
十中八九、動機は嫉妬だろう。
『……フ』
両手にポケットを突っ込んだ俺は、口端を曲げてつぶやく。
『三秒だ』
「な、なんだと……?」
『三秒間、遊んであげよう』
俺は、仕舞った覚えのない懐中時計を胸元から取り出してつぶやく。
『来い、昼食の腹ごなしに丁度いい』
「な、き、貴様ぁ……!」
飛びかかってくる学園生。
俺がその間を歩くだけで、彼らは“雰囲気”で吹き飛んで崩れ落ち、血反吐を吐きながらなぎ倒される。
『三秒ジャスト』
懐中時計をパチンと仕舞って、俺は髪の毛を掻き上げる。
『素敵な時間をありがとう』
見渡す限りの死屍累々、見事なまでに襲撃者たちは倒れ伏している。
強キャラぶれば、大抵、雰囲気で相手が敗けてくれるので楽だ。流れにのせられた彼らは、魔術学園の生徒にも関わらず、誰ひとりとして魔法のひとつも唱えず、なぜか拳でかかってきていた。しかも、正面から無策で。
せめて、囲め。攻撃してくる時、順番待ちするな。なんで、仲間がやられてる中で、援護もせずにターン制バトルしてるんだ。
やられ役のお約束とはいえ、哀れで仕方がない。
『大丈夫だった?』
手をとった俺のことを、第三の魔王はしっとりと濡れた瞳で見つめる。問題なく、お約束と誓約が発動している。今のコイツには、俺のことが白馬に乗った王子様に視えている筈だ。
「……強いのね」
『ひとりのお姫様を守れるくらいには』
背筋が凍りつきそうなセリフだ。少女漫画に出てくるお約束とはいえ、王子様ぶるのにも限界があるぞ。
まぁいい、不良に襲われるというお約束は終わった。コレで好感度も稼げたし、早速、第三の魔王の狙いをさぐ――
「大変だー!! ごーがいごぉーがぃい!! 校長からのお達しで、ザンクト・ガレン魔法学園の全校生徒を対象に、全員参加の魔法大会の開催が決定だーっ!! 皆、武闘場に集まってくれーっ!!」
……ふざけてんのか?
相次いでやって来るお約束に、俺はうんざりと首を振った。




