転校生してくるのは、大抵、イケメンか美少女
「今日は、皆さんに転校生を紹介します」
髪の毛を整えて背筋を伸ばし、目をぱっちりと開けた俺は――髪を掻き上げながら、教室に入る。
教室中が、ざわついた。
女生徒たちが顔を真っ赤にして、口々に「かっこいい」だの「イケメン」だの騒ぎ出し、男子生徒による嫉妬の視線が突き刺さる。前の席の女子と目が合ってニコリと微笑むと、椅子に座ったまま真横に倒れて鼻血を噴いた。
既に――お約束は始まっている。
『皆さん、こんにちは』
爽やかな笑顔を浮かべた俺は、教壇から語りかける。
『僕の名前は、シキです。家庭の事情で学校に通うことはできなかったのですが、こうして、皆さんと学友になることができて嬉しいです』
黄色い歓声が上がり、内心、反吐を吐きそうになりながらも続ける。
『どうか』
クラス全体を支配する王のようにして――赤色の髪を腰まで伸ばした美少女は、俺の視線を受けて挑戦的に微笑む。
『仲良くしてください』
第三の魔王は、当たり前のような顔をして、人間の学級を支配下に置いていた。
「断る」
第三の魔王が在籍する学級に転校する三日前、俺は頭を下げるⅠ号にお断りを吐いた。
「あ、あの、えっと、でも、わたしたちがザンクト・ガレン魔法学園に転校しようにも、勇者として顔が売れすぎていて……第三の魔王のいる学級に直接、わたしたちが乗り込んだらバレてしまう可能性が高いかと……」
「もちろん、シエラたちだって、最高峰の技術を活かして変装を行い、光から陰から魔王を追い詰める所存ではありますよ。でも、ほら、シエラたちって勇者な上にカワイイですから、正体バレするのが早いのではないかなーって」
「それに征伐騎士団の情報によると、第三の魔王は美少年を囲っているそうよ。女には興味ももたないって言うから、近づくのは難しいし。
まぁ、あんたみたいな地味顔じゃあ、私以外の女の心は射止められないと思うけど、男であるなら挑戦してみるのも悪くないんじゃない」
勇者三人組のお願いを要約すると『第三の魔王に近づいて、情報を手に入れて欲しい』とのことだった。倒してくれとだけ言わないだけマシであるし、人間を支配下に置いている第三の魔王が、学園生を盾にするのを想定すると、勇者たちが奇襲をかけるのは難しい。
勇者であるコイツらが目立つというのも、たしかに頷ける話で、俺に白羽の矢が立つのも当たり前とは言えた。
「忘れてないか、お前ら。飽くまでも俺は添え物、お前らが主菜だ。ただの村人Aの俺に、よくもまぁ、単身で乗り込んで情報を探れなんて無理を言えるな」
「いや、でも、あの、わたしたちなんかよりも、シキさんのほうが遥かに強いですし……こんなこと、シキさんにしか頼めません……」
「なんだったら、ボクが行きましょうか?」
デザートを調理中の第二の魔王が、調理場からひょっこりと顔を覗かせる。
「美少年が好きなんでしょう? であるのならば、まさしく、ボクの出番ですね。師匠のお願いとあらば、喜んで美少年を演じますよ。
引きこもりの第三の魔王ごとき、次の朝日を拝めなくしてやることくらいちょちょいのちょいです!」
「……わかった、俺が行く」
「え~!? なんでですかぁ~!?」
魔王対魔王なんて絵面、人類の命運がどっちに転ぶのかなんて、わかったもんじゃない。悪役と悪役が戦うなんてのは、大抵、罪のない一般人が巻き込まれて、悲惨な目に遭うのがお約束だからな。
「「「やったー!!」」」
無邪気に飛び跳ねて喜ぶ三人は、なにが嬉しいのか、ハイタッチして歓喜を叫んだ。こういう姿を視ると、コイツらはまだまだ子供だと感じる。
「じゃ、じゃあ、シキ、顔だして……早速、変装しましょう……」
ハァハァ息を荒げるⅢ号が、ハサミを取り出す。
「……いや、どういうつもりだ?」
後ろに退避すると、笑顔のⅠ号とⅡ号が脇を固めてくる。
「第三の魔王は、美少年好きだと言ったではありませんか。
つまるところ、今から、シキさんを美少年に魔改造いたします。いつもいつも、ぬぼーっとした顔の猫背ボーイなのでわかりにくいですが、磨けば光るキラリとしたものを感じてました」
「えっと、あの、その、髪の毛もちゃんと整えれば、カッコよくなったりするんじゃないかなって」
「男嫌いの私が、なぜか虜になる顔……こんな機会がないと、真の実力を垣間見ることは不可能……覚悟してよね、シキ……うふふ……」
『……ん? 誰か来――』
「口をふさげ!!」
Ⅰ号からⅢ号に飛びかかられ、あっという間に縛り付けられる。
不意を突かれた俺は、呆気にとられているうちに、髪を切られたり整えられたり、服を脱がされたら着替えさせられ、猫背を無理矢理に矯正されて、半目をぱっちり開くようにこじ開けられる。
そして、俺の姿は、別物となっていた。
「…………」
Ⅲ号が、無言で鼻血を噴き出してぶっ倒れる。
「おい」
Ⅱ号に呼びかけると、彼女はびくっと震えて、目線を逸しもじもじし始める。いつも無駄にしゃべる癖に、口をなくしたみたいに大人しい。
『……Ⅰ号』
試しに、そっとⅠ号の髪の毛に触れると、彼女は恍惚めいた表情で熱い吐息を漏らした。
顔を近づけて、ささやきかける。
『髪に……ひのきの棒がついてるぞ……』
「…………」
「おい」
「…………」
「おい? お――た、立ったまま、失神してやがるコイツ……」
やられたな。昔からまともに着飾るとこうなるから、敢えて、ああいう猫背と半目を貫いてきたんだが……今回の相手である第三の魔王は、魅了を用いるから、化かし合いという意味では丁度いいのかもしれない。
魔王は、魅了を用いる。ということは、当然、第二の魔王にもその能力はある筈だが――
「はーい、師匠、おやつができま――うわぁああああああああああ!」
『残像だ』
両手を広げて飛びついてきた第二の魔王は、俺の残像にハグしてすっぽ抜け、脇合いから蹴飛ばして転がしておく。
「……さて」
死屍累々の現場を見遣って、俺はため息を吐く。
「どうしたものかな」
この三日後、俺は、ザンクト・ガレン魔法学園に転校を果たし――
『お前、俺のものになれよ』
イケメン転校生として、第三の魔王に壁ドンしていた。




