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メガネと三編み=美少女=前髪で顔を隠している

 翌日の夕方、自称勇者は目を覚ました。


「…………」

「あーっ!! たばこ、すってるーっ!! ダメなのにーっ!!」

とりじゃねぇんだから、なにかと叫ぶのはやめろよ……病み上がりの脳みそが激しくシェイクされちゃうだろ……せめて、優しくして……」


 こんこんとノックして、開けっ放しの扉に肩を預けたメアリがつぶやく。


「……お話があります」

「シキ、明日から、オレ様がお父さんだからな? パパと呼べ?」

「あなたが、お父さんになれるわけないでしょうが……」


 ため息を吐いた母に目線で出ていくようにせがまれるが、自称勇者にまとわりついたシキは離れようとしなかった。ココでのけものにされてしまったら、今後、なにもかもをひた隠しにされるという予感があったからだった。


 離れようとしないシキを視て、諦めたメアリは口を開く。


「あなた……薬草の中毒者でしょう?」

「まぁね」


 ニヤニヤと笑った勇者は、食べかけのポリッジを放棄して、ベッドの上であぐらをかく。


「本当に……あなたは……何者なの……あの腕に刻まれていた名前の羅列は……なにをしてきたら、あそこまで酷い中毒症状が出るの……?」

「オレ様がこんな格好している理由とも関係あるが、子どもに語れるような内容じゃねぇなぁ」


 ちょいちょいと指で招かれて、近づいたメアリに、ボソボソとした声で耳打ちが行われ――綺麗に顔を歪めた彼女は、急に口を押さえたかと思えば駆け出して、派手な嘔吐音が聞こえてくる。


「……ごめんなさい」


 口元を拭いながら戻ってきたメアリの謝罪に、彼はケラケラと笑いながら応える。


「あんたの謝ることじゃねぇだろ」


 そして――すっと、真顔に戻る。


「全部、あの男のやったことで、ただの逆恨みだ」


 黙って頭を撫で続けられていたシキは、こちらを見下げながら“冷たい目”をした彼に気づく。同時にやるせない表情を浮かべていて、どうしようもない感情を、無闇矢鱈に整理していようとしているかのように視えた。


「今更、どうにかしようなんて思わねぇだろ……ココに導かれてたのも、きっと、シキの能力チカラによるものだ……世界に引っ張られた……“因縁おやくそく”ってヤツが、オレ様をココに導いたんだ……」


 無理に笑おうとした彼は、頬をぴくぴくと痙攣させる。そのあまりにも哀しそうな顔つきに、シキは思わず彼の袖を引っ張っていた。


「おじさん、だいじょうぶ? 僕にできることある?」

「オレ様とお母さんとの結婚式で、仲人をやってくれ……初夜は空気を読んで、お友だちの家にお泊りに行ってくれ……」

「わかった!」

「わ~か~ら~な~い~のぉ~!」


 背後からびよんびよんと頬を伸ばされて、「いひゃいひゃい」と悲鳴を上げる。シキのもちもち肌がお気に召したのか、メアリはしばらくの間、嬉しそうにほっぺたを引っ張り続けていた。


 そんな様子を――勇者は、微笑んで視ていた。


 明くる日。


 体調を取り戻した猫背と半目の勇者は、面倒くさそうな様子でぽりぽりと頬を掻く。


「シキ、レッスン1は既に始まっている」

「嘘つき!!」

「いや、信じろや。昔の愚か者が『技術は視て盗め』と言った。オレ様の出で立ちを視て、なにか悟るものがないか?」

「……結婚できなそう」


 ほっぺたを丹念に伸ばされて「いひゃいひゃい」と声が漏れる。


「誰が感想を言えと言った、ガキンチョが。

 数日間、オマエを視て思ったのは、妙に女にモテていて死ぬほどムカつくということだ。世の皆様方がオマエの異様なモテぶりを見かけたら、二目と見れない顔面に拳で整形してやろうと思い立つこと間違いなしだぞ」

『べつにぼく、女の子に興味な――』


 パッと口を塞がれて、勇者は真剣な顔つきで周囲を睨みつける。


「今、オマエ、どこかを“読んだ”よな……オレ様の視えない世界……世界に描かれた不文律ワードを読み上げたんだろ……?」


 シキは、必死にもがいて両手を外して「な、なんで、わかったの!? 今まで、わかった人なんていなかったのに!!」と歓喜を叫ぶ。仲間はずれの自分を理解してくれる人ができたようで、彼の心は人知れず弾んでいた。


「二度と読むな」

「え?」

「オマエにだけ読める文字は、二度と読むんじゃない。十中八九、オマエの能力チカラの発動条件はソレだ」


 珍しく真顔になった彼に、シキは反論を返す。


「でも、ぼくが読まなくても、勝手に誰かが読んじゃうよ? 勇者ごっこしてる時、口を開かなくても、勝手にみんながひれ伏したりしたもん」

「……発動条件は、言説と行動と状況か。厄介だな」


 大きなため息を吐いて、自称勇者はどんよりと顔を曇らせる。


「シキ」


 正面から腹を押されて背が曲がり、強制的にまぶたを下ろされて半目にさせられる。その姿勢のままでいろと言いつけられて、ぷるぷると震えながら猫背と半目をキープした。


「よくわからんが、オマエはモテる。まぁ、たまにいる魅了チャーム持ちだろう。あまり気にするな」


 『あまり気にするな』と言っている割には、勇者は表情を引きつらせていた。シキのもつ特別なお約束(チカラ)のこともあってか、なにかしらの意味があると疑っているのかもしれない。


 ――魔王って、生まれた時から、魅了チャームもってんだってさ!


 村に住む子どもたちの言葉を思い出し、シキは少し嫌な想像をしたが、目の前の男の言葉を信じ込むことにする。


魅了チャームの効果を減じるには、魅力のない人間になるのが一番だ。例えば、猫背と半目になるとか、薄汚い格好をして口汚くなるとか、前髪で顔を覆い隠すとか人に嫌われる行為をわざとするとかな」

「へぇ、まるで、おじさんみたいだね!」


 勇者の顔が――わかりやすく強張る。


「……オレ様は、勇者だ」

「え? うん、知ってる!」


 自称勇者は両手を震わせながら煙草を咥え、縋るようにして勢いよく煙を吸い込む。咳き込みながらも、気分が落ち着いてきたのか、振り向いた時にはいつものニタニタ顔に戻っていた。


「シキ、今から、オマエに酷いことを命令するぞ」

「え~、なに~?」


 すっと、無表情になった彼は、平坦な声音でささやく。


「人に心を向けるな。人に情を抱くな。人に夢をもつな」

「どういうこと?」

「誰も傷つけたくないなら、たったひとりで生きろ。誰も殺したくないなら、たったひとりで生きろ。誰も助けられないなら、たったひとりで生きろ。

 そして、ひとりで死ね」


 ――だーいじょうぶ! 善い行いは神様もわたしも視てる! だから、シキは、立派な善人になりなさい


 ふと、腑に落ちる。


 ――でも、もう、他の子と遊んじゃだ~め!


 母の言葉の意味。


 ――お母さんと約束して……もう他の子と遊んだりしないって……村の人たちと関わったりしないって……約束して……


 母の願いの意味。


 ――シキ……愛してるから……お母さん、シキのこと大好きだからね……それだけは……それだけは、憶えておいて……いじわる言ってごめんね……ごめんね……


 母の苦悩の意味。


 ――うん……そうだね……シキは、善い人になるんだもんね……


 母との――お約束の意味。


 目の前に立つ男の腕にあった注射痕と『救わなかった(Not A Save)』の文字列。そして、魅了チャームを減じる方法を体言して、精神的にすり減りながらも、なにかと戦ってきた男の出で立ち。


 ――その能力チカラは、きっといつか、=(イコール)で結ばれる


 シキは、直感する。


 ――オレ様みたいにはならない


 この人も自分と同じようにして、なにかしらの能力チカラを抱き、ありとあらゆるお約束(ルール)で雁字搦めにされてきた人間のひとりであることを。


 だから、お手本を前にしたシキは――頷いていた。


「わかった」

「…………」


 泣きそうな顔の勇者はしゃがみ込み、労るようにしてシキと目線を合わせる。


「なぁ、シキ」


 綺麗な瞳の奥底で、彼は彼に訴えかけていた。


「オマエを視てると、昔の自分を思い出す……フェリと一緒に遊んでた自分を……この先、どうしようもない幸せしかないって、そんな楽観的な希望を抱いていた頃を……彼女フェリとお人形でおままごとしてたあの日の幸福を……どうしようもなく、思い出したりするんだ……」


 シキは、見つめる。


 彼を。


 ただ、彼を見つめて、そこに理解を見出す。


「だから……『わかった』なんて言うな……こんな世界クソなんかに負けるなよシキ……勝て……勝ってみせろよ……オマエを視てたら、素直に受け入れるオマエを視てたら、善い人になろうと想うオマエを視てたら……もう少し、頑張ってみようと思ったよ……だから……だからさ……」


 両肩に手を置かれ――はじめて、“想い合った”気がした。


「オマエは……オマエだけは……みんなで死ね……仲の良い友人を作れ……好きな女の子と出会え……そして、たまらなく愛してる家族を守れ……負けるな……負けんなよ、シキ……そんなお約束(クソ)になんて負けないで……」


 髪の隙間から涙を流す彼は、そっとささやく。


「わたしの代わりに、幸せになってよ」


 その中性的な声に、聞き覚えがあって――シキは、“彼の胸”を鷲掴みにする。


「……おいコラ」


 やわらかな感触を確かめるようにして握り込み、強烈な血と薬の臭いを嗅ぎ分け、“同じところ”にある注射痕を彼の腕に見つける。


 昨日、目の前にいるこの勇者は、指を鳴らしただけで魔法を発動した。


 ――わたしは、この世でお約束が一番嫌いだ


 月が世を照らす夜に出会ったあの女性ひとが、指を鳴らした直後、見計らったみたいにして自称勇者おじさんの“声だけ”が聞こえてきた。


 まるで、魔法みたいに。


「ねぇ」


 自称勇者の捻じくれ曲がった髪の毛を掻き分けて、その奥に潜んでいた彼女を見つけ出す。


「あの日の夜に着てたワンピース、お母さんのでしょ?」


 顔を上げた勇者かのじょは、吹き出しながら笑顔で言った。


「当たりだよ、救世主様」


 ――勇者と魔王は、一体、誰が選ぶんだろうね?


 数日前の満月の夜、純白のワンピースを着ていた謎の女性の正体は――目の前の“彼女”による自作自演だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 関係者とは睨んでいましたが、本人だったんですね。 ……せつないなぁ、色々と。
2019/11/21 17:53 退会済み
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