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あの時の、お約束

 一度は、握りあった手が、跳ね除けられる。


「ちがう……」


 エフィの顔は強張っていて、恐怖を示すようにして手が震えていた。


「わ、わたしは……勇者だ……貴方を……貴方を殺すために来た……そういう救い方しか……わたしは……っ!」


 殺気。


 仰け――反る。


 一筋の剣閃が流れて、俺の頬に赤色の線が刻まれる。垂れ落ちる血液よりも速く、俺は背後に跳んだ。


「よせ、エフィ!!」

「今更、名前を呼ぶなっ!!」


 右!? いや、左!!


 左方から、剣刃が飛ぶ。


 宙空から取り出した黒色の剣を合わせて、俺は視線だけをギョロギョロと動かす。四方八方に跳ね跳んだエフィ・ヴァーミリオンは、獣じみた動きで王座を蹴って、凄まじい勢いで突っ込んでくる。


『後ろか』


 攻撃を誘導して、背後からの一閃を弾く。


 跳ね跳んだエフィは、俺がへし折った短剣を構えて吠えた。


「わたしはっ!! わたしは、勇者だっ!! だから、知っている!! 殺さなければ、救えない者もいるんだっ!!」

「違うんだよ、エフィ……ようやく、俺は気づいた……俺は子供シキだった……客観視して、ようやくわかったんだよ……なにもかもを諦観で染め上げて、現実から逃避しても、その先に待っているのは闇だけだ……幾ら世界が理不尽極まりなくても……俺は、諦めたらいけなかった……変えようと思わなければ……」


 俺は、叫ぶ。


「自分も、意思も、世界も!! 絶対に、変わらないっ!!」

「今更、変えられるものかっ!!」


 投擲とうてき


 投げ捨てられた短剣が、真っ直ぐ、俺の下へと飛び――視線、釣られて、胸中に潜り込んでくるひとつの影。


『遅――「遅いっ!!」


 掌底が、腹部にねじ込まれる。


 レイラが唱え残した現術書素ワードレターで、強化された筋力によって、しょうが深々と穿たれる。くの字に折れた体躯、俺は上空に浮き上がり、上段蹴りが側頭部に打ち込まれる。


 喀血かっけつ、のち、激痛。


 腹の中に血溜まりができたような気色悪さに包まれ、反吐の代わりに血反吐を漏らし、息が詰まって対応を禁じられる。


 エフィの唇が、高速で動いた。


 つむがれた現術書素ワードレター、飛翔していた短剣が反転し、俺の首筋を狙って舞い戻る。


『……っ!』


 指を、一本、立てる。


 軌道を変えた短剣は、俺の人差し指へと吸い込まれ、ものの見事に弾かれる。くるくると、回転しながら打ち上がる。


 エフィと俺は、上空を見上げ、互いに幾重ものフェイントを交えて――間に落ちる。


 一瞬の空白に、俺は語りかけた。


「エフィ……俺は、もう、まけたくないんだよ……あきらめたくないんだ……コレしか方法はないと、断じて諦めて……たったひとりの、あの女性ひとの願いを……無下にしたくないんだ……わからなかった……わからなかったんだよ……俺がしあわせになることで、誰かがしあわせになるなんて……思いもしなかったんだよ……」


 ――シキ……愛してるから……お母さん、シキのこと大好きだからね……それだけは……それだけは、憶えておいて……いじわる言ってごめんね……ごめんね……


 そうだ。俺は。俺は、なんで。


 ――キミのことは、わたしが、絶対にしあわせにするから


 あの女性(ひと)たちの願いを――無下にしようとしていたんだろう。


「今になって、命が惜しいのか魔王!?」

「そうだ!! 俺は、間違えていたんだっ!!」


 短剣を拾い上げ、構えたエフィに、叫声を捧げる。


「俺は!! 俺自身が諦めていたから!! 自分をしあわせにすることを、諦めていたんだっ!! 言い訳がましく不幸面して、みんなに幸福を押し付けていたんだ!! みんなをしあわせにできるなら、俺は喜んで命なんて捨ててやる!!

 だけどっ!!」


 俺は、叫ぶ。


「俺は、まだ、全力を尽くしてない!! 俺が死ぬことで、誰かが嘆くなら!! 俺は、みんなをしあわせになんて出来やしない!! 父さんも母さんも、あの女性ひとも!! 俺の幸福を祈った彼女らを!! 無下にするような真似は!!」


 ただただ、胸の熱さを、心臓の高鳴りを、世界への希望を、吐き出す。


「俺たちが救う世界に、似つかわしくないんだよっ!!」

利己主義者エゴイストがっ!!」


 振るわれた短剣を、右手で受け止める。右掌に突き刺って手の甲を抜けたソレを、俺は、苦痛と一緒に握り込む。


「わ、わたしは!! わたしはっ!! 最初の魔王(ファースト)を殺した!! 殺して救ったんだ!! そう、そう信じなければ!? わ、わたしの!? わたしのしたことはなんなんだ!? た、ただの人殺しだ!! 勇者は世界を救うために、殺さなければいけないっ!! 人殺しが、幸せになれるわけもないんだっ!!

 わたしはっ!! 殺すことでしか救えないっ!! 救ったことがないんだっ!!」

「ここにあるのは、現在いまだけだっ!!」


 俺は、あのオルゴールの響きを思い出す。


「勇者が魔王を殺すなんて、古臭いお約束は捨てろ!! 勇者と魔王が手を取り合って、平和に暮らすお約束に変えればいいんだっ!! 内省も後悔も誓約も、お前の中に生き続けるっ!! 俺は、誤った自分を忘れたりなんてしないっ!! ただ、意思をもって、現在いまを進むことに!! 人間ひととしての在り方があるっ!!

 今から!! 今から、そう、変えられると、俺を信じろっ!!」

「り、理想を幾ら語ったところで……わた、わたしは、もう……っ!」

「誤った人間が、世界を救って、しあわせにはなれないなんてお約束っ!!」


 押す。


 ただ、押す。


 脳みそが沸騰するかのような痛み、垂れ流しの血で足を滑らせながら、俺は突き刺さった短剣の柄を押して――エフィへと進む。


「俺たちの救う世界にっ!!」


 絶叫が、ほとばしる。


「存在してないんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 押す、押す、押す。


 全体重を載せていたエフィの身体ごと、ついに動き始める。彼女は、圧されて、滲む汗の中で苦悶を漏らしていた。


「な、なん、で……し、シキさん……なん、で……」


 気圧されたエフィは、ついに凶刃から手を離した。俺は、掌から短剣を引き抜いて、床に放り捨てる。


「エフィ」


 前髪で顔を隠し、息を荒げている彼女に笑いかける。


「帰ったら――」


 あの時の、彼女の台詞を、俺は再生する。


「ボードゲームをやろう」


 目を、見開く。


 髪の毛の奥に隠された彼女の目が、確かに、綺麗に押し広がった。


 そして、透明の粒が、ゆらりと頬を流れる。


「う……うぁ……ぁ……ぁあ……うぁあ……っ!」


 崩れ落ちて、泣き出した彼女は、ただの幼い少女だった。


 殺すことでしか救えないと言っていた彼女は、たったひとつの『お約束』で、馬鹿げた自己犠牲を語る男を救った。


 俺は――彼女に救われたのだ。

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