PCとNPC
「そんな、お約束――お断りだ」
俺の拒絶を聞いて、ふたりの魔王はくすりと嗤う。
「だったら、月を止めてみたらどうですか?」
「わたしたちは、別に邪魔したりはしないわ」
「そ、そんなこと……む、無理に、き、決まってるのに……!」
「「なら、死んで。なら、滅びて。なら、消え去って」」
玉座の両端に、ちょこんと腰を下ろしたNPCたちは、迫りくる月の下で超然と笑んでいる。当然の如き面持ちで、この世の破滅を待ち受ける。
「シキ、大丈夫よ! みんなで力を合わせれば! きっと、あの月だって、止めることができるわっ!!」
「そうですよ! シエラたちは、もう、諦めたりなんてしな――」
「漫画みたい」
つまらなそうな顔で、三番目がつぶやく。
表情を凍らせたレイラとシエラは、ゆっくりと彼女に視線を向けて、凝視という名の返答を返した。
「な、なにが……言いたいのよ、あんた……」
「まるで、漫画のキャラクターみたいだなって思っただけよ。さすがは、プレイヤーキャラクターね。誰に言われるまでもなく、この世界の法則に従って、それらしいことを口にするのがお上手」
「……シエラたちが、滑稽だとでも言いたいんですか?」
「ボクたちはですね」
体育座りをしている二番目は、膝頭に顔を埋めて笑む。
「漫画を“読む”側なんです。アニメを“視る”側でもある。ゲームを“遊ぶ”側として、俯瞰しているんですよ。
だから、なんだか、現実味が薄いなって」
「お前たちには……お約束が……視えるのか……?」
二番目は、胸元からりんごを取り出す。
「えぇ。なにせ、ボクたちは、貴方たちとは違って“魂”がありませんので。外側から繰糸で、お人形遊びしているだけですから。この世界の法則性を支配して拒絶するということは、画面を覗き込んでキャンセルボタンを押すことに他ならない。
ボクたちの手から落ちたりんごは――」
二番目の手から、落ちたりんごは――落下せず、宙へと浮き上がっていく。
「浮き上がっても、おかしくはない」
「そんなに驚くことはないわ。パラメーター値を反対に設定しただけなのよ」
エフィ、シエラ、レイラは、愕然とした面持ちで、ついには雲の中へと消えていったりんごを見つめ続けていた。
「ゲームのキャラクターから視て、貴方の操るキャラクターは、どう視えていると思いますか?」
「人形のように、視えるんじゃないかしら? なにせ、プレイヤーの意思には逆らえず、狂ったような行動を何度もとったりするんだから」
「では、貴方の目に映る、ゲームのキャラクターは?」
純黒の目に射抜かれて、俺は、言いようのない不安に襲われる。
「命令書に従うだけの、人形のように視えるんじゃないかしら? なにせ、命令書に書かれた予定・順序・配役には抗えず、外から視たらお間抜けで無様な台詞を吐いたりするんだもの」
くすくすと、ふたりは嗤い合う。笑い声が折り重なって積み重なり、重複してはダブって聞こえる。
「「人間と人形は相反する」」
内側と外側。
内側から視た外側は異様で、外側から視た内側もまた異常だ。
だからこそ、あの女性は――異常を普遍にまで落とし込もうとしている。
「師匠。貴方のお約束と誓約は、内側から命令書を盗み視て、書き換える瑕疵なんですよ」
「この世界で魔王と呼ばれる存在はね、外側に干渉できる存在の瑕疵のことなの。闇の魔法を通して、世界に破滅をもたらす担い手。
言うなれば、勇者たちは、魔王という名の不具合を治すための、修正情報かしら」
「最初の魔王は、命令書……いえ、この世界で言うところの現術書素に目をつけました。
彼女は、仕様書を書き換えることはできなくても、新たに書き出すことはできた。そして、反法則性という名の不正参照を発行したんです」
二番目の右目と三番目の左目が、数秒足らずで数メートル程の大きさになったかと思えば、まばたきをした瞬間には数ミリメートルにまで縮小している。そして、それを繰り返してけらけらと嗤った。
俺たちは、誰も、笑えず、ただ凍りつく。
「だから、ボクたちは、なんでも出来てしまう」
「本を読んでて、アニメを視てて、ゲームをやってて思わなかったかしら?」
半面と半身を融合させたふたりは、顔面の四方で、喜怒哀楽を表現しながらささやいた。
「「あぁ! この世界に入れたら、このキャラクターを救えるのにって!」」
「だから」
ふざけた現実を前に、俺はざらついた舌を動かす。
「だから……俺“だけ”を救うのか……お前たちから視たら……他の奴らは、救うに値しないのか……」
「「少年を救うには、全人類するしかない」」
「違うっ!! 嘘だっ!! それだけの力があるのなら!! 俺以外の全員も、救える筈だっ!! わざわざ、すげ替える必要なんてない!! あの女性は、究極の自他犠牲をもって、道を誤ったんだっ!!」
ふたりに分かたれたNPCは「「無理だよ」」と、同時、口に出す。
「全人類がいる限り、師匠は絶対に救われない」
「読者の言うことなのよ。信じて。わたしたち、たくさん考えたけれども、シキが救われる道は、全人類する他ないの」
「なんで、そこまで言い切れる?」
「「例えば」」
ふたりは、エフィたちを指差す。
「「あのまま、ボクたちが現れず、彼女たちとしあわせになれたとして。未来、彼女たちが“お約束”で事故死したら」」
純黒の四ツ目が、俺を捉える。
「「きっと、少年はまた、狂ってしまう。そして、救世主妄想に取り憑かれて己を殺す」」
そんなことはない――とは、すぐさま、答えられなかった。
なにせ、前科がある。俺は、あの女性に進むと誓った直後、父の死の原因が自分にあると聞かされて諦観を選んだ。
もし、また、大切な人を失ったら。
俺は――「し、シキさんはっ!!」
いつの間にか、エフィが隣に立っていた。
彼女は、長い髪の毛を振り回すようにして叫声を上げる。涙まじりの声で、一生懸命、己の感情を吐き出す。
「も、もう、ま、負けたりし、しませんっ!! こ、この人はっ!! つ、つよい!! い、現在を!! い、現在を、こ、この場所で、い、生きていない、あ、あなたたちにはっ!!」
彼女は、大きく息を吸い込んで、透明の涙が、弾け飛ぶ。
「絶対に!! 理解、できないっ!!」
同意するかのように、シエラとレイラは、エフィの両隣に立った。彼女たちの意思が、瞳の中で渦巻いて、螺旋と化して昇華されていく。
現在を生きる人間《Play Character》としての矜持が――視えた。
だから、俺は、微笑む。
「……そういうことだ、悪いが」
俺は、踏み出して、ふたりに挑みかかる。
「俺たちは、現在を選ぶよ」
「「なら」」
ぞっ――緑色の文字で埋め尽くされた、真っ黒で細長い塊が、俺に“ナニカ”を伸ばしていた。
「「試そうか」」
避けられず。
触れられて。
真っ暗闇に。
「……ココは」
そして、100年後。
「どこだ?」
ようやく、少年は、目覚めた。




