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勇(気ある殺す)者

NPCノンプレイヤーキャラクター?」


 幼き日のエフィ・ヴァーミリオンの前で、すらりとした立ち姿の女性は、紫煙を吐いて微笑んだ。


「NPCには、魂が存在しない」

「え……た、たましい、ですか……?」


 どこからか、友人たちの駆け回る笑い声が聞こえた。


 エフィは、腰掛けた橋の上で、川の流れを見つめている。


 川面かわもに映し出された女性の顔は、どことなく虚ろげで、ボードゲームのコマを弄くり回していた。村人たちには気味悪がられている『救わなかった(Not A Save)』の文字列は、赤黒く彼女の腕を染め尽くしている。


「そうだ。だから、自然の法則性には従わない。空虚ではあるが、世界の強制力から解放された、唯一無二の自由を掴める存在と成り得る」

「よ、よくわかりませんけど……えっと、その、NPCってヤツを作る夢……」


 もじもじとしながら、エフィは微笑む。


「あの、その……わ、わたし……応援、しますね……」

「ありがとう」


 ショートカットの彼女は、美しい女性であることは間違いなかったが、所作や口調が男性に近いところがあった。腕に刻まれた死人たちの名前と言い、なにかしら、深い事情があるのかもしれない。


「わたしはね」


 コマと手をポケットに突っ込んで、彼女は青い空を見上げる。


「ひとりの男の子を救いたいんだ」


 両目に染った憂慮ゆうりょに惹かれて、エフィは、彼女の横顔を見上げる。どことなく寂しげで、悲しそうな微笑を。


「ちっこくて、不器用で、どうしようもないアホだけどな……アイツには、幸せになって欲しいんだ……もう、泣いて欲しくないんだよ……泣き顔だけは、もう、視たくないと想ったんだ……」


 風が吹き、髪で顔が隠れ――ひとすじの涙が、彼女の頬を伝った。


「あの子だけは……あの子だけは……救ってみせる……なにを犠牲にしようとも……なにを代償にしようとも……もう、あの子に、逢えない存在に成り果てようとも……」


 振り向いた彼女は、もう泣いてはいなかった。


「わたしは、あの子だけの勇者でいるよ」


 エフィを、見つめる、彼女の、目玉。


 目。


 その目。


 その目は――なにかを――逸していた。


 絶句したエフィの耳に、友人たちの呼び声が聞こえてくる。


 引っ込み思案で恥ずかしがりやのエフィにも、優しく接してくれてなにも強要しない、慈愛に満ちた友人たち。彼らは、余所者である『救わなかった(Not A Save)』の傷をもつ彼女さえも、仲間に入れて、村の案内や食事の手配までしていた。


「行くか」


 普段どおりの優しい目をした彼女は、エフィに手を差し伸べる。


 その手を握って、明くる日――村が燃えていた。


 火溜まり。


 火溜まりの赤の中。


 エフィは、茫然自失として、赤色を見つめる。


 燃え盛る業火の中、地面が真っ赤に染まっている。あたかも、空から、雨粒の代わりに血肉が降り注いだかのようだった。


 彼女が歩く度に、ぴちゃぴちゃと音が立って、粘液質なソレが足の裏にへばりつく。


 家族も、友人も、知人も――すべてが、消え失せていた。


 残ったのは、彼女ソレ


 『救わなかった(Not A Save)』の葬列に、新たな犠牲者を刻んでいる女。赤黒い棒きれのようになった腕に、幾度も幾度も幾度も、鋭利なナイフを突き立てている女性。

血であふれた地の上で、赤色に染まりきった彼女は死を刻む。


「…………」


 視界が、回る。


 常軌を逸した光景を前にして、込み上げてくる虚しさ。


 ひとり生き残ったエフィは、一心不乱に己の腕を切り刻んでいる女性を見つめることしかできなかった。


 そして、その目が、エフィに、向けられる。


「……ひとりだけ、のこすようにしてる」


 鮮やかな真紅を髪先から零しながら、ぼそぼそと彼女は言った。


「ゆるして、ほしく、ないから。ひとりだけは、実験に、つかわないようにしてるんだ。いつか、正当な罰を受けるために」

「……NPCを作るためですか?」

「あぁ」


 本当に嬉しそうな笑顔で、彼女は言った。


「そうすれば、あの子が幸せになれるんだ」


 あぁ、そうか。


 エフィ・ヴァーミリオンは、知れず、冷めきった心で理解する。


 人を救うというのは、こんなにも、こんなにも、こんなにも――独善的おろかなのか。


「……すごい」


 皮肉でもなんでもなく、エフィは称賛を発していた。


「たぶん、わたしは、母や父を救えるとしても――こんなことは、到底できない」

「その感想は、はじめて聞いた」


 千切れかけている腕を引きずって、立ち上がった勇者は、眠たげな目つきで歩き始める。


 すれ違いざま――か細い声が聞こえた。


「……約束、してくれないか?」


 疲れ切った表情で、勇者はささやく。


「いつか、わたしを殺すと」


 現実を把握しきれていないエフィは、怒りも悲しみも感じず、ただただくらむような頭痛を覚えていた。その激痛にさいなまれる度に、徐々に現実味を帯びてきて、ふつふつとたぎるような“哀れみ”が湧いてくる。


「約束してくれ」


 あぁ、この女性ひとは。


「たのむ……もう、わたしは……」


 わたしが。


「つかれた……」


 救って(殺して)あげなければいけない。


「わかった」


 エフィは、知れず、女性の握っていたナイフを刃ごと握りしめている。五指に食い込んだ刃が、徐々に食い込んでいき、関節ごと千切れてしまいそうになりながら。


「君を殺し(救っ)てあげよう」


 殺す(救う)ためのエフィ・ヴァーミリオンとして――新生した。


 どことなく気障キザな、彼女なりの勇者としてのイメージ。救うための手段を選ばない、ねじ曲がった感情経路。


 そう、勇気にも、様々な種類がある。


「……ありがとう」


 人を殺す勇気をもつ者も――また、勇者と呼ぶ。




「……シキさん」


 縛り上げた三番目サードを床に転がし、エフィ・ヴァーミリオンは、大きな月に願いをかける。


「わたしが、絶対に救いますから」


 エフィ・ヴァーミリオン――彼女は、勇者である。

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