こうして、世界は平和になりまし
治療を施した後……シエラとレイラは、がばりと起き上がる。
「おはよう」
俺が笑いかけると、ふたりは唖然として大口を開けた。
「三人のお陰で、目が覚めた。俺は、もう諦めたりしない。全員で、しあわせになれる道を選ぶよ」
「えっ、ちょっ、さ、三人って!?」
俺の後ろから、エフィが、おずおずと顔を出す。その瞬間、ふたりの顔には、安堵が広がっていた。
「エフィ……救えたんですね……シエラたち、三人で……あの約束の通り……救えたんですね……?」
「……うん」
泣きながら、エフィは頷いた。
「し、シキ……シキ、なのよね……な、なんだか、随分と優しい顔つきになってるけど……そ、それに、猫背と半目はやめたの……?」
「あぁ、やめたよ、レイラ」
「レイラぁ!?」
名前を呼んだだけで、彼女は仰天する。
「だ、だれですか、この爽やかな好青年は……あの死人みたいな落ち窪んだ目は、どこにいったんですか……さ、様変わりし過ぎて、嬉しいを通り越して怖いんですが……」
「お約束を発揮しないように、他人を遠ざけてたからな。気に障っていたなら、謝るよ。すまなかった」
「「…………」」
顔を見合わせたシエラとレイラは、珍妙な表情を浮かべていた。確かに、過去の俺を知らなければ、豹変したようにしか思えないだろう。
「し、シキ、さん」
服の裾を引っ張られ、もじもじとしているエフィが声を漏らした。
「つ、月を止めないと……せ、世界が滅びるまで、じ、時間がないかなって……あ、改めて、お互いを知るのは……せ、世界を救ってからに……したほうがいいような……その、ごめんなさい……」
「あぁ、そうだな」
俺は、エフィの頭を撫でて、微笑みかける。
「ありがとう、エフィ」
顔を真っ赤にしたエフィは、どこか、恍惚とした眼差しを俺に向け――レイラが、間に割り込んでくる。
「いやいやいやっ!! ちょっと!! シキ!! な、なにしてんの、あんた!? な、ナデナデはダメでしょ!! ナデナデは!? お、お約束のことを忘れたわけじゃないわよね!? そ、そんなことしたら、この子、あんたの虜になっちゃうわよ!?」
「あぁ、そういうのもやめにしたんだ」
俺は、満面の笑顔で応える。
「今までの俺は、あまりにも、お約束に囚われすぎていた。そのせいで、諦め癖がついてたんだ。お約束の効力で発動した魅了で、みんなが俺を愛してくれてたと思い込もうとしてたんだよ。
レイラ、お前も、本当に俺のことが好きなんだよな? ありがとう、俺も、お前のことが好きだよ」
「し、シキさんが、無敵の人になってしまいました……そして、レイラが、立ったまま失神しました……こ、こわい……」
なにもかもを、受け入れる。
――この世界には、天才しかいないよ
子供は、そう言っていた。確かに、そうなのかもしれない。生まれ持った才能が、人生を決定づけて、努力は徒労と化すのかもしれない。
だが、俺が生まれ持った才能を、向き合うこともせずに諦めるのは、己の在り方を否定するということだ。誰かが愛してくれた自分を無下にして、生きることをやめるということだ。
人間は、きっと、立ち向かうために生きている。
自己の抱え込んだお約束に向き合って、あまりの辛さにくじけても、また立ち上がるために生きているんだ。それが自己証明になると信じて、現在を得るために進み続けるしかない。
だから、俺は、受け入れる。
この才能が、いつか世界を滅ぼしたとしても、俺はその結果を受け入れて生き続ける。
――負けるな……負けんなよ、シキ……そんなお約束になんて負けないで……
それこそが――あの女性の願いだ。
俺は、三人に向き直る。
はじめて、彼女たちの顔を、きちんと視たような気がした。
エフィ・ヴァーミリオン。
シエラ・トンプソン。
レイラ・オブシヴィアン。
俺を救ってくれた彼女たちは、勇者なんて記号には縛られない。縛ったりしてはいけない。俺は勇者に救われたんじゃない、彼女たちに救われたんだ。
だから、人が、皆が、世界が、彼女らを勇者と呼ぼうとも――俺だけは、三人の名を呼び続けよう。
「エフィ・ヴァーミリオン」
前髪で顔を隠していた彼女は、真っ直ぐに俺を見つめる。彼女自身のままで、目の前に向き直る。
「シエラ・トンプソン」
己で選び取った彼女は、憂いひとつない微笑を浮かべた。いつも迷っていた彼女の視線は、しっかりと俺を指している。
「レイラ・オブシヴィアン」
純朴で幼かった彼女は、自信に溢れた表情で頷いた。かつては、おざなりだった態度が、勇猛さへと一変している。
三人の少女の顔は、晴れやかに輝いていた。
だから、驚いて、嬉しくなる。
自分が救いたかった彼女らに救われて、この短い間に、彼女たちが大人になっていくのを見つめている。
もう、既に、隣に並んでいる。
俺の隣に――彼女たちが、立ってくれている。
「俺と一緒に」
だから、俺は、進もう。
「世界を救ってくれ」
この四人で、救世の道を辿り、結末を得よう。
それこそが、俺たちの選んだ、たったひとつの――お約束だ。
「行こう」
呼びかけに、三人は応える。
彼女らは、そっと、俺に寄り添った。
月を止めるため、俺はお約束を口にする。己の呼び寄せていた月を、引力を、結末を、引き剥がすように叫ぶ。
『こうしてっ!!』
体温が伝わる。
三人に押されて、俺は、お約束の能力に全身全霊を捧げる。
『こう……して……っ!!』
さぁ、叫べ。
叫べ、子供。
己の不運を叫んで、嘆いて、哀しめ。
その先に至るために、その先に進むために、その先に終わるために。
現在だけは――お前ごと、連れて行ってやる。
『こう……してぇ……っ!!』
脳裏をめぐる、かつての光景。様々なお約束の場面が、走馬灯のように、視界を駆け巡っていき――
『こうしてっ!! 世界はっ!!』
叫ぶ。
『平和になりましたっ!!』
お約束の詠唱が弾けて――世界は光に包まれ――
なかった。
「……は?」
月は、止まらない。
お約束と誓約が、まるで通じていない。
それどころか、月は勢いを増して世界へと落下し、細かい破片が降り注いで地に当たって弾け飛ぶ。視界の隅に視える人里から火の手が上がって、業火と化して墜落してくる隕石が、なにもかもを破壊し尽くしていく。
「な、なんで……どうして……お、俺の……
俺の、お約束が通じな――」
「ボクが落としてるからですよ」
闇の中から、粘ついた影が現れる。
カツカツ、と、靴音が響く。
怖気が、ただただ、ひた走る。
嫌な、予感が、絶望の、悪寒が、背筋を、通り抜けていく。
「「ボクらに、お約束は通じない」」
そして――恐怖が視える。
「第二の魔王……」
宵闇から這い出た彼/彼女の顔面は、まるで生き物ではないみたいに、黒色に染め上げられていた。
「そう、ボクは、第二の魔王」
「そして、わたしは、第三の魔王」
身体が中央で二分割されて、ふたりに増殖した魔王はつぶやく。
「「我々は、名をもたない。ただの記号」」
真っ黒なふたりは、ぐにゃぐにゃとねじ曲がり、目覚まし時計の音が鳴り響く。夢は、終わりだと、言わんばかりに。
「「またの名を」」
俺の目の前が――
「「NPC」」
真っ黒に、塗りつぶされていく。




