プロローグ
目が覚めた時、世界は、元通りになっていた。
俺の書き換えによって、すべての流れは、正しい方向へと導かれた。邪道から王道へと、道を正したのだ。
「……シキさん」
エフィに呼びかけられて、彼女の視線の先を追う。
俺の目は、大切な存在を見つけて、倒れ伏している二番目と三番目へと駆け寄る。
仰向けになった彼女たちは、優しく微笑していて、情報と化していく己を受け入れていた。書き換えの負荷による破滅によって、彼女たちは、消えゆく運命にある。
「どこから……演技してた……?」
跪いた俺は、彼/彼女の頬に触れる。
「最初から……俺を救うために……悪役を買って出たんじゃないのか……俺の知っているお前らは……あんなことをするような連中じゃない……それに、お前らは、俺のために動いていた……アレらが、嘘偽りだったなんて……思いたくない……」
「優しいですねぇ……」
「そうね……シキは、優しいもんね……」
ふたりは、力なく、くすくすと笑う。
「ボクらは、創られた存在……少年を救うという使命を全うしただけに過ぎません……」
「わたしたちには、中身がないのよ……そんな、人間の情動に左右されるような存在じゃない……」
「だとしても、俺は、お前らを失いたくないっ!」
お約束と誓約――俺は叫ぶ。
『やったか!?』
「ねぇ、師匠」
『やったか!?』
「シキ、ねぇ、無駄なのよ」
『やったか!?』
「ふふ……楽しかったですねぇ、師匠……なんだかんだ言って、あなたとの日々は……楽しかった……夕食の献立を考えるのも……一苦労でしたよ……」
『やった……かっ!?』
「まるで、シキは、本物の勇者様みたいだったね……わたしの演技も見抜けずに、感情移入して、救おうとするんだもの……バカみたい……」
『よせ、やめろ……流れを!! 流れを戻せっ!! やったか!? やったか!? おい!! 聞こえてるだろ!? やったか!? 早く、ふたりを直せ!! おいっ!! なぁ!?』
「師匠……白状をすると……ボクたちは……あの現在……あの現在だけは……」
「演じて……いなかったかもしれないわね……ふふ、ボードゲームしたかったな……きっと、楽しいんでしょうね……シキ……あなたは、どんな風に笑うんだろう……」
『おい!! おいっ!! やったか!? やったか!? やったかって言ってるんだっ!! 聞けよっ!! 聞けっ!! 聞け聞け聞けよっ!! やったか!? って言ってるんだ俺は!! おいっ!!』
「「ねぇ、師匠」」
右手と左手、互いに異なる手で、俺は両頬を包まれる。
とめどなく流れ落ちる涙は、彼女たちの両手を伝って頬に落ちる。替わった哀しみが、ふたりの頬を伝っていく。
「「言って」」
「いやだ……いやだ……いやだいやだいやだっ!!」
「つよいんでしょう?」
「もう、まけないって言ったくせに」
微笑みながら、ふたりに、もう一度、求められる。
「「さぁ、言って」」
俺は、ただ、歯噛みして――笑いながら問いかける。
「……やったか?」
ふたりは、満面の笑顔で応える。
「「やられちゃった」」
拙いごっこ遊びを終えて、ふたりの全身が融けてゆく。
細かい砂粒のような情報と化したふたりは、宙にとろけおちて消えていき、その場にはひとりの赤ん坊だけが残った。
俺は、拳を地面に叩きつけて、嗚咽を上げる。
そして、ふたりの泣き声が――いつまでも、響き渡っていた。
果てのない蒼穹。
真っ白な洗濯物が干された野原には、一軒の古びた家が残っている。
――ぎゅ~っ! 勇者様のお帰りだぞ~! 寂しかった~?
かつての、あの女性を幻視して、俺は懐かしい我が家を振り返る。なにもかもが変わらず、郷愁がこびりついているようだった。
「うわぁ! ちょっとぉ!! 蜘蛛!! 蜘蛛、もってこないでよ!! シエラ!! あんたの背中についてるってばっ!!」
「シエラは、大丈夫です」
「あんたが大丈夫でも、私がいやなのよぉ!! エフィ!!」
「う、うん、あの、に、逃してあげたほうが……」
掃除をしていた三人が、大騒ぎしていた。
騒ぎから数秒も待たずして、なにかを落とすような音と、崩壊の大音響が聞こえてくる。なにを壊されたのかとため息を吐きながら、俺は、我が家の中へと入っていった。
「どうした? だいじょうぶ?」
「あぁ、シキ! たすけて! 蜘蛛よ蜘蛛!! 巷で噂の蜘蛛女が、ついに出たのよ!! 外に捨ててきてよ!!」
「困りましたね。このままでは、シエラごと、ポイ捨てされる気がします。シキさんにしがみつくことで、この危機から脱出&アピール」
「ぐぉらぁ!! なにしてんのよ、あんた!! とっとと、離れなさいよぉ!!」
抱きついてきたシエラを撫でながら、俺は、うず高く積もったゴミの山を見つめ――探し当てる。
「……そうか」
テーブルの上に乗った、盤面。
あの女性とのプレイ途中のまま、ゴミの崩壊には巻き込まれず、当時のままの状態で残っていた。
そっと、シエラが離れて、俺は空席の対面に腰掛ける。
――シキ
まるで、正面に、彼女がいるような気がした。
でも、それは、ただの幻想で。
そのありありとした現実感は、掻き消えて霧散する。
「…………」
俺は、ポケットから、焼け焦げた駒を取り出す。
そして、そっと、置くべき場所へと置いた。
おさまるべき場所へとおさまって、ようやく、俺の物語を終えることが出来た気がした。その瞬間、これから先、どうすればいいのかと不安になる。
俺は弱い。弱いからこそ、未来を考えると怖くなる。
だって、俺は、誰もしあわせにできなかった。
そんな俺が、これから生きることで、なにを為そうと言うの――俺の小指が、ぎゅっと、力強く、握られる。
顔を上げる。
そこには、エフィに抱きかかえられた赤ん坊がいた。
二番目と三番目が遺した赤ちゃんは、満面の笑顔で、俺の小指を握り込む。
赤子とは思えないような力で、強く強く、握り込む。
――オマエは……オマエだけは……みんなで死ね……たまらなく愛してる家族を守れ……負けるな……負けんなよ、シキ……
「……あぁ」
勝手に、涙がこぼれ落ちる。
その温かさを独り占めしたくて、俺は顔を伏せる。
「誓う……誓うよ……俺は……俺は、絶対に、君をしあわせにしてみせる……ずっと、笑っていられるようにする……だから……だから……」
俺は、泣きながら、微笑む。
「お約束」
そう、コレは、俺と君とのお約束。
きっと、この約束は、始まりに過ぎない。
ここから、俺は、なにかを為していくのだろう。そして、その先に、現在がある。
だから、三度目の誓いを結ぼう。
俺と君の――約束だ。
今度こそ、本物の後書きです。
本作をご愛読頂き、ありがとうございました。
よろしければ、拙作ではありますが、他の作品も読んで頂けると嬉しいです。
また、別の物語でお会いできることを祈っております。
ありがとうございました。




