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「ココは、はじまりの村です」

 ――ココは、はじまりの村です

 

 簡単なセリフだと、メアリは笑っていた。


「ほんと~に簡単なの。誰にでもできる。でも、誰にでもできることじゃないの。選ばれないといけない。そのためにめいっぱいおめかしした女の子たちが、村長の家に押しかけてたんだから。

 光明の案内人(ホープ・ガイド)はね、みんなの夢を導くお星さまなの。ただ、村の前に立って、訪れる人たちに『ココは、はじまりの村です』って言うだけなんだけど、その挨拶を忘れられないって人が大勢いるのよ」


 祝祭の前夜、文字の星(アスタリスク)またたいていた。


 赤、青、緑、桃、橙、紫、藍……宵闇に煌めく色文字は、来たるべき希望に備えて、きらめいている夢のようだった。村の子供たちが描いた色とりどりの夢は、夜空を彩る美しい星となる。


 母と並んでベッドに腰掛けたシキは、自分の夢を視ていた。


 ――勇者おじさんの力になりたい


 黄色、星の色、世界の色。


 切なる願いをふたりで見上げる。どこからか聞こえてくる酒盛りの声は、気持ちよく耳に響き渡るようだった。


「ねぇ、シキ」

「なぁに?」

勇者あのひとを……たすけたいの……?」

「うん」


 泣いていた勇者かのじょを思い出し、シキは、誰とも交わらなかった自分を重ねてみる。ものの見事に一致して連想ピースは連なり、孤独を余儀なくされた己と、あの人は一緒だと確信する。


「お母さん」


 母の望む答えを、シキは提示する。


「ぼくは、ただの村人Aだよ」

「…………」

『だけどね、この世界を救ってみせるよ。善い人になるの。きっといつか、魔王が復活するって言われてるけど、ただの村人Aのぼくでも、勇者様の力になって世界を救えたりするのかな?』


 メアリは、唇をぎゅっと引き絞り、口元を戦慄わななかせながら応える。


「……そんなの、あたりまえじゃない」


 シキは、想う。


 母は承知している。幼い自分に『村人A』の役を押し付けたことを。そして、そのことをシキが理解していることを理解わかっていながらも、息子の平穏な未来のために“訂正”を口にできないことも。


 お約束。


 お約束だった。


 シキは生まれてこの方、魔王役ばかりをやらされてきて――今は、母のために、村人Aとして生きることを余儀なくされる。


 ――『お約束』して……誰とも深く関わらないって……感情的になったりしないって……ただ、普通に生きるって……『お約束』して……


 ただ、普通に。村人Aとして。


「だいじょうぶ! シキならなれる! ただの村人Aだって、勇者様の力になって、この世界を救えるんだよ!」


 文字ゆめの前で、母はシキを抱き締める。


「勇者しか世界を救えないなんて、そんなお約束はありえないんだからっ!」


 あぁ、もう、ぼくは、いっしょう、このままか。


 暗い感情が――シキを支配する。


 ずっと、誰かの下で、不幸せを享受しながら生きるしかないのか。ぼくだって、この能力チカラで世界を救ってみたいのに。ただの村人Aとして、一生、つまらない世界を受け入れるのか。


 猫背と半目。


 自称勇者あのひとを思い出す。


 腕には注射の痕がたらふく残っていて、あまりの非道に耐えきれず中毒者になり、なにかを救わず己すらも救えなかった。


 ぼくも、あぁなるのか。


 ――魔王として、この世界のために死ねる?


 あぁ、死ねる。


 ぼくは、世界を救いたい。善い人になりたい。お母さんが喜ぶ村人Aじゃなくて、お母さんが大喜びする魔王として死にたい。


 ぼくのために犠牲になったお母さんのために、ぼく自身が犠牲にならなければならない。


 ――お母さん、おなかいっぱいだから


 なにも気が付かず、母を犠牲にしてきたバカな子供ぼくは、お母さんの笑顔のためにがんばらないといけない。


 そうだ。


 そうだ、ぼくは。


 世界を救わなきゃ!


「お母さん」


 シキは、うっとりとして微笑む。


「ぼくは、世界を救うよ」


 ――能力チカラの使い方を学べ。正しさの定義を刻み込め。善意と悪意には裏も表もなく、ただ、結果だけが投じられる世界を見つめろ。そうすりゃあ


 ぼくは。


 ――オレ様みたいにはならない


 あの人みたいには、なったりしない。




 たぶん、もう、未来フラグは立っていた。


 ――『うん! お母さんの光明の案内人(ホープ・ガイド)、ずーっと視てるよ!』


 いつだって、そこに未来さきはいた。それは法則性であり、普遍性であり、お約束と呼ばれるものなのだ。


 シキは、ただのバカな子供だった。


 そのことを彼は忘れていて、自身のお約束の能力チカラが、どんな結果を招くのかを考えることができなかった。


 だから、コレは、当たり前の帰結だった。


 調子にのった人物は――例外なく、“報い”を受ける。


 そういう、お約束だ。


 だから、その祝祭の日、唐突にふりはじめた雨は、シキと光明の案内人(ホープ・ガイド)である彼の母親を濡らしていた。


 ひたすらに、世界は冷めていく。


 匂も音も光明すらも――奪われてしまったかのようだった。


 灰色の世界。曇天に包まれて、ざーっというモザイク音が鳴り響く。豪雨はふたりの体温を奪い取り、見る見る間に色褪せていく。


 色を失った世界で、不気味に、赤色の文字だけが光り輝いていた。


 ――ずっと、光明の案内人(ホープ・ガイド)をしたい!


 それは、メアリの文字灯ねがいごとだった。


 無垢なる願い。


 水たまりに写り込んだ、真っ赤な願い事。点滅しながら彼女の足先を浸し、血液のような赤がにじみ出る。


「ココは、はじまりの村です……」


 虚ろな瞳をしたメアリは、ささやく。


「ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……」

「おか、おかぁさん、かえろうよ……ねぇ、おうちにかえろうよ……ねぇ、おかぁさん、ねぇ……ねぇ……」


 ずぶ濡れになったシキは、歪んだ顔で、涙を流しながら彼女の腕を引く。


「ねぇっ!! おかあさ――」

「ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……ココは、はじまりの村です……」


 もう、コレは、母ではない。シキは悟る。


 コマンド → はなす


 シキは、世界に描かれた文字を、なんとなしに選んでみただけだった。ただの好奇心で。一度だけならと。能力チカラの扱い方を学ぶつもりで、ただ、一言だけ、そこに書かれた文字を試してみただけだった。


 そして――お約束()を受けた。


『だ、だいじょうぶだよ、おかあさん!! なおるから!! ぼくの能力チカラの効力が切れれば、やり直せ――』


 母親の胸から、三本の槍先が突き出た。


 彼女の口元から大量の血液が漏れ出て、唖然としているシキの前で、目の色を変えた村長と門番たちが長槍を引き抜く。


「この村は、観光事業で成り立っているんじゃ……いつまでも、こんなところで立たれていたら、この村の全員が飢え死にしてしまう……許しておくれ……許しておくれ、シキ……すまん……儂は、いったい、なにを……?」


 倒れ込んできた母親を抱きとめ、とても温かな血液に満たされていき、全身が小刻みに震えて胃が痙攣する。立ったまま嘔吐して、目の前がぐるぐると回り、あまりの寒さに歯の根が合わなくなって焦点が定まらなくなる。


「お、おま、おま、え、ら……おま、おま、え、ら……」


 どんどん冷たくなっていく母親を抱えながら、半ば逆恨みだとわかりながら、お約束の効力だと知りながらも――シキは、口を開く。


『全員、殺し――』


 決定的だった一言おやくそくを塞いだのは、赤赤と染め上がった母親の右手だった。


「し、しき」


 どこか遠くを視ながら、弱々しい笑みを浮かべている母は、あまりにもか細い声でささやいた。


「これ、たべなさい……お、おか、おかあさ……お、おなか、いっぱい、だから……た、たべなさい……おとうさんみたいに……お、おっきくなって……わぁ、す、すごいわ、しき……もう、たてるように……み、みて、よ、あなた……しきが、こ、こんなに、りっぱに……まる、で……そう、まるで……」


 涙を零した母は、幸せそうにつぶやいた。


「ゆうしゃさま……みたい……」

「……おかあさん?」


 目を見開いたまま、動かなくなった母を揺さぶる。


「おかあさん? ねぇ? おかあさん? どうしたの? ね、ねぇ? つ、つかれたの? おか、おかあさん? だ、だいじょうぶ、だよ、ぼ、ぼく、も、もうちょっとで、おとな、おとなになるんだから。り、りっぱなおとなになって、お、おかあさんのために、せかいを、ねぇ、せ、せかいを、すくって。お、おかあさ? ね、ねぇ? お、おかあさん?」


 重みに耐えきれず、その場に倒れ込む。


 そして、母を抱える。


 そのあまりの重さに、あり得ない重さに、いなくなってしまった重さに、シキの両目から“すべて”が流れ落ちる。


「……えへっ、えへへっ、へへっ」


 母親の死体の胸に潜り込み、腕を動かして、シキは冷たい彼女に抱き締められる。


「えへ、えへへぇ、えへっ、へへへぇ、おかぁさぁん、へへへ、おかぁさぁん」


 ただ、泣きながら、シキはその冷たさを感じ続けた。


 肉が腐り始めて腐臭が漂い始め、勇者が村に帰還してくるまでの間、シキは村人たちを寄せ付けずに――罰を受け取り続けていた。

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