村はお祭りしがち
フィーニスの村こと『はじまりの村』は、いつになく賑わっていた。
一年に一度の祝祭の季節が、喧騒を引き連れてきたのだ。
この祭りの狙い所は、はじまりの村の出身である勇者の武勇を語り継いでいくことにある。救世の担い手にあやかろうと、この時期、はじまりの村には大勢の観光客たちが訪れるのだ。
いやらしく言い換えれば、一年に一度の稼ぎ時である。
三日後に迫るお祭りに向けて、野良仕事をしていた大人連中も、その手伝いをしていた子どもたちも、笑顔で協力し合って設営準備をしていた。
等間隔で並ぶ家々には、魔王と相打ちになったと云われる勇者の魂が、故郷に無事に帰ってこられるようにと、目印代わりの『文字灯』と呼ばれる灯籠が軒先に飾られていた。
現術書素によって灯されるのは、幻想的な色とりどりの光明である。思い思いに彩色された紙灯籠は七色に輝き、書式によって異なる文字を宵闇に投影する。
「…………」
足元にまで伸ばした、異様なまでに長く美しい髪の毛。
以前はわざと薄汚いおっさんを装っていた自称勇者は、村の中でも際立った美貌をもって君臨しており――
「…………」
真剣な表情で、文字灯に『おっぱい』と書き込んでいた。
「どうだぁ、シキ? オレ様の華麗なる文字は?」
シキは、中性的な声音の彼女に出来栄えを問われ、暗闇に投影されるファッションピンクの文字を見つめる。
「……しゅちょーが強すぎない?」
デカデカと闇夜に映し出されるおっぱいは、くっきりとピンク色に猛アピールしていた。
「他に書くことなかったの? 我が家の恥だよ?」
「毎年書いてれば、そのうち、我が家の誇りになったりしねぇかな?」
「な・り・ま・せ・ん!」
メアリが背後からぱしんと背中を叩き、勇者が顔をしかめる。
「本来は、自分の叶えたい夢を書くものですっ!
いい加減、シキの教育に良い大人になってくれませんか? こんなにもかわいいシキを、堕落の道に誘うのはやめてください。
ね~、シキ~! ん~!!」
「いだい~」
猛烈にほっぺたを擦り合わされたシキは、母から離脱して勇者の後ろに隠れる。
「お! オレ様が美人なお姉さんだとわかった途端に、尻フェチを猛アピールしてきやがって!」
意味がわからないので首を傾げると、またも勇者は打撃を受ける。
「おじさん、なんで、男の人のフリしてたの?」
「おじさんじゃなくて勇者様と呼べよな、ガキンチョ。礼儀知らずは、礼儀知らずとしか仲良くなれ――」
「で、理由は?」
メアリに問い詰められ、渋々といった様子で勇者は口を開く。
「飴と鞭」
「え~、どういうこと~?」
「今後、先生役をやるに当たって、魅了対策のおじさん仕様だと、シキが言うことを聞いてくれない可能性があると思ってな。魅力的なオレ様本来の姿で、魅了かけた後、ハニトラ仕掛けて洗脳してやろうと思っ――」
満面の笑顔を浮かべたメアリが「へぇ」と一言つぶやいただけで、自称勇者はそっぽを向いて、なにも知らないと言わんばかりにまばたきをした。
「でも、メアリさんだって、気づいてただろ? オレ様をぎゅっと抱き締めた時に」
――あなた……なんで……
メアリの意味深な発言を思い出し、シキは得心がいった。
ボロ布を纏っている時は体型がよくわからなかったが、身体と身体が密着した時に、この宙空に浮き出ている『おっぱい』が当たって真実が明らかになったのだろう。
こうしてワンピースを着ていれば、慎ましやかなる胸の膨らみも、お上品に存在をアピールしている。
「あ~! だから、おじさんと一緒にお風呂に入っちゃダメだったのか~!」
正解だと言わんばかりに、メアリは顔をしかめる。
「なんで、お母さん、教えてくれなかったの!? ぼくだけ仲間はずれにするなんて、酷いよ!!」
「…………」
「オマエの能力の影響があるからな」
ぽんぽんと頭を叩きながら、勇者様は言った。
「もしかしたら、シキのせいで、オレ様が女性に変わっちまったんじゃないかって危惧してたんだろ。なんでもありだからな、その“お約束”は」
「お約束? なにそれ?」
勇者は「おいおい」と言いながら、キザに肩を竦めてみせた。
「オマエの能力の正体だよ。法則性を抽象的に言い換えれば、お約束って意味になる。りんごが木から落ちるのが当然のように、オマエの能力が発動すれば、言説と行動と状況の方程式で事象が生じる」
「……よくわかんない」
苦笑して、勇者はささやく。
「勇者と魔王が戦えば、どちらが勝つ?」
「勇者!」
「そうだ。それが“法則性”、つまり、オマエの操る“お約束”だよ。人々の間に流布されている普遍性を、事実関係として現実に当てはめる“魔法”のことだ」
自称勇者は懐からりんごを取り出し、シキの前でぎゅっと握り込み、手を離して地面に落とした。
「りんごから手を離したら落ちた……おかしいと思うか?」
「べつに。“普通”だよ?」
「そうだ、その感覚が皆に伝われば、それが普遍性だ。
オマエの能力は、世界との対話によって、その普遍性を周囲に押し付けるモノだ。とある世界では当たり前の法則が、この世界でも当たり前のこととして実現する。
それが、オマエのお約束と誓約」
しっくりと言葉が染み込み、シキはつぶやく。
「お約束……と誓約……」
「どうだ、格好いいだろ? オレ様のネーミングセンスに酔いしれて、憶測で出来上がった理論を本当だと思い込むがいい」
メアリはため息を吐いて「結局、根拠はないのね」と呆れていたが、シキはその仮設が正しいものだと信じて疑わなかった。
「その能力は、きっといつか、=で結ばれる」
微笑んだ勇者は、シキの頭をそっと撫でる。
「だけど、もし、=で結ばれたとしても――」
彼女は、言った。
「正答は、まだ出ていない」
シキは頷いて、なにか、言葉を発しようとして――駆けてきた村長が、笑顔でメアリに叫んだ。
「メアリ、おめでとう! お前さん、今年の光明の案内人に選ばれおったぞ!!」
メアリは、息を呑み――
「え、ぇえええええええええええええええええええ!?」
子どもみたいに大きな声を出し、あまりの歓喜でぴょんぴょんと飛び跳ねた。




