今度こそ
廻廊が、続いていた。
俺の前に広がる廻廊には、まるで、果てがないように思える。
周囲を見回した俺の目に映るのは、両側に並べ立てられている絵画の数々だった。それらには、綺羅びやかな額縁がついていて、あたかも、それが正しい“現実の写し絵”だと言わんばかりだ。
絵画に描かれていたのは、子供だった。
黒色のクレヨンで、顔を真っ黒に塗りつぶされた子供は、聖剣を手に魔王を惨殺してけたたましく笑っている。学生服を着込んだ子供は、ヒロインらしき少女とキスをしていて、その足元には他のヒロインの首が並べ立てられている。
また別の絵では、弾丸が飛び交う中で、民衆が穴ぼこになっているにも関わらず、子供だけは平然と歩いている。彼の足先に頬ずりしている女神に、『チート』と描かれた箱を献上され、自分以外の人間を土台にして微笑んでいる絵もあった。
俺には、わかる。塗りつぶされていても。
その子供は――俺だ。
ピコピコと、音がした。
廻廊の奥の暗がり、そこに子供がいた。
彼の足元には、傷だらけのオルゴールを置いてあった。真っ黄色の携帯ゲーム機を両手でもち、夢中になってゲームをプレイしている。
「……おそかったね」
歩み寄ると、彼の顔がわかる。
その顔面は、真っ黒で、なにも映してはいない。ただ、在るだけだ。
「お前が……お約束だな?」
「ちがうよ」
一度たりとも、ゲームの画面から顔を上げずに、彼は言った。
「ぼくは、シキだよ。ただのシキ。君の脳が勝手に補完して創り上げた、身勝手極まりない想像にしか過ぎない。世界を支配している物理法則が目に見えないように、お約束もまた視覚で捉えられるものじゃない。
ただの、概念なんだ」
雑音混じりの声で、幼きシキは言った。彼の顔面に空いた黒い空洞は、なにも映っていない画面を映し続ける。
「結局、ぼくは、お約束に勝てなかったね」
「……あぁ」
「気にすることないよ。ほら、視て」
電源の切れているゲーム機を持ち上げ、彼はその画面を見せてくれる。
「ぼくの勇者は、レベル99なんだ。魔王を殺して、世界を救ったんだよ。今までに三回も負けたけど、セーブデータをロードして、レベルを上げてから挑んだら弱すぎて相手にならなかった」
「それは、なんだか」
「ずるくないよ?」
ザーザーと、彼は言う。
「だって、そういう風にプログラミングされているんだもん。魔王が勝てるわけないよ。何度、倒したって、セーブデータをロードして、またAボタンを押しにくるんだから。この世界はね、最初から、魔王が負けるために創られてるの」
「……救えないのか?」
「ぼくは、救えたの?」
俺は、なにも言えず、ただ俯く。
「ねぇ、しょんぼりすることないよ。だって、この世は、そんなものなんだから。生まれで才能も性別も決まってて、音楽も芸術も文芸も学業も、なにもかもが遺伝で決定されてるの。前頭葉の表面積、厚さ、密度の約80%は遺伝の影響なんだから」
ゲームの音が、虚しく、辺りに響き渡る。
「この世界には、天才しかいないよ。誰も彼もが、定められた命運を、決定事項をなぞっているに過ぎない。天から授けられた才能を信じられず、徒労を続けることを美化する天才しかいないんだ。
天才とは、99%の努力を無にする、1%のひらめきのことなんだよ……なんで、誰も彼も、無駄な努力を綺麗に飾り付けるんだろうね。道徳の授業で洗脳されて、脳細胞が死滅してるのかな」
「……そんなこと、ない」
「なら、やってみて」
彼は、俺にゲーム機を手渡す。
「このゲームで、魔王を勝たせて、世界が闇に包まれたエンディングをみせてよ。もう、セーブデータをロード出来ないようにしてみせてよ。ぼくがAボタンを押しに来れないように、首を締めて殺してみせてよ」
なにも言えずに突っ立っている俺の前で、顔に空いた空洞から、断末魔が漏れるような笑い声が聞こえてくる。
「君は、生まれる時に身長や容姿を決められたの!? 将来の夢のために努力して、絶対に叶えられるようにって決定できたのかな!? 何歳で死ぬことを設定して、将来的に孕ませる女を用意して、絵に描いたような幸せな老後を並べることができていたのかなぁ!?」
「違う……間違えてる……お前は、間違えてる……なにもかもを諦観で染め上げたら……その先には、もう、なにも……」
「負けたくせに」
子供は、せせら笑う。
「負けたくせに、今更、そんなこと言うのはやめなよ。父親も母親もあの女性も殺して、勇者たちを傷つけて、エフィ・ヴァーミリオンを自殺に追いやったくせに」
「俺は……ぼくは……ただ、世界を救いたくて……」
「は? 村人Aでしょ?」
ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……
おびただしい数のメッセージが、ポップアップして積み重なり、囲まれたぼくはうろたえて立ち竦む。
「村人Aに世界が救えるわけないんだよ。決まってるんだから。変な夢見て、陶酔するのやめなよ。みっともない」
「でも……ぼくは……」
「わかったよわかった。ぼくは、世界を救った。それで十分じゃないか。美しい自己犠牲で幕を下ろして、ハッピーエンドを迎えた。それでいいよ。
だから、もう、ぼくはココにいればいい。ずっと、ココで、お約束の夢を見続けていればいいんだ」
お道具箱をひっくり返して、子供はたくさんのカセットを散らばらせる。
「さぁ、もう、眠ろう……素敵な夢が視れるよ……こんな、クソみたいな現実、視なくてもいいんだ……」
とろりとした、眠気がやって来る。安穏が、やって来る。
今まで忘れていた、疲労や混濁が、どっと肩にのしかかってくるのを感じた。瞼が下りてくるのを感じて、差し伸べられた手に光が差す。
だから、俺は、その手をとっ――オルゴールが、鳴った。
懐かしい、音だった。
まるで、母親の子守唄を、ゆりかごの中で聞いているような。
慈愛に満ちた、音の波。
『マケ……ナイ……デ……』
とぎれとぎれに、よわよわしく、そのオルゴールは鳴った。
『シ……キ……マケ……ナ……イ……デ……マケ……』
「うるさいっ!!」
子供は、ボロボロのオルゴールを踏みつける。
「うるさいうるさいうるさいっ!! うるさいんだよっ!! ぼくは、世界を救うんだ!! お母さんと約束したんだっ!! ぼくが!! ぼくが犠牲になれば!! 世界を救えるんだ!! だから、もう、黙ってろ!! 黙ってろ黙ってろ黙ってろよっ!!」
何度も何度も何度も、踏みつけられて、蔑ろにされて、傷だらけになる。だが、オルゴールの音色は止まらない。
幾ら否定されても、何度拒絶されても、幾度断絶されても。
――わたしは、キミだけの勇者だ
きっと、いつまでも、生き続ける。
そのことに、やっと、気がついて。見開いた目に、目の前が映る。
だから、俺は――聞こえる。
『仲良しこよしを願ってる』
命懸けで届いた言葉が、
『お約束なんて、知らねぇよ』
全身全霊で届いた祈りが、
『わたしには、殺すことしかできない』
犠牲をもって届いた『たすけて』が、
『まけないでよ……』
俺に――響き渡る。
血が、通う。
今まで、感じられなかった、熱い何かが、ようやく動き出す。
止まっていた時間が、オルゴールの献身をもって、停止していた己を打ち壊して這い出てくる。
『シキ』
あの女性が、お母さんの白いワンピースを着て笑っている。
『まけんなよ!』
そして、拳を突き出す。
「……あぁ」
だから、その拳に――約束を合わせた。
「俺……今度こそ……もう……まけないよ……だから」
俺は、笑う。
「そこで、視ててくれ」
「無駄だっ!!」
叫声を上げて、子供は立ち上がる。
「どうせ、今更、お前がなにしたって無駄だっ!! ぼくは知ってる!! ぼくは、ぼくを知ってるからな!! どうせ、戻ってくる!! お前は、絶対に戻ってくる!! この世界に!! お約束に絶望して!! 戻ってくる!!」
そして、彼は、またゲームを始める。
「まってるからな!! ココで!! ココで、ぼくのことをまってるからな!! アハハッ!! その無駄なあがきを視ててやる!! ココで!! ずっと!! ずっとずっとずっと!!」
もう、振り返らない。
俺は、歩き始める。
打ち合わせた拳に誓いをのせて――進み始める。
エフィ・ヴァーミリオンは、驚愕して起き上がる。
死なない。なぜ。なぜ、死んでいない。
「エフィ」
そして、あまりの驚きに――今度こそ、死にそうになった。
「第二形態だ……最後の敵には、二回戦があるのがお約束だろ……今度は、俺が利用してやった……」
快活に笑った彼は、へし折った短剣の剣先を放り捨てる。
「さぁ、やり直すぞ」
思わず、エフィは涙がにじむ。矛盾している感情を前にして、彼女は、ぽろぽろと涙をこぼした。
「今度こそ、世界を救おう!」
シキは笑って、手を差し伸べる。
「みんなで!!」
思わず、彼女は、その手を――掴んだ。




