最終話:こうして、世界は平和になりました
薄暗い地下室から出ると、上階は蔓や蔦で覆われていた。
見覚えのある王座は、ものの見事に朽ちていた。ほんのわずかに残った原形が、植物に覆われて形を伴っている。
「……なんで」
静まり返った魔王城の中で、俺はささやき声を漏らす。
「なんで、魔王城が崩壊してる……二番目は……三番目はどこに行った……エフィは……シエラは……レイラは……いったい……どこに……なにもかも、悪い夢だったのか……?」
苔に覆われた壁に手をつくと、老朽化していた煉瓦の継ぎ目が崩れて、外の光景が眼下に広がり――
「……嘘だ」
崩壊した世界が、目に入る。
数多の流星が降り注いだ大地は、穴ぼこだらけになっていた。意思のある人間を失ったかのように、勢いを増した自然は、鬱蒼とした葉や枝を伸ばしている。野生化した家畜たちが、気ままにそこらを歩き回り、崩壊した集落には人気が感じられない。
「「おはよう」」
振り向くと、二番目と三番目が立っていた。
そして、俺の目は釘付けになる。
彼女たちのお腹が――膨らんでいた。
「どういう……どういう……ことだ……?」
「師匠が意識を失ってから、100年経ったんですよ。その間に、月がこの世界に落ちて、消去された」
「もう既に、全人類されたの。それでね、そろそろ、わたしたちの計画を推し進めようと思って……赤ちゃんを創ったの」
愛おしそうに、ふたりは自分の腹を撫でる。
「「少年の子だよ」」
脳みそが、地面に落っこちたみたいに。
急激な、意識の凋落を感じた。
己の立っている足元が、ぐにゃぐにゃに歪んで、視界に悪夢という名の靄がかかる。無意識に両足がガクガクと震えて、両手が小刻みに痙攣し、息を荒げている。
「それでですね、師匠! 子供の名前は、どうしますか?」
「わたしたち、何個か候補を書き出してみたの! ほら、視て! わたしとしては、この右列の名前のほうが――」
「エフィたちは……どうした……?」
「「え?」」
俺にまとわりついていた彼女たちは、くすりと嗤う。
「「死んだよ、とっくの昔に」」
まっくら――くらいくらいくらい。
目玉が黒く塗りつぶされたみたいなブラックアウト、ふらふらと後ろに後退、両脇から支えられて脂汗を垂れ流す。
「嘘だ……お、俺たちは……ま、まけない……ま、まけたりなんか……し、しない……こ、こんな理不尽、み、みとめられるか……お、おかしい……お、俺は……俺は……」
「あれれ、絶望するんですか?」
「つよいって言ってたのにね? やっぱり、口だけ? ふふ、誰も彼もが、言葉だけで理想を語るものね。
薄っぺらい、物語のキャラクターみたいに」
「わ、わかったぞっ!!」
俺は絶叫して、ふたりから離れる。
「お、お前らは、俺を試してるんだっ!! 『試そうか』って言ったからな!! こ、この世界はただの幻覚か夢で、俺が耐えられるかを試してるだけなんだろ!? こんな理不尽な追い詰められ方をしたら、この物語はただのクソだ!! そんな物語、読者が望むわけがないっ!!」
ふたりは顔を見合わせて、勢いよく吹き出した。げらげらと笑い合うNPCを見つめて、取り残された俺は呆然とする。
「そんな、優しいことするわけないじゃないですか。それに、読者視点から言えば、幻覚や夢オチでしたなんて、それこそ興醒めですよ」
「ごめんね、シキ。急に時間が飛んだら、混乱するのは当たり前だけど、わたしたちは面倒事を早送りしちゃっただけなのよ。『試そうか』って言ったのは、偉そうに『現在を選ぶ』って宣ったから、なにか策でもあるのかと試してみただけ」
「まさか、なんの対策もなしに口だけだったとは……師匠、あまりにも、現実を舐めすぎてませんか? 格好いいことを言ってれば、漫画やアニメみたいに、ご都合主義が助けてくれるとでも?」
「あはは、わたしたち、そういうの大嫌いなのよね。作者の繰糸が視える稚拙なお話は、ムカムカするもん」
お前たちが、言うな。
だって、お前たちがやってることも同レベルだ。世界の法則性を無視して、急に時間を飛ばして、抵抗もできずにバッドエンドでしたなんて。
それこそ、作中のニュースで出てきた通り魔に、ヒロインが刺されて死ぬレベルの稚拙さだ。脈絡もなく、交通事故や病でキャラクターが死んで、くだらないお涙頂戴に走る杜撰なストーリーテリングだ。
幸だろうが不幸だろうが、繰糸が見えた瞬間、それはただのご都合主義に至る。
「「そうそう、その顔で良いの」」
我に返った俺は、伏せていた顔を上げる。
「ボクたちには、お約束と誓約という名の、この世界特有の法則性は通用しない」
「でも、わたしたちには、とびきりの理不尽が許されている。ヒロイン三人をぶち殺して、少年を100年後に招待するくらいのご都合主義が」
両脇から挟まれて、俺は耳元にささやきかけられる。
「幾ら、主人公めいたことを言っても無駄ですよ……もう、神様は、たすけてくれない……」
「その代わり、少年は、もう悩まされることもないの……その能力のせいで、誰かを失うこともないの……」
俺は、囚われる。
「「きっと、しあわせになれるよ……」」
だらんと、力なく、両腕を下げる。
『言ったでしょ』
視界の隅には、体育座りをして、ゲームをプレイしている少年がいた。
『お前は、絶対に戻ってくるって』
そして、彼は、嬉しそうに言った。
『おかえりなさい』
その言葉が、胸に届いて――光が視えた。
純白の光を浴びて、煌めいている世界が、未来を祝福するかのように瞬いた。
綺麗な、幸福が、散りばめられているみたいに。
「……あぁ」
だから、俺は、微笑む。
「ただいま」
ふたりに寄り添われた俺は、これからの一歩を踏み出す。
歪なまでの幸福の道を、歩くと決めたから。
たぶん、これが、最善の道程だったのだ。あの女性に心からの感謝を籠めて、歩いて行こう。
それが、俺の……償いになると信じて。
歩いて、行こう。
本作をご愛読頂き、ありがとうございました。
恐らく、多くの方々にとって、予想外のエンディングだったとは思うのですが、自分なりに納得のいく終わり方となりました。
賛否両論あるかとは思うのですが、この終わり方を受け止めてくれると幸いです。次回作では、もっと、万人受けする作品を書きたいと思っています。
正直言って、こういった、ひねくれた作品を書いていても人気がでなくて……面倒になって、最後は、放り投げた感もありますね(笑) すいません(笑)
主人公であるシキも、きっと、納得をしてこの結末を受け入れ「ふざけるな」




